第39話 家族への誘い

 アンジェは値踏みするように、店の中を見回した。そして小首をかしげるようにして、そう、評価した。


「そこそこじゃないわ。私の為にファルシアさんが一緒に選んでくれたのよ。あなたにそんな事、言われたくない!」


 どれを好きなのか、一緒に探してくれたファルシアの行為を踏みにじられた気がして、私はアンジュに反論した。

 目の前が怒りで赤く染まる。初めて、アンジュを殴ってやりたい衝動に駆られる。

 こんな激しい怒りは初めてだった。


 怒りを滲ませた私の震える声を、全く気にした素振りもなくアンジュは続けた。


「ファルシアってさっきまで一緒だったあの女? それとも、あんたが一緒に住んでる男の事かしら。あの男が住んでいる家もすごい所よね。……まさか、あんたがあんな男を捕まえるとは思わなかったわ」

「ミカゲさんとは、そういう関係ではありません」


「あの家の持ち主がミカゲっていうのね。まったく、不愉快だわ。あの男もこんな女のどこがいいのかしら? でもまあ、こんな店を開いてくれるぐらいだから、お金持ちなんでしょう」

「そんな風に言わないでください」


「なんでリリーが私に口答えしてるの? リリーからそのミカゲさんに、家族にも家を用意するように頼んでほしいの。あの家でもいいし、新しい所でもいいわ。この辺の家で、狭いのは嫌だわ」

「そんな事できるはずないでしょう」


 いつものように受け入れない私を不思議そうに見つめ、アンジュはいつものように言った。


「家族なのに、なんでそんな事言うの?」

「家族って……私が家族だった事なんて、ないじゃない!」


 いつもいつも、この言葉に打ちのめされてきた。


 こうしたら、家族として扱われるかもしれないという期待をしては、裏切られてきた。

 家での立ち位置は、召使いと同じだった。それほど裕福ではない我が家に、本当の意味の召使いはいなかったけれど。

 掃除をして食事を作り、空いた時間で勉強をする。


 ただ、一緒にご飯を食べたかった。

 ただ、頭を撫でてほしかった。

 全て与えられているアンジュが羨ましかった。


「何を言ってるの? あなたはいつでも家族だったわ。新しい家を用意できないのなら、また一緒に暮らしてもいいのよ。お父様とお母様だって、許してくれる」


 慈愛に満ちた笑顔で、私に提案してくる。


 最低だ。

 ……ああ、でも、本当にすごい。

 私は、嬉しくなった。


 胸元につけていた、ペンダントに触れる。

 今まで、自分を着飾ろうなんて思ったこともなかったので、まだつけ慣れないペンダント。

 そうだ。


「許してもらう必要なんて、ないわ。私は一緒にもう住む気はないし、ミカゲさんにそれを頼もうとも思えない」


 私ははっきりと、アンジェに向かってそう伝えた。

 私の反応を見て、アンジェは明らかに動揺した。それはそうかもしれない。家族を口に出されて、私が逆らったことなどなかったのだから。


 家族に入れて貰えるという提案を受けても、私の感想は最低だった。そんな風に思えたことが、とても嬉しい。


 私は、本当の意味で、私の家族と決別できる。じわじわと実感がわいてくる。

 今すぐにファルシアに抱き着きたい。ミカゲにお礼を言いたい。


「リリー、家族がそう言っているのよ? 助け合わないと」

「私が助けてほしいと思ったときに、助けてくれるの? いいえ、私が何かあった時でも、あなた達は気にもしなかった」

「そんな事ないわ。あなたは勉強が好きだったし、家事も得意だから頼ってしまったところはあると思うけれど、私達はあなたの事が好きだわ」


 私の気持ちが動かないと知ると、さらに踏み込んで好意を口にした。


 今まで聞いたことのない好意。

 少し前の私だったら、飛びついていただろう。

 私は自分が可哀想になった。


 知らず、涙が出てくる。頬を伝うそれに気が付いて、私は慌てて袖口で拭った。


「私は、あなたたちの事は好きじゃない」


 私の言葉に、アンジェは困った顔をした。


「ああ、リリー可哀想に。家族の事を信じられなくなってしまったのね。大丈夫よ。私達はずっと一緒に居てあげるから。ミカゲという男だって、一緒に居たっていいのよ」


 アンジェはそっと近づいてきて、私の肩を抱いた。その行為によって、驚く事に家族と触れ合った記憶がない事に気が付いた。ただ、同じ空間に居ただけの血が繋がっているだけの人たち。


「残念だけど、私はもう、そんな言葉じゃ騙されないわ」


 きっぱりと言って、肩にまわされた腕を外す。

 私のその行動に、アンジェはため息をついた。


「ああもう、仕方ないわね。そうよ、私だって全然リリーの事なんて好きじゃない。陰気臭いし、何故こんな冴えない人が姉なのかってずっと疑問だったわ」


 アンジェの言葉に、少なからず私は傷ついた。その通りだった。

 それでも、私も笑顔で答えた。


「私も、ずっとあなたの事は可愛いと思っていたわ。皆に愛されて当然だって。そして、わたしは愛されなくても仕方がないと」

「もちろん、そうよ」


「でも、今は違う風に思うの。あなたはどうしてそんなに性格が悪くなってしまったのかしらって。そして、どうして貴族の愛妾なんてしていたのかと」

「なんですって! エルリック様は私の事を愛していたわ! とても大事にされていたんだから」


「それなのに、すこし問題があっただけでお別れになってしまったの?」

「……あんたが、何か言ったんでしょう。エルリック様から、妹に聞けと言われたわ」


 可愛い声が台無しになってしまうような低い声で、憎々し気に私の事を見つめる。


「私には、わからないわ」

「とぼけないでよ!」


 苛立ったアンジェは、私の机の上にあったものを力任せに床に落とした。

 薬草が散らばり、大きな音がして私の調合箱が床に転がった。

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