【発売記念SS】ミカゲのお土産
店の椅子に座って、じっと私は窓から見える外の月を見ていた。
お昼まで雨が降っていたからか、静かで空気がきれいで丸い月が良く見える。
静かな夜だ。
ミカゲは今日、ダンジョンに行くために旅立っていった。ファルシアが欲しがっている素材があるらしい。相変わらず仲良しでちょっとうらやましい。
……私にもお土産をくれると言っていたけれど。
温かいハーブティは、ファルシアのお勧めの店で買ったものだ。
それを、ファルシアに教えてもらいながら作ったミシシの角のコップに淹れた。
自分だけが飲むお茶にお金をかけるなんて贅沢だとは思ったけれど、花のようないい香りはこんな夜にぴったりだった。
少しずつ自分のためにお金を使えるようにしていきましょうね、と優しく微笑んだファルシアの言葉がじんわりと胸に響いている。
一人なのに、一人じゃない。
のんびりとした気持ちで、ほっと息をつく。
私は両手を上にあげて伸びをしてから立ち上がって、薬草を並べた棚に向かった。
薬草は大分種類がそろってきた。
埋まってきた棚を見て、満たされたような気持ちになる。
薬草は自分で集めたものも、いくつも並んでいる。
ミカゲを伴って近くの森まで採取に向かうこともある。歩いて行ける距離でとれる薬草の種類は限られているけれど、季節ごとに取れる素材が違うので油断できない。
それに自分で採取した薬草を加工することは、何故だか嬉しい。
自分らしさという何かに近付いているような気がする。
ゆっくりとした変化を見るのが、毎日の楽しみだ。
窓の近くにつるしておいた緑が少しずつ水分が抜けて色がくすんでいっている。花びらだけを集めて度数の高いお酒につけたものは、鮮やかな色の液体になった。
並べてある瓶は色とりどりで、それでもまだ全然足りなくて買ってくるものも多い。徐々に自分で加工したものに変えていくのが、楽しい。
保存魔法も練習している。
本当は魔物も狩りたいけれど、ミカゲが心配して連れて行ってくれない。基礎体力が足りない、と心配した顔で言われれば我儘はなかなか言えなかった。
……体力増強ポーションだけじゃなくて、運動もするべきかもしれない。
しかしミカゲに戦い方を聞いたとき、急にたくさん話をされて何も理解できなかった。
興味のない私と、好きじゃものに対するミカゲの早口で詳しい説明が全くかみ合わなかった結果だ。
残念。
とりあえず、まずは好きなものを伸ばそう。
自分に甘くすることにして、私は薬草の一つを手に取った。
低級ポーションを作成し箱に詰める。
これでしばらくは大丈夫だろう。
ポーションの需要は高くて、びっくりするぐらいよく売れた。
ミカゲには、今回もポーションをたくさん持って行ってもらった。
魔導具の鞄を作成し、負担にならない程度に詰め込んだ。重さはそのままのはずの鞄を軽々と持つミカゲは、力強かった。
「……ミカゲさんは、元気かなあ」
もう一度窓の外の月を見た。ミカゲも同じように月を見ているかもしれないと思うと、なんだか胸の中が温かくなった。
*****
ミカゲは月を見ている暇はなかった。
リリーは知る由もなかったが、そもそもミカゲに空を見るような趣味はない。リリーと一緒に楽しく星空を見たのは、実際リリーを見ていただけだ。
それを抜きにしても、今はそれどころではなかった。
ダンジョン。
通常はパーティーを組んで行くような場所ではあるが、ミカゲは一人で入っていた。
ともかく最速でリリーの元へ帰るのだ。
多少の傷は気にすることもなく、ミカゲは大きな剣を振るった。
ぶぉんと大きい音がして、アルティガスという竜がミカゲを目指して羽ばたいた。
数メートルはある身体に、同じぐらい大きな羽で飛んでいる姿は、畏怖を与える。
赤黒く光る鱗は遠目にも綺麗だが、絶対的な防御は絶望を感じさせる。
そんなアルティガスと、ミカゲはひとりで向き合っていた。
「まったく、すっかりファルシアには足元を見られたな」
ミカゲは自分よりもはるかに大きい竜を見上げながら、気軽に呟いた。
アルティガスは、ミカゲ向かって威嚇する。実際、それだけで気を失ってしまう人が大半だろう。
それをただうるさそうにして、ミカゲはじっと次の一手を見ている。
焦れたアルティガスが大きく口を開いて咆哮した瞬間、ミカゲは耳をふさぎながら跳躍した。
「はいはい、これ食べておとなしくしてろ」
魔法陣を展開し、口の中を目掛けて氷の塊を放つ。
圧倒的な魔力で作られた氷は、アルティガスの口内を切り裂いた。
痛がるように首を振ったアルティガスだったが、氷をあっという間に噛み砕き再びミカゲに向かう。
しかし、先程の場所にもうミカゲはいない。
「遅いよ」
その一瞬の隙でミカゲはアルティガスの喉元まで到着し、魔法で強化した剣を鱗の間に突き刺した。
アルティガスが大きく首を振ってミカゲを振り払おうとするが、そんな事で払えるはずがない。剣にぶら下がるようにしながら、逆の手を鱗にかけた。
身体強化をして、全身の力をかけ鱗をはがしていく。
最初は少し警戒しなければならないが、後はともかく時間がかかる作業のようなものだ。
鱗をはがし、ゆっくりと魔法と剣で体力を奪っていく。
徐々に追い詰め、最後には倒れ込んだアルティガスを見て、ミカゲはため息をついた。
「やっと終わった……鱗はどれぐらい必要なんだろう……」
良く考えたら素材としてどれぐらい必要なのか気にしていなかった。
リリーへの土産にするにしてもたくさんあると邪魔かもしれない。
残念ながらミカゲは鑑定を持っていないので、これがどういう役に立つものかわからない。
ファルシアは欲しがっているが、希少価値というだけでまったく意味のないものも大事にしている時もあるから油断ならない。
リリーは何をあげても素材であれば喜びそうな気もする。
「……取れるだけ取ってくか」
硬いし重いし面倒くさい。
それでも、素材を前に子供の様に喜ぶリリーを思い浮かべ、ミカゲは作業に取り掛かった。
*****
「ファルシアとリリーに土産だ」
怪我もなく戻ってきたミカゲは、とても疲れた顔をしていた。
私とファルシアの前にポーション用で渡した魔導具の鞄を、無造作に置く。
ごん、とちょっと信じられないぐらいの重い音がした。
「ミカゲさん……ダンジョンは大変でしたか?」
「ダンジョンが大変というか、凄く面倒だったんだ……。大きな魔法を使うと素材としては駄目になるから気を遣うし、遠いし、雑魚は多いし、帰りも遠いし……」
「あらあら、すごくいい状態じゃない! 良くこんな綺麗に倒せたわねーミカゲ」
大変さを語るミカゲの言葉を丸っと無視して、ファルシアが鞄を除いて手を叩いて嬉しそうな声を上げた。
「お前には遠慮ってものがないのか」
「あるわけないじゃない。私のおかげでリリーちゃんと一緒に住んでる人に遠慮なんてするはずがないわ」
「……あの作戦、失敗じゃなかったか?」
「妹はスラート伯爵に引き取ってもらえたでしょ。確かに今度からはミカゲの立ち回りの悪さはちょっと考え直さないといけないけれど」
「失礼だな」
ファルシアは鞄の中から次々と手のひらよりも大きい赤黒いものを出していく。表面はつるつるとしていて、硬質的だ。
「これってドラゴンの鱗、ですか!?」
「アルティガスの鱗だ」
事も無げにミカゲは呟いたけれど、私は驚いて声も出ない。
「リリーちゃんはどれが欲しい? どれも状態がいいけれど、心臓に近い場所の方が魔力がつよいのよ、知ってた?」
「……ええと、これを、お土産に?」
やっとの事で返事を返したが、二人は軽い様子で頷いただけだった。
アルティガスの鱗。
アルティガスは言わずと知れた竜種だ。
竜種はミカゲの呪いを解くのにも使ったけれど、本当に高価なもので一般人が手にできるものではない。
効能だって、信じられないぐらいに、高い。
お土産のレベルをはるかに超えている。
「リリーは、これはあんまり使わないか? でも、せっかくだから記念に一個ぐらいは貰ってくれ」
気軽に手渡された鱗は、持っているだけで大きな魔力を感じる。
こんな凄い素材である鱗がこんなにたくさん……夢のような状況だ。
目の前が明るくなって、ぱーっと視界が開けたようになる。
私は興奮してミカゲの手をにぎって、ぶんぶんと振った。
「記念どころか内臓も心臓もすべて欲しいです……! ああ、肉だってきっと凄いわ」
「知らなったけど強欲だったんだな、リリーは」
「あれ……倒して鱗だけ……? 残りは……残りはどうしたんですか!!」
「残りって、アルティガスの死骸?」
「死骸じゃありません。素材です。竜種は全てが素材です」
「竜種が素材にしか見えてないリリーは最強だな」
ミカゲは笑ったけれど、私は残りの素材が腐る前に現場へ向かうべきだと思った。
必死に場所を聞き出し体力増強ポーションを手にした私を見たミカゲは、頼むから自分に取りに行かせてくれと懇願してきた。
*********
書籍が発売となりました!
是非お手に取っていただけると嬉しいです。
また、今年もカクヨムコンに出すべく新作を書いています。(推敲中です!)
投稿の際には応援いただけると嬉しいですよろしくお願いいたします。
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