第24話 薬屋
「薬屋を開く手続き、ですか?」
ミカゲがお土産に買ってきてくれたケーキを食べていると、思わぬことを言われた。
「そうそう。俺の友達が、リリーからポーションを定期的に仕入れたいみたいで。そうしたら、早くに店の形にした方がいいだろ?」
「ミカゲさんのお友達なら、普通に融通してもいいですよ?」
「いや、こういうものはきちんとお金を取った方がいい。……この前は融通しておいてもらってあれだけど」
ミカゲは気まずそうな顔で付け足した。そのしゅんとした姿に笑ってしまう。
「本当に気にしなくていいのに」
「長期的な話でもあるしな。あと、新しい事をするって楽しいだろう? 新しい店もきっと楽しいと思う」
ミカゲは嬉しそうに私に笑いかけた。
新しくて楽しい事。ミカゲと知り合ってから新しいことだらけだし、確かにとても楽しい。
「そうですね! そろそろお仕事もしないとです!」
「それはさぼってもいい気がするけどな」
「ミカゲさんにもちゃんと警備のお仕事をさせてあげられますね」
「えー今もしてるぞ。俺は意外と働きものなんだ。お前自分の価値がわかってないだろ」
「私なんて、どこにでもいる普通の薬師見習いですよ……」
「まあ、そう思ってくれている方がこっちもやりやすいから、いいけどな」
何故かそこでミカゲはにやっと笑った。
「ただし、今だけだ」
「なんですかそれ?」
「ひみつー」
「なんでそんな思わせぶりな言い方するんですかー」
「いや、大儲けしようって事だ。とりあえず開業届からだすぞー」
「え? もう動くんですか? 展開が早すぎます」
「リリーは遅くないか?」
これぐらいの勢いは普通なのだろうか。人付き合いも経験も少なすぎて私にはなんだかわからない。
とりあえずミカゲのいう事なら間違いない、のかな。
ギルドでの依頼は嫌がっていたけれど、本当はとても働き者なのかもしれない。
私は圧倒されながら、ケーキを飲み込んだ。
「とりあえず、頑張ります」
「よし、良い心意気だ。……と言っても、俺も開業についてはさっぱりわからない」
「……そうですよね」
堂々と、出来ないというのはなかなかすごい。
何故か偉そうにしているミカゲをじっと見てしまう。
「いや、でも俺だって無計画で言ったわけじゃないぞ」
私の視線を感じ取ったのか、ミカゲは慌てて言い訳をする。
「もしかして、一緒に調べてくれるんですか?」
それならそれで嬉しい。当然自分の事は自分でやるけれど、もし一緒にできるなら楽しそうだ。
「いや、店をやっている知り合いがいる。同業ではないけれど、店を持つ為の話なら聞けるだろう」
全然違った。
「どんなお店なんですか?」
「えーと、あれはなんだ。居酒屋、だとは思う」
ミカゲは何故か微妙な顔をした。
そうして、ケーキを食べ終え案内されたその場所で、私はミカゲの言葉を理解した。
「あらー、この子がリリーちゃんなのね! 可愛いわ。私はファルシアよ。よろしくね。私の店に良く来てくれたわね」
目の前に居る迫力ある美女に、私はすっかり圧倒されていた。
「よろしくお願いします。私はリリー・スフィアといいます」
「随分かわいい子ねーミカゲに騙されてない? 大丈夫?」
ファルシアは心配そうに私の手をそっと握った。その暖かくて大きい手に驚く。
「大丈夫です。ミカゲさんにはとても良くしてもらっています」
「それはそうよ! だって大金払ってるんでしょう? もっと雑用を押し付けてもいいのよ。といってもミカゲは書類仕事とかは全然駄目だから、頭を使わない仕事を選んであげないと駄目だけど……」
残念そうに言うファルシアの頭を、ミカゲは平手で叩いた。
とてもいい音がする。
「わー痛い! 乱暴な子は嫌だよねリリーちゃん」
「リリーに余計な事吹き込むな。馬鹿だと思われたらどうするんだ」
「本当の事でしょ。というか賢さなんてどうあがいたって出ないんだから、今更じゃない? リリーちゃんはエリートなんでしょ」
「それはそうだけど、でもそういう事じゃない」
頭を抱えて抗議するファルシアにも、ミカゲは容赦なさそうだ。しかし、二人のやり取りはとても気楽そうで、実はお互いがこの会話を楽しんでいるのがわかる。
そんな二人を見ていると、途端に自分が居るのが場違いに思えてくる。
ミカゲが善意で連れてきてくれたのはわかっているのに、二人の仲のよさそうな空気感にやられてしまう。
私とミカゲはまだ、全然だ。
その事がはっきりとわかって、ツキリと胸が痛む。
「ねえ、リリーちゃん」
そう呼びかけられて、すっかり話を聞いていなかったことに気が付いた。
「あ! ごめんなさい。ぼんやりしてしまっていまして」
「あら、いいのよ。くだらない事しか話していなかったんだから」
「お前がそのくだらない話ばっかりしているから、リリーが飽きてしまったんだろ」
「いえ! あの、その、二人が仲良さそうだなあと考えていて」
私がそう言うと、二人は心外だというように嫌そうにお互いの顔を見た。
「そんな事ないわよ」
「そうだぞリリー」
口を揃えて否定する二人は、やっぱり仲が良さそうに見えた。
「……あの、もしかして、二人は付き合っていたりするんですか?」
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