第14話 わたしと勝負しなさい
「さてと……。アディマス、わたしと酒飲み対決をしましょう。負けた者は、勝った者の命令を聞くの」
「は?」
アディマスの前に、葡萄の模様がついた純真鍮のゴブレットを置く。
笑っていた男たちが一瞬にして真顔になり、口々に止めに入る。
「姫様、無謀だっ! 船長は底なしだ。勝てるわけがない!」
「そうだ! やめた方がいい。酔い潰れてしまうぞ!!」
「姫様が船長の命令を聞くようになる! とんでもない要求をされるんじゃ……」
「一度口に出したことを取り消しなどしません。アディマス、わたしと勝負しなさい」
軽く睨みつけてやると、アディマスは呆れ混じりに肩を竦めた。
「悪いが、手加減しない。俺の命令を聞くようになるぞ」
「あなたが負けたら、わたしの命令を聞くのよ」
「俺は負けない」
「わたしだって負けないわ」
アディマスは顎をしゃくった。大男が、葡萄酒をゴブレットに並々と注いだ。
わたしも自分用のゴブレットをトティーに渡し、葡萄酒を注いでもらう。トティーは酒を注ぐのを七割ほどでやめた。だが誰も……アディマスさえ、文句を言わない。
(トティーは優しい少年だわ。なにも言わなくても、お酒の量を加減してくれた。わたしのゴブレットはトティーにだけ触らせよう。そうすれば、アディマスの入れ物よりもお酒が入らないことに気づかれない)
わたしは自分用のゴブレットに細工をしている。底が厚くなっており、量が入らないようになっているのだ。
覚悟を決めると、わたしは葡萄酒を一気に
✢✢✢
アディマスは顔色ひとつ変えない。平然とした顔で酒を飲み続けている。けれどわたしは視界がクラクラするし、吐き気がする。体がこれ以上酒はいらないと訴えている。けれどもわたしは無理矢理に喉に押し込んだ。
「もう一杯頂戴!!」
「姫様ーっ! おやめください。顔色が悪いです!」
「姫様の命令を聞くよう、俺らから船長に説得しますから! だから、対決なんてやめましょうよー!!」
荒くれ者の男たちがわたしを心配している。それでもわたしは「ん! んん!!」と唸って、ゴブレットに酒を注ぐようトティーに催促する。トティーは眉尻を情けなく下げながら、酒を二割ほど注いだ。
「あたしは、負けまへんからねっ!」
「呂律が回っていないぞ。俺には絶対に勝てない。諦めろ」
「嫌よっ! 命令を聞いてもらうんだからぁ!!」
「どんな命令をするつもりなんだ? 酒のつまみに聞いてやる」
アディマスは、コスリア島の女たちが色男だと騒いでいたクールな風貌を崩さない。ちっとも乱れることのないアディマスと、頭がぐらぐら揺れているわたしとの落差が激しすぎる。
悔しさのあまり、瞳が潤んでしまう。
「あたしが命令したら、すぐに来てっ!!」
「はっ?」
「ノルールで、どんな事態が待っているのか分からない。罠に嵌められて幽閉されたり、処刑されることだってありえる。エークルランドが来ているけれど、それは城に着くまでの間。わたしの側には侍女しかいないの! もしも命が狙われる事態になったら、誰が守ってくれるの!! ……アディマス、助けてよ。追手が来たら、船に
「姫さん……」
わたしはテーブルに突っ伏し、おいおいと泣いた。過ぎたる酒は理性を低下させる代わりに感情を増幅させ、酔った体はいとも簡単に涙をこぼす。
(全身全霊でヴェリニヘルムを守ると誓ったのに……。わたしにできることは限られている。どうやって彼を守ったらいいの?)
王位継承に敗れた者の未来にあるのは、死——。
ヴェリニヘルムに危機が訪れたら、守り切れるか不安だ。
ヴェリニヘルムを死なせるわけにはいかない。陸を逃げるのには限界がある。そこでわたしが考えた案は、万が一の事態になった際はアディマスを利用するというもの。ヴェリニヘルムを船に匿ってもらい、新大陸に逃してもらうのだ。
「アディマス……呼んだら、すぐに来て。海に逃して、追手の来ない外国に連れて行って……助けて。お願い……」
——ヴェリニヘルムを助けてあげて……。
成功の道を歩むアディマスを巻き込むのは気が引ける。けれど、わたしは性格が悪いから。夫となるヴェリニヘルムのためなら、海賊王だって手駒にしてしまうのだ。
嗚咽の合間に鼻を啜っていると、わたしの頭に大きな手が置かれた。
「姫さん……」
「完敗よね。これじゃ、あなたに命令できない。呼んでも、来てくれない……」
「そんなことは……」
頭に置かれていた手が離れ、ややあって、ガタッと大きな音が鳴る。
突っ伏していた顔を上げると、今度はアディマスがテーブルに突っ伏している。
「アディマス……?」
「船長は寝てしまった」
「そうなの? でもさっきまで目がランランとしていたわ。寝るには早すぎない?」
疑いの目で観察すると、アディマスの閉じた瞼がピクッと動いた。大男が、アディマスの黒髪を顔面に下ろして目を隠す。
「船長は酔い潰れました。酒飲み対決は、ユリシス様の勝ちです」
「そうなの?」
「はい。だから遠慮せずに命令してください。船長なら喜んで、姫様の元に駆けつけます。命に代えても助けること間違いなし」
「嬉しい……」
後ろでひとつに束ねているアディマスの長髪が乱れている。ほつれ毛を一房掴み、耳にかけてやる。アディマスの耳輪に、指が触れた。
「ありがとう」
アディマスの耳が、真っ赤に染まる。わたしはアルコールが回ってふわふわとした高揚感のままに、アディマスの頭をぽんぽんと叩いて遊ぶ。
それからアディマスの髪の中に指を入れて遊んでいると、大男が「そこら辺で勘弁してあげてください。船長の限界がきていると思うんで」と頭を下げてきた。
わたしはふらつく足取りで部屋に戻ったのだった。
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