第28話 ひとり歩きする嘘

「とにかく、わたしだって被害を被っているわ」

「いや、国王が一番の被害者でしょう。二番目はヴェリニヘルム殿下。ユリシス様は幸運を引き寄せた人です。……スペンソン国王から結婚の目的を伺っております」


 エークルランドは悪い男の見本のような微笑を浮かべた。わたしは嫌な予感がして、顔を背ける。


「この状況を利用するのです。またとない絶好の機会だ。ノルール国王は心身ともに弱っている。先王の仇をとるために、動きましょう」

「わたしに国王を殺めろと⁉︎」

「まさかっ! 国王が衰弱していても、回りには屈強な護衛がいる。捕らえれて、首が飛ぶだけの話。頭のいいやり方ではない。俺にいい考えがある。……ヴェリニヘルム殿下を利用するのです。国王の容態が伏せられているのは、ストアディア人に弱みを見せるな。隙を作ったら攻撃される。国王の件は絶対に話すな。——そんなことを言う輩がいるからだそうです。だからユリシス様が激怒しても、殿下は事情を打ち明けることができなかった。国王と臣下、そして気の強いあなたに挟まれ、ヴェリニヘルム殿下はさぞや困っていることでしょう。だが同情などしてはいけない。先王が死に追いやられた屈辱を思い出すのです!」


 背中を冷や汗が流れる。父の仇など、ヴェリニヘルムと結婚するための嘘でしかなかった。それなのに嘘がひとり歩きをして、わたしを手招いている。

 わたしが黙り込んだのを見て、具体的になにをしたらよいか分からず途方に暮れていると思ったのだろう。エークルランドは励ますように笑った。


「簡単です。難しく考えることはありません。結婚式が延期になったのを我慢する代わりだと言って、欲しい物をねだればいいのです」

「欲しい物?」

「ドレスに宝石。本。胡椒や砂糖。贅沢を極めたパーティー。美しい庭園。よく働く侍女。宮廷楽士。なんでもいいのです。要はノルールに金を使わせるのが目的。湯水の如く金を使う権利を得て、ノルール王家を破滅に追い込むのです」

「ノルールの金を使いまくって財政難にさせ、市民に暴動を起こさせろ。……そう兄は言ったわね」

「そうです! あ、いいことを思いついた!! 城の改築なんてどうです? この城は不気味だ。王城が時代遅れの城だなんて滑稽すぎる。おまけに幽霊が出るとの噂まである。風がもろに吹いてくるし、春なのに城内がひんやりとしている。冬になったらどうなるか……。場所を変えた方がいい。そうだ! 改築ではなく、場所の良いところに新しい城を建てるのはどうです⁉︎」

「そうね……いいと思うわ……」

「殿下に、新しい城を建てるよう言うのです!!」


 なんでこんなことになってしまったのだろう?

 ヴェリニヘルムを困らせるために、ノルールに来たのではない。彼の命を守るための決意をして来たのだ。

 なのにわたしがしていることといえば、ヴェリニヘルムを疑い、喧嘩を吹っかけ、嫌いだと叫んだ。そしてこれから新城のおねだりをするなんて、いったいわたしはなんのためにここにいるのだろう?


 泣きたい気持ちに駆られながらも、冷静に思考を働かせる。


(仮面夫婦を演じたばかりに、おかしな方向に動いている。わたしと殿下がストアディアとノルールの友好の架け橋になると宣言できれば、物事は好転するはず。でも、できない。ヴェリニヘルムの幸せを許せない人って誰なの?)


 馬車の中でヴェリニヘルムは、「個人的な問題だ」「あなたにはなんの関係もない」「私情」「すぐ身近に」との単語を発した。これらが示す人は、ごく限られている。


(そうだわ! 殿下は『過去を振り払うことができず、彼女も救われる道を探してしまう』と話していた。殿下の過去と関わり合いの深い女性……)


 頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。


 ヴェリニヘルムは、ノルール国王と愛人の間にできた子供。その愛人は美しかったけれど、妻の座には就けなかった。怒ると誰も手がつけられず、ヴェリニヘルムを叩き、火かき棒を押し付けて火傷をさせた。

 子供に無償の愛情を注ぐ人には思えない。

 国王に気に入られ、後継者となったヴェリニヘルム。母親はどこにいるのだろう? 息子が最高の地位と幸福な結婚を手に入れることを、素直に祝福できる?

 人は自分の望むものを手に入れる人間に、憎しみを感じるはず……。



「エークルランド。あなた、今日帰るのよね?」

「そうです」

「ノルールの者たちに気づかれることなく、あなただけ残って。調べて欲しいことがあるの」

「なんでしょう?」

「ヴェリニヘルム殿下の母親について調べて。母親はリンデル王妃の親類で、名前はミザリー。美しいけれど、性格が悪くて怒りっぽい。……これだけ情報があれば十分でしょう? 生きているのか。どこに住んでいるのか。今の生活に幸せを感じているのか。殿下をどう思っているのか。殿下と現在、どの程度関わりを持っているのか。明日までに調べてきて」

「明日っ⁉︎ 知り合いのいない場所で動くのは大変……」


 逃げようとするエークルランドを、眼差しで恫喝する。


「あなた、わたしに忠誠を誓ったわよね? それを態度で示すときが来たわよ」

「いや、この場合の忠誠というのは情報収集ではなく……」

「王妃付きの侍女から情報を得たのでしょう? 同じようにして、女性をたぶらかせばいいだけの話よ」

「人聞きの悪いことを言いますね。たぶらかしてなどいません!」

「じゃあ、一夜を共にしていないと神に誓える?」

「それは……」


 エークルランドは思いっきり嫌な顔をすると「はいはい。できる限りやってみますよ!」と投げやりに答えた。

 できる限りでは困るのだ。わたしたちの幸福な結婚がかかっているのだから。


「中途半端な報告なんてしたら、ストアディアに帰さないわよ」

「……分かりましたよ。命懸けで調べてきます。はぁー……。ストアディア女性はどうしてこうも気が強いんだか。昨夜の女の子は、おしとやかなのに情熱的だったなぁ。幽霊が怖いから一緒にいて欲しいと、彼女の方から誘ってきたのです。うるさいストアディア女性と違って、ノルール女性は物腰が柔らかいのに内に秘めた情熱があって、その意外性がなんとも魅力的な……」

「無駄口を叩けるなんて、随分と余裕ね。その調子なら、明日の朝には報告結果が聞けるみたいね」


 にっこりと笑って見せると、エークルランドはげんなりした顔で口を閉ざし、そそくさと部屋から出ていった。




 

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