第2話 永遠の愛が欲しい
冒険家が海の彼方に未知の大陸を発見してから、数百年。近隣諸国の目は世界各地の大陸に向けられている。
我がストアディア王国も……と言いたいところだけれど、国王であるわたしの父は絶望的なほどに政治的手腕がない。国の将来を案ずることなく、今が楽しければいいとばかりに色と贅沢に耽っている。そのくせ気位だけは高く、父の臣下にはご機嫌取りが上手いものしかいない。
曽祖父の時代までは、ストアディア王国は世界最強の大国として名を
そのことを、ノルール国王とその側近たちはよく分かっているのだろう。晩餐会の席で彼らは穏やかな笑みを浮かべながらも、目の奥はちっとも笑っていなかった。
贅を尽くした黄金の部屋もテーブルに乗り切らないほどの食事も、父が貧相なノルール王国を羨ましがらせてやると息巻いて作らせたもの。しかしノルール国王たちの白けた眼差しは、落ちぶれているのに浪費をやめられずにいる父を嘲笑っている。
わたしはいたたまれなくなって身を小さくしたが、父は優越感に浸ったまま
(鉱山から採掘される金の量は年々減少しているのに……。父の頭の中は、三十年前で止まっている。ノルール王国は小国だけれど、近年は新大陸との貿易の中継地点として発展している。デンタート王国との交流も活発だと聞いている。もはや、ノルール王国は属国ではない。下手に出ないといけないのはわたしたちの方なのだわ……)
わたしは十六歳だが、優秀な教師陣のおかげで国際情勢の知識がある。子供のわたしですら、過去の栄華を忘れて現実と向き合うべきだと思うのに、父は栄光という名の遺産を手放せずにいる。
晩餐後、楽器演奏と歌い手の美声を聴きながらの語らいの場が開かれた。
ヴェリニヘルムと話したいのに、彼はわたしの姉と共にいる。わたしは荒れる心中のままに、長兄のスペンソンに詰め寄る。
「どうしてアスリッド姉さんが、ヴェリニヘルム殿下と話しているの⁉︎」
「そりゃもちろん、結婚させるためさ」
「そんなの絶対にダメっ!!」
語気荒く反対するわたしに、兄は目を丸くした。
「驚いたな。美しい我が妹は、無骨な王子が好みなのか? ヤツは愛人との間にできた子だ。それに、ノルール王国に嫁ぐのは茨の道だぞ。我が国はノルールを幾度も侵略し、虐殺を繰り返してきた。火種が至る所に落ちている。ユリシスは誰からも愛される
「それならどうして、姉さんを嫁がせようとするの⁉︎」
兄は顔を傾けた。兄は肘掛け椅子に座っており、わたしはすぐ側に立っている。周囲の者たちに自然な動きに見えるよう配慮しながら、わたしは椅子の肘置きに手を置き、兄の唇に耳を寄せた。
近距離でやっと聞き取れるぐらいの小声で、兄は言った。
「ノルール王国とデンタート王国が同盟を結ぶ動きがある。動向を探るために、あの男の妃にさせるのだ」
「それってつまり……」
——スパイにさせるつもりなのだ。
わたしは身を起こすと、冷ややかに言い放った。
「アスリッド姉さんは感情的です。適任とは思えません」
「ハハッ! だが結婚が決まっていないのは、アスリッドしかいない」
「わたしもいます」
「おまえはダメだ!」
「なぜ?」
兄はわたしを見上げると、困った顔をした。
「ユリシスには、幸せしかない運命を用意したいのだ。俺が素晴らしい男を見つけてやるから待っていなさい」
「自分で探すから、結構です」
「ユリシス!!」
有名作曲家が弾くピアノの音色が、サロンにいる人々に酩酊状態をもたらす。ヴェリニヘルムとアスリッドは会話をしておらず、音楽に耳を傾けているようだった。
ヴェリニヘルムをジッと見つめていると、目が合った。彼は動揺し、視線を外した。しばらくして再び、目が合った。彼はうろたえ、天井を見上げた。
しばらくして、またわたしたちは目が合った。
それもそのはず。わたしは視線を一切逸らすことなく、ヴェリニヘルムを見つめ続けているのだから——。
ヴェリニヘルムは眉間に皺を寄せ、難しい顔をした。居心地が悪そうに、身じろぎをした。わたしはそれをとても愉快に思った。
(彼の反応を見るのは楽しい!)
わたしは肌が青白く、瞳はコバルトブルーで、髪は青みがかった白銀をしている。
人々はわたしの凍りつくような美しさを讃えて、氷の女王と呼ぶ。
けれどわたしは女王扱いされたいわけではないし、特別視されて優越感に浸りたいわけでもない。わたしはひどく我儘で、欲張り。人々の賛辞も、男たちの崇拝も欲情も火遊びの恋もいらない。
わたしは我儘だから、この世で一番美しくて気高いものが欲しい。移ろって色褪せるものなんて嫌いだ。
わたしは、永遠の愛が欲しい。それも、とびきり素敵な男性との間に——。
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