第13話 避けている理由

 アディマスが東の大陸との交渉人の仕事に就いて二年。着実に実績を積み上げているが、まだ総督の座についてはいない。それでも実に良い仕事をしている。

 交渉が巧みなうえに、人の扱いを心得ている。東の大陸と交易を行えているのは、アディマスの働きに依るところが大きい。傍若無人なバルク海の海賊が漁船を襲わなくなったのも、アディマスには人を従わせる不思議な魅力があるからだ。

 海賊長だったアディマスは、今では海賊王と呼ばれている。けれど順風満帆な人生だったわけではないことを、わたしは知っている。わたしが監獄を訪れなければ、アディマスの命は斬首台に散っていた。


 アディマスの額に斜めに走る深い傷は、栄光の影に隠れている壮絶な人生を表しているようで、目が釘付けになる。


「いい加減に向こうを見ろっ! 金取るぞ!!」

「金貨を渡すわ。だから見惚れてもいい?」

「だぁぁぁーーっ!! ふざけんなっ! 姫さんの我儘に付き合う気はない!!」

「ふふっ。この馴れ馴れしい感じ、初日の会話っぽくていいわね。わたしとあなたって気が合うと思うの。これからも親しくお話しましょう」

「それが嫌だから、避けてたってーの!!」

「どういう意味?」

「あのなぁ! 姫さんは、なぜ俺を見ると嬉しそうな顔をするんだっ!! 他の奴らにはツンと澄ました顔をしているのに!」

「だって、アディマスを勧誘したのはわたしなのよ。わたしは城の外に広がる世界を知らない。あなたのことは噂でしか聞いたことがなかった。アディマスに会ったのは賭けだったのよ。スペンソン国王はわたしを可愛がってくれるけれど、あなたが失敗してしたら、間違いなくわたしを叱り飛ばした。……期待に応えてくれてありがとう。感謝しているわ」

「あぁあぁ、感謝だよな!! 分かっていたさっ! 感謝の気持ちで、親しげに話しかけてくれるんだよな! 優しく笑いかけてくれるのも感謝のあらわれなんだよな!! 姫さんは優しいこった!! あぁあぁ、嬉しいですよっ!!」

「……どうしたの?」


 アディマスはだいぶ投げやりだ。彼がどうしてこんなにも荒れているのか、十以上も年上の男性の気持ちなど、わたしには理解できない。

 

「悩みでもあるの? 良かったら相談に乗るわよ」

「うるせぇぇぇーーっ!!」

「なにに怒っているのか分からないけれど……。生きていれば、やさぐれることもあるわよね。そういうときは飲んだほうがいいわ。ちょうど、コスリア島が見えてきた。停泊して頂戴」

「んあぁ⁉」

「お酒と食料を頼んであるの。今夜は宴とまいりましょう」


 降って湧いたおいしい話に、乗組員たちは歓声をあげた。アディマスは乗り気ではなかったが、はしゃぐ仲間たちに押される形で停泊の許可を出したのだった。



 コスリア島は上質な葡萄酒の生産地である。酒樽と肉と魚と、薄着の女たちが船に乗り込んできた。乗組員と騎士団の男たちは、鼻の下を伸ばして彼女らを出迎えた。

 客室に戻ったわたしは、旅行鞄の中から真鍮しんちゅうのゴブレットを二つ取り出す。ひとつはわたし。もうひとつはアディマス用。


「アディマス、覚悟なさいね」


 悪巧みはどうしてこんなにも楽しいのだろう。相手が海賊王なら尚更だ。

 アディマスはどういった事情かは知らないが、わたしに怒っている。けれどわたしは不測の事態に備えて、アディマスを手下に置いておきたい。

 わたしは客室を出ると、アディマスを探した。彼は乗組員用の食堂にいた。

 

「わたしも交ぜてくださる?」

「わわっ! ユリシス王女様⁉ こんなところに来ちゃなんねぇ!!」

「特別室に他の者たちが集まっています! そちらに行ってください!!」

「嫌よ。わたしはあなたたちと飲みたいの」


 狭い食堂には、ガタイのいい男たちが六人集まっている。コスリア島の女はおらず、純粋に飲み食いしたい者がここに集まっているらしい。

 中央に座っているアディマスが、わたしをギロリと睨んだ。


「護衛の騎士はどうした? なぜひとりでここに来た?」

「明日、ノルールに着くのでしょう? エークルランドにも、船旅の楽しい思い出を作ってあげないとね」

「なにを企んでいる?」

「あなたって、わたしのことをなんだと思っているの? わたしは世間知らずの王女よ。世界を知るアディマスに敵うわけないわ」


 アディマスの鋭い目つきが緩むことはない。なぜかわたしを相当に警戒している。


(まさか、ゴブレットの秘密に気づいた? でも、わたしの鞄を漁ることはしないはず……)


 緊張で手にひらに汗をかく。

 アディマスの隣に座る大男が、肘でアディマスを突いた。


「船長、正直に告白したらどうです? 大輪の薔薇のような麗しい笑顔で話しかけられて、心臓を撃ち抜かれたって。夢にまで見るんでしょう?」

「イヒヒ。美しく成長した姫君が船内にいるんだ。コスリア島の女と遊ぶ気にならねぇよなぁ」

「うるせぇぇぇぇーーーっ!!!」


 アディマスは顔を真っ赤にして、叫んだ。だがアルコールの入った男たちはゲラゲラと笑って、茶化すのをやめない。

 わたしはようやく、アディマスに避けられていたわけを知った。


「まさか、わたしと話すのが恥ずかしくて避けていたの? アディマスって純情なの?」

「う、うるせぇーっ!! 俺は純情なんかじゃねえ!! 激しく女遊びしているっつーの!!」

「そうなの? だったら船に来た女性の中からお好みの者を探して、素敵な夜を過ごしたらいいんじゃない?」

「…………」


 アディマスは耳まで真っ赤に染めたまま、ムスッとした顔で腕組みをした。

 男たちがニヤニヤ笑いを浮かべながら、わたしをアディマスを交互に見る。


「船長の好みの女はなぁ、この部屋にいるからなぁ」

「船長、顔が真っ赤ですぜ。素敵な夜で、いけないことを想像しちゃったんじゃ……」

「うるせうるせぇーーっ!! 生意気な姫なんぞに興味はねぇーーっ!!」


 ムキになって否定するアディマスがおかしくて、わたしと男たちは大声で笑った。彼らの仲間に入れたような気がして、わたしは嬉しくなった。





 


 


 

 

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