第8話 人の心を操るってこういうこと
アディマスに主導権を握られないために、わたしはわざと不機嫌な態度をしてみせる。
「冗談? わたしは本気の話しかしていないのに冗談を言うなんて、あなたって随分と余裕があるのね。首と胴体を切り離しても生きていけそうな人だわ。試してみてもいい? これは冗談じゃなく、好奇心で言っています」
「うわ、馬鹿っ!! いや、馬鹿ではない。違う。そういうことではない。つまりなんだ、俺は海賊なんだ!! そう、俺は海賊だ! 海賊というのは死と隣り合わせな分、息抜きに冗談を言う生き物なんだ! だから間に受けるなっ!!」
しどろもどろ過ぎである。不意に訪れた
わたしは気分を直したことを示すために、神妙に頷いてみる。わたしは精神的に早熟しているが、十七歳なのだ。大人の話には素直に感心してみせた方が、大人のウケがいいことを知っている。
「へぇ、海賊って随分と大変なのね。そうね、海は死と隣り合わせだわ。息抜きは必要よね。ところで交渉人の仕事を引き受けるか断るか、どちらなの? 冗談は嫌いよ」
「もちろん、引き受けるさっ!!」
「本当に?」
「ああ! 海賊は直に時代に合わなくなる。近い将来、各国の海軍に滅ぼされるだろう。商船を襲う者など目障りだからな。これからの海賊は賢く生き残っていかなければならない。新大陸の窓口となるのが賢明な生き方だと、そう考えていたところだっ!」
「あなたって……」
——海賊としての
そう言いたい。こんなに簡単に寝返るのも考えものである。
「総督とはつまり、新大陸の統率者になればいいんだよな⁉︎」
「そうね。でも、まずは実績を作ってもらわないと……」
「ああ、分かっている。俺には優れた仲間がいる。任務に仲間たちも無条件に参加させてくれ! それが引き受ける条件だ!!」
仲間の将来の保証を取り付けようとするアディマス。わたしは虚を突かれて、彼をしげしげと眺めた。
(そういえば、捕まった仲間たちの釈放と引き換えにアディマスは牢屋に入ったのだったわ。この人は、簡単に人を切り捨てたりしない。おいしい話は独占せず、仲間に分け与えようとする。この人の下で働く者は幸せね)
牢屋生活のせいでアディマスの顔色は悪く、髪はボサボサに乱れ、髭は汚らしく伸びている。それでも強い目力と芯のある声は健在だ。
わたしはすっかりアディマスが気に入って、ストアディア王国第三王女の名にかけて、アディマスとその仲間たちの身の振り方と安全を保証することを誓った。
アディマスの唇が安心したように綻ぶ。わたしが刑を執行するのをやめたことに安堵し、総督の座に就けることに期待しているのだろう。
アディマスにとって、わたしは権力者。彼が己の命よりも大切にしている仲間に入ることなど決してない。それがひどくつまらなく感じて、海賊流の会話を試みることにする。
「あなたを見習って、わたしも冗談を言ってみてもいい?」
「あ? まあ、構わんが……」
手招きをすると、アディマスは少し躊躇ったのち、鉄柵を掴んだ。酸っぱいにおいが鼻を突いて、わたしは顔を
「あなたの体臭ひどいわよ。ここを出たらすぐに湯浴みをして。それと髭面が汚いわ。今度わたしに会うときまでに小綺麗にして」
「ハハッ! 面白い冗談だ!!」
「これは冗談じゃないわ。本気よ。次が冗談だから、よく聞いて。一年で成果をあげて頂戴。芳しい成果をあげられなかったら、あなたのお腹に大砲で穴を開けるわ」
「俺を殺すつもりか?」
「まさか! 殺しはしないわ。お腹に開いた穴から、食べたものがこぼれるだけ。そのこぼれたものをもう一回食べることができるのよ。いい考えだと思わない? ……この冗談どう? わたしも海賊になれる素質がある?」
「はっ! くだらねぇ三流の冗談だな。俺を笑わせるにはまだまだだ」
「そう、残念だわ。わたしも海賊になりたいのに……」
「海賊には勇気ある真の男しかなれない。女はおとなしく港で待ってろ」
鼻にかかった笑い方をするアディマス。完全に女を馬鹿にしている。
わたしは護衛の騎士に目配せし、帰る仕草を見せた。アディマスが安堵の吐息を落とす。
立ち去りかけて……ふと思いついたというように、アディマスを見る。流し目に当てられたアディマスが、びくんと肩を震わせた。
「あなたは先ほど、頭を使って人の心を操るなんて腑抜けた考えだ。弱い者の言い訳だと笑ったわよね。その言葉は訂正しないの?」
「は? ああ、あのことか。訂正などしないさ。姫さんは女だからな。夢を見ていたいんだろうが、この世はそんな甘くねぇ。力でしか手に入れられないものがごまんとある。総督の話は受けてやるが、新大陸の奴らと対等な関係など馬鹿くせぇ。刃向かってきたらやっつけてやる!」
「あなたって野蛮ね。教育のしがいがあるわ。わたしの先生に頼んで、礼儀作法のお勉強をさせてあげる」
「ハッ! くだらねぇ」
豪快に笑うアディマス。最初の取り付く島もない様子とは打って変わって、会話するようになった。けれどそれは心を許したのではなく、慣れただけ。そして相変わらず、女であるわたしを見下している。
アディマスは気がついていない。見下すことで警戒心は緩む。
わたしは、にこりと微笑んでみせる。
「わたしはあなたに指一本触れていない。それでもあなたを従わせるのに成功したわ」
「は? なにが言いたいんだ?」
「察しが悪いわね。わたしは武力に頼ることなく、頭を使ってあなたの心を操った。あなたはわたしが張り巡らせた心理戦に引っかかって、仕事を引き受けた。海賊長さん、夢見る小娘に操られた気分はどう?」
「うっ!!」
牢屋を去るわたしの背中に、アディマスの「くっそぉー!! 生意気な女めっ! 覚えてろぉぉぉーーっっ!!!」という怒声が響いたのだった。
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