第7話 斬首刑の素晴らしい夢

 アディマスは「き、きき、聞いてやるから、もう一度言ってみろっ!!」とどもった。

 わたしは声量を上げて明瞭に発音する。


「時代は刻一刻と変化している。なのに支配者のしていることは、昔とさほど変わらない。武力で支配し、土地と富を奪取して、自尊心を満足させている。けれど栄華を極めた国が現在まで存続している? 太陽は必ず傾くときがくる。他国を侵略して現地人を屈服させるなんて野蛮だし旧式だし、持続性がない。ポルシオン王国は新大陸の開拓に一番乗りした。けれど植民地化に力を注ぐあまり、国力を無視して失墜してしまった。ストアディアは基盤となる国力を底上げし、そのうえで原住民と対等な関係を築き、信頼を得るの」

「は……?」


 アディマスは口をポカンと開け、それから眉根を寄せた。


「言っている意味が飲み込めないんだが……。なんだって? なぜ信頼を得る必要がある?」

「あなたは仲間を作るのに、力で屈服させて奴隷化しているの?」

「そういうわけじゃないが……。だって相手は文明の劣る野蛮人だろ?」

「大量に人を殺せる道具を発明する方が、野蛮人だと思うわ」

「はっ! あんたは女だからな。なんにも分かっちゃいねぇ。女は気楽でいいや。城の奥に引っ込んで寝てろ!」


 アディマスは口が悪い。わたしはムッとしながらも、心を落ち着かせて話を再開する。 


「征服にエネルギーを費やすのは、未来を考えられない愚か者のすることよ。征服者本人はいいでしょうけれど、子孫たちが栄光を維持できると思う? 自国民を戦争で消費する支配者って頭が弱いと思うわ。他にすることがなくて暇なのかしら? ——兄であるスペンソン国王とわたしは同じ考えなのだけれど、新大陸の住民を武力で制圧するのは火種をばら撒く行為に他ならない。いつか火種は黒い炎となって、叛逆してくる。未来の子供たちを災いに巻き込むのは間違っている。新大陸を制圧するのではなく、対等な貿易を行うの。頭を使って人の心を操ったほうが安全だわ」

「はっ! 腑抜けた考えだな。なぜ栄光を維持できないと断言できる? あんたの言うことは弱者の言い訳だ。力のない者は生き残れない。所詮は戯言たわごとだ」


 アディマスはせせら笑った。


「新大陸の奴らをパーティーにでも呼んで、仲良しごっこでもすればいいんじゃないか?」

「そんなことをしたら、各国に目をつけられてしまうじゃないの。水面下で動きたいから、あなたに声をかけているのに……。あなたって馬鹿ね」

「馬鹿ってっ⁉」

 

 アディマスは怒りで顔を真っ赤にした。

 わたしは素直に謝罪し、新大陸の主導権を巡って争いを起こしたくはないのだと説明した。


「今はスペニシーサ国とデンタート国が競い合うようにして、東と南の大陸から富を搾取し、莫大な利益を得ている。デンタートは戦いに慣れているし、スペニシーサは艦隊を強化している。ここにストアディアが追随して、二強から目をつけられるのは得策ではない。だからあなたに会いに来た。仕事を任せたいの。――目立たないよう海賊の態で乗り込んで、他国がまだ侵略していない東の大陸の住民と貿易の交渉をして頂戴」

「はんっ! やだね。寝言は寝て言え」

「寝言じゃないわ」

「じゃあ、空想か? 女はおつむが弱いからな。すぐ夢を見る。いい気なもんだ。だがな、小娘が政治の世界に口出しするんじゃねぇ。柔らかいベッドの中でお菓子の夢でも見て、よだれを垂らしてろ!」


 アディマスは男性的な風貌に合う魅力的な声質なのだが、なにぶん口が悪すぎる。気性の荒い海賊なのだから仕方とはいえ、馬鹿されるのは気分が悪い。


「残念だけれど交渉決裂ね。他の海賊を当たることにするわ」

「他の海賊⁉︎」

「ええ。別にあなたじゃなくてもいいの。原住民と対等に話ができる人を探しているだけだから。総督になって荒稼ぎをしたい者などたくさんいるし」

「総督⁉︎」


 子供が興味を失ったものをぽんっと放り投げるように、わたしも未練なく顔を背け、監視役の男に命ずる。


「アディマスの刑を執行して頂戴」

「へい。かしこまりましたで……」

「ちょおーーーっと待て待て!!」

「女はおつむが弱いからすぐ夢を見るんだったわね。わたし、斬首刑ざんしゅけいについての素晴らしい夢があるの。披露してあげるわ。アディマスの頭部は市民広場に飾って鳥の餌にし、胴体は海に流して魚に食べさせるの。あなたの目玉が鳥にほじられ、手足は魚につつかれる。なんて素晴らしい夢なんでしょう。斬首刑の執行は三十分後にしましょう。わたしお菓子を持ってきて、よだれを垂らしながら見物することにするわ」

「わーーーっ!! あれは冗談だ! 間に受けるなっ!!」


 アディマスが一心不乱に叫ぶのがおかしすぎる。わたしは必死に笑いを噛み殺す。


「あなたは父親のお腹から生まれてきたのよね? もし母親から生まれてきたのなら、女を馬鹿にする権利すらないわよ。女を馬鹿にするのは、自分がこの世に生を受けたことが過ちであったと同意義。潔く消滅するべきだわ。この世から消える手伝いをしてあげる」

「わわわ、悪かったっ!! 俺はちいっとばかり口が悪いんだ! 女は賢いと訂正するから、総督の話を聞かせてくれ!!」


 兄がアディマスについて許可したのは、東の大陸との貿易交渉人の仕事。なんの実績もない、しかも荒くれ者の海賊を総督に就かせるわけがない。


(軽はずみな発言をしてしまったけれど……。まあ、いいわ。総督を餌にしてアディマスを釣ろう。結果を残したら、総督になれるかもしれないしね)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る