陰鬱な城

第22話 不気味な城とリンデル王妃

 馬車に揺られること三日。

 崖の上にそびえ立っているノルール城が見えてきた。馬車は跳ね橋を渡り、城へと続く一本道を進む。


「その昔、ストアディアの兵士たちが何度も攻め込んだけれど、落城には至らなかったそうよ。多くの血が流れたでしょうね」


 侍女たちは神妙に頷き、声を発しなかった。誰の胸にも不穏なものが去来しているのだろう。


 ノルール城は、街を一望できる切り立った断崖に建っている。

 分厚い灰色の雲が空一面を覆っており、春にしては肌寒い。円筒形の塔が何本もそびえ立ち、その鋭く尖った先端が曇天に伸びている様は、まるで雲を滅多刺しにしているようである。

 美しい森の中に建てられた、豪華絢爛なストアディア城とは全然違う。ノルール城はシルエットこそ美しいものの、人を拒むような不気味な雰囲気が漂っている。


「幽霊が出そうですね……」


 今年十五歳になったばかりの侍女のアンリが、怯えた声をだす。

 わたしは土埃で汚れたような色合いの城を眺めながら、これからこの城の中でどんなことが起こるのか、不吉なものを感じざるをえなかった。


 

 ✢✢✢



 城の前庭に着いて早々、国王の側近らしき男がヴェリニヘルムに耳打ちをする。ヴェリニヘルムは驚愕の表情をし、わたしを一瞥いちべつすることなくすぐさま城に入ってしまった。

 取り残されたわたしが呆然としていると、枯れ枝のような体躯たいくの侍従長が出迎えの挨拶を述べた。それから品定めをするように、わたしのお供の者に視線を走らせる。


「なぜストアディアの騎士がここにいる? 我らを襲うつもりか? 今すぐに退却願おう。それと侍女の人数が多すぎますな。城内をむやみやたらに歩かれては困る。大半の者がストディア人を毛嫌いしておるのでな。二名を除いて、あとはお帰り願おう」

「無礼なっ!!」


 護衛騎士であるエークルランドが憤怒して、前に進み出る。きつく睨んだにも関わらず、侍従長は飄々とした態度を崩さない。

 彼はわたしがどう反応するか試しているのだ。

 内心では嫌味なこの男を斬ってもらいたいと思いつつも、エークルランドをなだめる。


「怒る必要はありません。わたしが無事に到着したことを、スペンソン国王に伝えてください」

「ですが、侍女が二名とは少なすぎるっ! ユリシス様のお世話をノルールの侍女に任せられるもんか!」

「おや? なにか勘違いしておられるようだ。こちらからは侍女も従者も回す気はない。ストアディアが過去にしてきたことを泣いて詫びれば、一人ぐらい回してやってもよいが」

「貴様っ!!」


 侍従長に掴みかかろうとするエークルランドを、わたしは右腕を真横に伸ばして制する。


「取り乱してはなりません。落ち着きなさい。争うためにここに来たのではありません」

「ですが……」

「ああ、それと!」


 侍従長は片眉を上げ、底意地の悪い笑みを浮かべた。


「随分と荷物が多いですな。ユリシス様の部屋は一室のみ。他の部屋に荷物を置くことはなりませぬ。凶器や火薬が紛れ込んでいるかもしれませんでな。ストアディア人は油断ならない。部屋に入りきらない分は全部、お持ち帰りください」

「ぐっ!!」


 年嵩としかさのある痩せた侍従長は、わざと火に油を注ぐ発言をする。

 わたしは怒りに耐えているエークルランドを見るふりをしながら、自然な視線の動きで、二階の小窓に目を走らせる。

 入り口前で騒ぐわたしたちを、二階の小窓から覗いている女性がいるのだ。

 年齢はわたしよりもやや上。二十代後半ぐらいだろう。白粉で顔を真っ白にし、うずたかく盛り上がった髪型をしている。凡庸な顔立ちだが、流行を追った身なりに、リンデル王妃ではないかと見当をつける。

 王妃に聞こえるよう、声のトーンを上げる。


「わたしの荷物はほんの少ししかありません。多くはリンデル王妃への贈り物です。ストアディアは金とルビーが採れますので、それらを宝石にいたしました。それと東の大陸と交易しておりますので、珍しい品物を持って参りました。大変に珍しいものですので、王妃様は見たことがないと驚かれることでしょう。ですがすべてをわたしの部屋に置くことはできませんから、大変に残念ですが持って帰らせましょう。王妃様にお渡しできずに、残念です」


 持って帰るよう従者に指示を出していると、ノルールの侍女が駆け足で侍従長のところにやってきた。侍女が耳打ちすると、侍従長は慌てて止めに入った。


「持って帰る必要はない!! 空いている部屋があることを思い出したのだ! そこにお運びください!」

「でも……わたしが持参したのは、東洋の絹織物と毛皮とお茶。それと絵画と骨董品。これらを王妃様が喜ぶのか心配です。お会いできたらいいのですが……。好みに合わない物を送っても嫌がられるだけ。嫌われるぐらいなら、贈り物は宝石だけに留め、貿易品はすべて持って帰らせることにしましょう」


 貿易品が積んである馬車を帰らせようとすると、先ほどの侍女が再びやってきて、侍従者に耳打ちした。

 侍従者は肩を落とし、力なく言った。


「リンデル王妃が、ユリシス様にお会いになりたいそうです。荷物をすべて城内に運んでください。ひとつ残らず、すべてです。部屋に案内しましょう」

「ですが……」

「まだなにかおありですか⁉︎」

「持参してきたものが割れていないか、調べなければなりません。欠けているものを送るのは大変に失礼な行為。調べるには、ストアディアの騎士と侍女たちの手が必要です。時間がかかりますので、今日中に終えられるかどうか……。この者たちを今夜、この城に泊めてください」


 侍従長はあっさりと了承した。


「王妃からユリシス様に従うようにと、そう言われましたので、お好きにしてください」


 二階の小窓から、わたしを見下ろしている女性と目が合う。彼女は好奇心に満ちた笑みをたたえながら、わたしを見ていた。




 わたしは与えられた自室に入ると、一人で寝るにしては大きすぎるベッドにドサリと体を横たえた。


「疲れた。腰が痛いわ」

「さすりましょう」


 侍女のアンリのぷっくりとした手が、腰を丁寧に押していく。その気持ち良さに身を任せていると、リンデル王妃の侍女が訪ねてきた。


「王妃様が今すぐにお会いになりたいそうです。騎士の間にいらしてください」

「今すぐ? 到着したばかりなのに?」

「王妃様が今すぐと言ったら、今すぐにです」

「随分とせっかちな方ね」


 わたしは素早く身支度を整えると、騎士の間へと向かったのだった。

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