第11話 愛を語らない手紙
兄は、アスリッド姉さんをスパイとしてノルールに嫁がせようとした過去がある。兄は目的のためなら非情になるところがあるので、それを利用する。
わたしは深呼吸すると、淡々と話した。
「わたしにも愛国心があります。世界最強の繁栄国として名を馳せたストアディア王国の再建を心より願っています。国内産業の安定はもちろん、バルク海を生業とする漁師たちの生活も守らなければなりません。海賊は他国の船を
「だが、ノルールに嫁いだら守ってやれないんだぞ! お前を
「わたしを見くびらないでくださいっ!!」
鋭い口調で一喝すると、兄はごくりと唾を飲み込んだ。
「向こうがわたしを利用したいのなら、好きにすればいい。わたしも利用させてもらいます。武力で攻撃するよりも、内部から崩壊させるほうが簡単だと思いません? わたしが父の恨みを晴らしてみせます。父を死に追いやったノルール国王を、決して許しはしない。人質となってノルールに潜入し、内部崩壊させてみせます!!」
「お前、父のことをそこまで……」
ノルール国王の陰謀によって、自殺に追い込まれた父。娯楽に耽り、女遊びの激しかった父をわたしは軽蔑していた。接点も少なかったので、父の死に衝撃を受けても泣くことはしなかった。そんな薄情なわたしとは違い、兄は父を深く慕っていた。
兄は咽び泣きながら、わたしを強く抱きしめた。
「ユリシス、お前を誇りに思うぞ! 父の無念を晴らすために敵国に嫁ぐとは、なんと健気な妹なのだっ!! いい方法がある。ノルールの金を使いまくって財政難に陥らせ、市民の生活を窮地に追い込むんだ! 市民を徹底的に追い詰めれば、暴動が起こる。それが革命に繋がれば、ノルール王家など簡単に滅亡する!!」
わたしは「暴動を起こさせる約束はできないが、精一杯贅沢をしまくってやろうと思います」と、心にもないことを告げた。
その後、宮廷画家が熱心に描き込んでいるキャンパスを覗くと、冷たい微笑を浮かべるわたしがいたのだった。
✢✢✢
兄が結婚を承諾したのち、ヴェリニヘルムから定期的に手紙が届くようになった。不躾な内容にも関わらず激怒しないわたしに、人々は覚悟と愛国心と健気さと憐れみを感じたようで、わたしは「悲劇の王女」とあだ名をつけられてしまった。
夜。自室にひとりきりになると、ヴェリニヘルムの手紙の文字を指でなぞる。彼は達筆だ。インクの量が適度だし、流れるように跳ねる文字が美しい。ただし綴られている文字は不穏だが……。
『二択にしてあげたのに、なぜ私との結婚を選んだのか理解に苦しむ。結婚が幸せに結びついていると思っているのなら、大間違いである』
『愛などといった陳腐なものを期待しないように』
『結婚をやめるなら今だ。他の男と幸せになりなさい』
ヴェリニヘルムの手紙は愛を語らない。けれど毎月手紙を送って寄越す。
『寒くなってきましたが、風邪は引いていませんか?』と気遣ってみたり、
『雪が腰の辺りまで積もったのですか。それは凄い。さぞや壮大な景色が広がっていることでしょう』とわたしが何気なく綴った文章にも、丁寧に返事をしてくれる。
「わたしのことが好き? 好きじゃない? どっちなのよ」
婚姻を取り止めるよう書きながらも、気遣いにあふれた手紙の内容に、わたしは笑ってしまう。
ヴェリニヘルムはわたしの幸せを願うからこそ、遠ざけたいのだろう。
だからわたしはこう書く。
『あなたに幸せにしてもらおうなどど思っておりません。わたしは自分が幸せになる方法を知っています。教えて欲しいですか?』
それに対してヴェリニヘルムは『知りたくありません。言わないでください』と返事を寄越した。彼は自分に関係していると察したらしい。
ストアディアを発つ前日。わたしは庭園を散歩して、グロゼイユの葉に触れる。
恋とは愚かで歯止めが効かない。でもそれでいいのだ。愛を知らない人よりも、わたしは強い。
「わたしの幸せはヴェリニヘルム殿下の側にいること。全身全霊をかけて、あなたを守ってみせます」
ヴェリニヘルムとの結婚の先には嵐が待っている。それでもわたしは喜んで、泥船に乗って旅立つのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます