27話「フー二のお仕事」

 ぼわっと脈打つような魔灯の灯りが、足元に広がる下水を照らす。


「うわ……なんか出そうだな」


 足場の下に広がる下水から伝わる冷たい空気、灯りで照らされながらも薄暗さが残るこの場所に硬直する。


 左側に並べられた赤いドラム缶がガタッと音を立てる。


 咄嗟に体が飛び跳ねると、それに合わせるように、頭の上に居座るスライムが少し飛ぶ。


「ふきゅ」


 音のする方を確認しようと、恐る恐る左側に体を向ける。


「な、なんだ!?」


 脈立つような灯りに時折照らされて、その"何か"は静かにジリジリと動く。

 目を凝らすとそれは、赤いドラム缶に擬態した赤いスライムだった。


〈敵対生物を検知しました〉


 うわ!? なんだ!?

 水の流れる音に紛れて、機械的なアナウンスが流れる。

 敵対生物って……これか!?

 目の前にいる赤いスライム。うようよとゼリー状の体を動かし、ゆっくりと、非常にゆっくりと歩み寄ってくる。

 ドラム缶の上から下に、這うようにドラム缶にしがみついたまま地面に降りる。

 赤いスライムが通った場所が、ゼリー状の体液でベットリ濡れ、痕跡を残しているようだ。


 そして再びアナウンスが流れる。


〈レッドスライム――ゼリー状の体を自在に操り同じ色の物に擬態する。獲物が近付くのを息を潜めて待ち、その体内に吸収する。ゼリー状の体で獲物全体を包み込み、一瞬にして溶かす性質を持つ〉


 レッドスライムっていうのか。というか、こいつの性質やばすぎる。

 うっかり手でも触れたら、腕ごと溶かされるんじゃないか!?


 そもそも、敵対生物を検知してお知らせしてくれる機能なんてあったんだな。


「でもコイツは……」


 俺は頭の上にちょこんと居座るスライムについて思い出す。

 こいつと出会った時は、そんなアナウンスなんて鳴らなかったよな。ただ単に、こいつが友好的だったって話か?


 そんな余計な事を考えている間にも、レッドスライムはジリジリとこちらに身を寄せていた。

 そのゼリー状のほんの一部が、足にピトッとくっつく感触があり我に返る。


「うわっ!? まずはこいつをどうにかしないと」


 一歩下がる。

 すぐにレッドスライムから離れた為か、溶解されるのは免れたようだ。


「ふぅ」


 足元を見て安堵する。

 さて、どうしようか。ほとんどの物質を溶かしてしまうんじゃ、剣で攻撃したって吸収されるだけだ。下手したら剣ごとなくなる可能性だってある。


 俺は思考を消すように、首を左右にぶるんと振ると、何か方法がないか新たな思考を巡らせる。




۞




『いっけー! でふ! 怪獣なんてやっつけろでふー!』


 パチッっとモニターの映像が消されると、その先に見えた顔がフー二の気持ちを抑える。


『サリア様……』

『フー二、もうアニメの時間は終わりですよ』


 冷たい言葉で淡々と続ける。


『人間のアニメを見るのはもうやめなさい。心まで人間になってしまいますよ』

『でもでもサリア様、ポクはアニメが好きでふ』

『まぁ、いいでしょう。フー二、仕事ですよ』

『ふに? ポクに仕事でふか?』


 今までそんな事を言われた事がなかったフー二は、首を傾げながらそう聞き返す。

 しかし四女神サリアは、冷徹な物言いで命令する。


『転生者が選ばれました。あなたが管理してみなさい』

『ポクがでふか? 無理でふ。嫌でふ。初めてだからわからないでふ』


 フー二は、目玉を大きくし、首を大袈裟に左右に振る。

 四女神サリアはしばしの沈黙の後、口を開き冷たく言い放つ。


『これはお願いではなく命令です。名前は冴島亮太。私の管理下にある世界【リュノール】にリョウとして生まれ変わる事が決定しました。選ばれたユニークスキルは【支援者】、わかりますね? 支援者の元へ行き、仕事を終わらせるのです』

『し、支援者って誰でふか!?』

『冴島亮太の母親、冴島亮子りょうこ


 フー二はモジモジと体をくねらせて、行きたくなさをアピールしていた。


『これはお願いではなく命令。いいですね、仕事が終わるまでアニメを禁止します』

『そんな~でふ! ひどいでふ! サリア様のケチぃでふ!』




『ふわっ!? ふにふに!?』

「どうしたのフー二?」

『ひ、ひどい夢を見たでふ。怖いでふぅ』


 フー二は珍しく、半べそをかきながら甘えてくる。仕方なく、私は子供をあやすように抱きしめる。


「よしよし。大丈夫よ」


 珍しく静かに寝ていたと思ったら、よっぽど怖い夢を見たのね。

 優しくなでると時期に落ち着きを取り戻し、口を開いた。


『ふにぃ……もう大丈夫でふ。ありがとうでふリョウコちゃん』

「ううん、いいのよ」


 するとフー二は、唐突に飛び跳ねて言う。


『そうでふ! 忘れる所だったでふ!』

「どうしたの?」

『えっとでふね、ポクの角が反応して目を覚ましたんでふよ』

「って事は、亮太に何かあったの?」


 私とフー二は、液晶の亮太に目を移す。


『ふにー! リョウがスライムと奮闘中でふよ! 大変でふ』

「ちょっと、何か手立てはあるのよね?」


 フー二は口元をニヤリと曲げ、勝ち誇ったような笑顔で言い放った。


『じゃじゃーん! 今回も神様ショップでふー!』


 目の前に出された神様ショップを眺める。

 どうやら今回は一つのスキルが解放されているみたい。


「これよね?」

『そうでふ。と~っても便利なスキルでふ!』


 スキル【エンチャントの知識】――様々な属性を装備している武器や鎧に付与できる。ただし四元素を扱う属性は魔術を習得している必要あり。物理属性の付与もできる。エンチャントのレベルが上がれば付与の幅が広がる。


 あーダメだ。全っ然、わからない! やっぱりファンタジーな世界は、色んな用語があって理解に苦しむわ。

 まぁ、でもこれで亮太はこの場を切り抜けられるのよね?

 それなら、買うしかないわよね!


「8000円ね。はい……」


 神様ショップを見て、書かれている金額をフー二の口に突っ込む。

 財布を見るともう残り少なくなってきていた。またATMでおろしてこなくちゃね。

 でももしかしたら……。


「ねぇフー二」

『どうしたでふか? もぐもぐふに』


 お金を味わいながら首を傾げるフー二。

 私はダメ元で聞いてみる。


「クレジットカード……なんて、使えないわよね」

『ふにふに……ごくん。クレジットカードでふか?』

「えぇ、無理よねやっぱり」


 苦笑いをする私を横目に、フー二は声高らかに言う。


『今は無理でふ! そんな事考えてなかったでふからね。でも、次回までに相談……っじゃなくて、考えておくでふね』

「え、本当に!?」


 落ち込みかけた私の心を明るくする。

 もしクレジットカードを使えたら、いちいち下ろしに行かなくて済むわ。


『本当でふ! ポクに二言はないでふ!』

「ありがとうフー二。助かるわ」


 フー二の体が発光すると、今回も亮太に無事にスキルが届いた事を通知する。

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