28話「初めての戦闘」

〈スキルを習得しました――エンチャントの知識〉

〈エンチャントがLv1になりました〉

〈エンチャントはがねつるぎLv1を習得しました〉


 次々と流れるアナウンスに、レッドスライムとの距離を取りながらステータスを確認する。


 エンチャント鋼の剣Lv1――鋼属性を装備している武器に付与する。付与された武器は決して壊れる事のない硬さを得る。柔らかい生物にもよく効く。鎧に付与した場合は、決して壊れる事のない丈夫さを手に入れる。


「なるほど。これなら……いける!」


 俺は慣れた手つきで、龍晶石の剣を抜き、左手で魔素を集めて武器にエンチャントをする。元々知っていたかのようにすんなり出来る。

 するとみるみるうちに、龍晶石で出来たブレード部分が、鋼鉄で包まれていく。透き通った白い魔素が、モヤのように付着している。

 不思議と重さはあまり感じない。


 ……これがエンチャントか。よし。


 俺はグリップを強く握りしめ振り上げる。そしてレッドスライムに向かって勢いよく振り下ろした。


「――はぁッ!!」


 するとレッドスライムの体の真ん中を両断するように、ぷにっと二つに分裂した。

 斬った、という感触はなく、何かに当たったという感じだ。

 小さく分裂したレッドスライムは、身軽になったのか、心做しか動きが俊敏になったような気がする。

 交互に跳ねながらこちらに向かってくる。


「うわっ!?」


 その勢いで顔面目掛けて飛び跳ねてきた。

 咄嗟に剣を構えて防御する。

 すると鋼の剣に当たり、さらに分裂すると、弾けるように消え散った。


「ふぅ」


 何とかなった、と胸を撫で下ろすとエンチャントを解除して剣を鞘にしまう。


「……先に進もう」


 くるっと反対を向き、奥へ進む。静かな下水道に、水が流れる音が響く。

 何が出るかわからない。その恐怖からか、鼓動の動きが早くなるのがわかる。


 突き当たりを左に、恐る恐る顔を覗かせる。が、何かがいるわけでもなく、妙に静まり返った様子が、余計に不安を煽る。


 ゆっくりと足を進めると、目の前には水が流れ、その先には床網が見える。


「ここはアレを使うか」


 出番がきたと言わんばかりに、慣れた手つきで"魔法の橋"を架ける。向こう側に渡る為だ。

 半透明の橋が架かると、なんの躊躇ためらいもなく足を進める。

 そしてその先に進むと、鉄格子に囲まれた巨大な檻のような物がいくつも並んでいた。


「なん、だ……これ」


 不気味だった。

 その中は妙に暗く確認出来ない。

 ただ、何かの吐息のような吹き荒れる風のような、そんか音が聞こえてくるだけだった。


 何かいる。

 見えないがそれだけはわかった。


 恐る恐る魔灯を檻に近付け、中を確認しようとする。

 すると――


「――ヒィッ!?」


 俺は思わず尻もちをつく。

 体がぶるぶると震え、嫌な汗が垂れ落ちる。


 影が見えた。

 魔灯でほんのりと照らし出された"それ"は、全てを照らさずともその強大さがわかる程だった。

 一番大きな檻。その中にいたのは、俺の何百倍もあるであろう大きな体。手は熊のように大きく鋭く尖った爪、体中はおそらく剛毛で覆われている。

 それしかわからなかったが、目の前の異様さは理解できた。

 なんでこんな所に、とか、こいつは誰なんだ、とかそんなのは考えている余裕はなかった。


 一刻も早く逃げなくては。

 本能でそう思った。

 しかし一度、尻もちをついた俺の腰は上がらず思うように動けない。

 それでも必死に、逃げるように尻と足を地面に擦り付けながら、やっとの思いで立ち上がると一目散に逃げ去った。


 やばいやばいやばい。

 思考が追いつかない。とにかく逃げなくては。どこでもいいから、早く。この下水道から出たかった。


「――ぁいたッ!?」


 何かにぶつかる衝撃で我に返る。

 目の前には、小さくて紫色の三角帽子を深々と被った少女が尻もちをついていた。


「痛いです」


 その少女は、冷静に、落ち着いた声色で立ち上がりながらそう言った。


「あ……ごめん」


 何が起こったのか、理解するまでに時間がかかる。

 すると少女は何も言わずに、俺の目の前を通り過ぎる。そして先程の怪物の方に行こうとした。


「ちょ……そっちは行かない方がいい」


 誰とも知らない少女に危険を教えるが、更に無視して立ち去ろうとする。


「本当にやめた方がいい。そっちには怪物がいるんだ」


 その言葉に、さすがの少女も立ち止まる。


「お姉ちゃんを探しに行くです。邪魔しないで下さいです」


 紫色の露出度高めな服に、眠そうな目付きで俺を睨み付ける。

 そんなに敵視しなくても、と思いながら少女を見つめる。


「そんなに死にたいのか? そっちに行ったら確実に死ぬぞ」


 少し大袈裟に言ってみる。これで、行くのをやめてくれればいいんだが。

 別に俺はこの少女の事は知らないし、放っておく事もできるけど、それで死なれたら目覚めが悪い。

 さっきの怪物は尋常じゃなく殺気立っていたしな。


「ルルは死なないです。エレオノール様に助けてもらった命、大切にするです」


 何か訳ありのようだ。だが別に詮索する気はない。どこか寂しいような、不思議な雰囲気の少女だ。


「とにかく、そっちには行くなよ」


 俺はそのまま背を向けて、立ち去ろうとした。すると、 少女は気が変わったのか、俺の背中に向かって話しかける。


「あっちを通らずにどうやったらここを抜けられるですか」

「この先を行けば多分、城に繋がってると思うけど」


 振り返って答える。

 広い円形の場所の先に、鉄梯子が見える。

 そこを指さす。


 すると少女は、後をついてくるようにこっちに向かって歩く。


「ルルも行くです。案内役のポポが動かなくなったです。だから君について行くです」

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