22話「後悔」
「――マルク!!」
思わず叫ぶ。
しかしマルクの大剣は、ディアングの背中を切り付けた後だった。
息を呑む。
反撃されるんじゃないか。
誰もがそう思った。
そうなったら、たった今交わした約束は果たされない。戦争の末、あの貼り付けのバルディア族も殺されるかもしれない。
ディアングは片膝をつく。
背中は両断された箇所から血が吹き出ている。
ディアングは、地面に手をつきながらゆっくりと首を回し、背中にいるマルクを見る。そしてすぐに遠くを見るように、張り付けのバルディア族……コルックに視線を移した。
その表情は、固く、決意に満ちたものだった。コルックの為なら身を捨てでも守る、そんな顔をしている気がした。
「……弓を」
顎髭の男は、兵士から弓を受け取ると構えた。
まさかトドメを刺すつもりか?
たった今、和平を結んだばかりだというのに!
そして放つ。
「やめろぉぉぉ!!」
放たれた矢の先を確認する為に、恐る恐る首を動かす。
唾を飲み込む音が脳裏に響く。
まるで俺の周りだけ時間が止まったようだった。
だけどそれは一瞬の出来事。
「ま、マルク――!!」
鋭い矢が貫いた先を見た時、俺はそう叫んでいた。
なんと仲間であるマルクの胸を貫いていた。
一斉に顎髭の男に視線が集まる。
「悪いね、うちの冒険者が。だが約束は守らないとな。約束を破った冒険者は、この手で葬ったから多めに見てくれよ」
反撃を受ける前にと、先手を打ったのだろうか。
顎髭の男は、マルクを射抜いた事を悪びれる様子もなく、むしろ不敵の笑みを浮かべていた。
その言葉を聞いたディアングは、ゆっくりと体を起こすとコルックを見つめ、小さく口を開いた。
「……必ず助けに来る」
そう呟くと、駆け寄った仲間に支えられながら街から去って行った。
「――ぐおぉぉぉ!! 我々の勝利だぁ!!」
そう言う誰かの言葉に続き、次々と喜びをあらわにする兵士たち。
しかし俺はそれを喜べなかった。そこに倒れているマルクも、こんなはずじゃなかっただろう。
そもそも、勝利だってしていないはずだ。これはあくまで停戦で、ディアングだって必ず助けに来るって言っていた。
周りの浮かれた兵士たちを掻い潜るように、マルクに近付く。
徐々に見えてくるマルクの横たわる姿。
咄嗟の事で対応出来なかったのか、折れ曲がった足。
溢れ出る真っ赤な海。地面に染み込んでいる。
矢に貫かれた勢いで、そのまま後ろに倒れたのだろう。綺麗に仰向けになっている。
そしてその矢は、マルクが着用している銀色の軽鎧の上の隙間から、胸を貫いていた。
高所からだったからだろう。丁度、胸と首の間の鎧が守っていない部分から心臓に突き刺さっている。
そして歩みを進める度にその顔が明らかになる。
変な汗が吹き出る。固唾を飲み込む。
そして、その表情を目にした瞬間――
わかってはいた。この冒険者がマルクだっていうのはわかってた。
――だけど!
違ってほしい。そんな少しの希望は、その顔を見た瞬間に打ち砕かれ、俺はその場にヘタレ混んだ。
マルクとは少しの時間しか過ごしてなかったけど、それでも同じ冒険者として……。
――安心しろ。こんな所で死ぬ気はねぇって!
マルクが最後に俺に笑いかけたあの顔が脳裏を過ぎる。
なんで早まったんだ! いや、なんで俺は止められなかったんだ。
後悔の増幅。
後悔しても意味がないって事はわかってる。でも、もし俺があの時――
「マルク……」
驚いた表情。
口は大きく開き、目は見開いて今にも飛び出しそうだ。
何が起きたかわからないって顔をしている。
一瞬だったのだろう。
俺はマルクの両瞼を閉じるように、額から顎まで手のひらをスライドさせた。そして口を閉じるように顎を押し上げる。
マルクは瞼を閉じた。
安らかな顔だ。
俺はその場から離れた。
もうこんな事はさせない――俺の中で何かが固まった、そんな気がした。
今回の事は、マルクの欲望が止められなかったせいもある。おそらくマルクは、富と名声が欲しかったんだろう。あの時、バルディア族の長であるディアングを討てば、自分だけ褒賞が貰えると思ったのだろう。
周りから見ればマルクの自業自得。
だけど俺は許せなかった。
例え約束を破ったとしても、有無を言わさず弓を射た。話し合いでどうにか出来たはずだ。
あの長なら許してくれたかもしれない……なのに!
それに、濡れ衣を着せられたバルディア族のコルック。あの時も何もしていないと言っていた。あんなになるまで暴行を加える必要があるのか? 本当に盗ったかもわからないのに?
拳に力が入る。
これがこの国のやり方なら許せない。
もうマルクのような犠牲者を出したくない。そう思う程、怒りが込み上げてくる。
そして決めた。
「――助けよう」
バルディア族のコルックを助ける。
そしてこの街を出よう。どの道、コルックを脱獄させたら俺はもうお尋ね者だ。この街にいる事だって出来ないだろう。
っと……その前に。
ラシャーナさんには会っておくか。この、ミナのフェイスを直す方法を聞かなくてはいけない。
それから、全ての準備が終わったら……決行だ!
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