21話「欲望」

「おい、聞いたかよリョウ? 功績を残せばたんまりユニが貰えるってよ! それに無条件でランクアップって……。こりゃ、やるしかねぇな!」


 さっきまで俺の隣で他人事のような顔をしていたマルクは、急にやる気に満ち溢れた表情でそう言うと、背を向け振り向きざまに片手をあげた。


 どうやらあの血の海に行く気のようだ。俺はなんとなくだが嫌な予感がした。


「待って下さい! あんな所に行ったら死にますよ!」


 マルクが行こうとしている先では、無数のバルディア族が槍に貫かれ見るも無惨な姿でそこらじゅうに倒れている。こちら側の兵士は飛んできた大砲に潰され、地面に埋もれていた。


 少なくても同じ冒険者だ。目の前で死なれたくはない。


 俺は背を向けるマルクの腕を咄嗟に掴むと、マルクの足を止めた。

 しかしマルクは笑顔で、掴まれた腕を振りほどきながら捨て台詞を吐いた。


「ふん! ビビってんのか? 俺はユニの為なら命だって惜しまない男だぞ」


 そう言うと「じゃあな」と再び片手を上げると最後の言葉を残した。


「安心しろ。こんな所で死ぬ気はねぇって!」


 マルクは曇りのない清々しい笑顔で、巨大な大剣を背負い戦場へと消えて行った……。


 俺はそれ以上、マルクを止める事は出来なかった。


 少しの間、行ってしまったマルクの行先を見つめていると、どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「ねぇデッパのアニキ? どうするんですかい?」

「ぬ!? 出っ歯っていうんじゃねぇ!」


 俺は辺りを見渡す。


「いでっ! 痛いですアニキ」


 あれは確か……前に何でも屋の前で会ったでこぼこコンビ!

 面倒になる予感がした俺は、移動しようとゆっくりと体を動かす。

 ほとんどの冒険者が戦場に行ってしまった今、もう待機している冒険者は少なくなってしまったが、俺は辺りを見渡して束になっている冒険者の輪に紛れた。


「この戦争は見守るんだ、いいなブク?」


 戦争を見守るって何だよ!? 聞いたが事ない。

 でもまぁ、今の俺も似たようなもんだな……と、妙に納得しながら二人の様子を伺う。


「へいアニキ! でもいっぱいのユニが貰えるって言っていましたゼ?」

「ぐぬぬ……いいかブク。オレたちが行って何の助けになる? 黙って見守った方が国の為ってもんだ」


 じゃあ何で来たんだよ!

 と、思わずツッコミを入れてしまう程にアホな事を言っている。


「それもそうですねアニキ! さすがですアニキ!」


 しかも納得するのかよ!

 どっちもアホかよ。どっちかっていうと、チビの方がアホか。


 でこぼこコンビの会話を盗み聞きしていると、城の外壁の上の方から叫び声が聞こえてくる。


「バルディア族に告ぐ!! 今すぐ攻撃をやめろ。さもないとコイツがどうなるかわからんぞ」


 そこには顎髭を生やしたおじさんと兵士が数人、そしてはりつけにされているアザだらけの奴がいた。あれはおそらくマルクが言っていた、捕らわれてるバルディア族だろう。特徴がよく似ている。

 何度もムチで叩きつけたような痛々しい痕が体中にあり、顔は青紫に膨れ上がっていた。ぐったりしていて見るに堪えない。


 一斉に攻撃が止んだ。


「ふふ……それでいい」

「ミィは……何もしてないよ! 本当に何も……」


 その弱々しい声に合わせるように、顎髭の男は持っていたムチでバルディア族の体を叩きつけた。


「嘘を! つくな!」

「うぅ……痛い……もう、やめてよ……」


 顎髭の男は再びムチを討つと、敵陣にいた一際大きな図体をしたバルディア族が前に出てきた。

 兵士たちは一斉に大盾と剣や槍を構えるが、どうやらバルディア族にはもう戦う意思はないようだった。


「ミィはバルディア族の長、ディアングと申す。その申し入れ、受けようではないか。暫しの停戦――コルックにはもう手を出さないと約束をしてもらおう。それが叶うなら、こちらも手を引くと約束しよう」


 ディアングと名乗ったバルディア族の長は、凛々しい顔を崩さずにそう言った。

 すると顎髭の男は見下すような目付きで答える。


「ふん、わかればいいのだ。ただ、お前らが手を出したら……こいつの命はないと思え!」


 するとディアングは「うむ」と頷くと、背を向けて一歩進んだ。


 しかし――


「うぉぉぉ!!」


 一人の冒険者が、背を向けたディアングに勢いよく走っていき、巨大な大剣を振り下ろした。


 赤髪短髪にバンダナを巻いている。背格好、そしてあの巨大な大剣。

 ディアングの背中に大剣を振り下ろしたのは、なんと――


「――マルク!!」

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