36話「シーwithマジックエリア」

「フー二! フー二! 亮太が困ってるわ。破裂して死んじゃうらしいの!」

『そう簡単に破裂しないでふよ』

「でも亮太は海の中に、それもかなり深水にいきたいらしいの。どうにかして」


 フー二は呆れたようにため息を吐き、首を左右に振る。


『ふくぅ……仕方ないでふね。ん~!! ザ・シーwithウィズマジックエリアぁ!』

「な、なにそれ?」


 フー二は満足そうに神様ショップを出すと、私にその説明を読むように促す。

 急な横文字の名前に戸惑いつつも、神様ショップに目を移す。


「えっと、なになに……」


 マジックエリア――大きな魔素空間を創り出す。魔素を酸素に変換し続け、水中でも息が出来るようになる。水中で魔素空間を自由に操る事ができ、自由に移動する事が出来る。


『どうでふか? きっとリョウの役に立つでふよ』

「えぇ、すごいわ……」


 魔素とか変換とかよくわかっていないけど、とにかく水中を自由に移動する事が出来るのよね?

 私の世界ではありえない事でも、亮太の世界ではそれを可能にする。私の思考はそれが当たり前になり、徐々に麻痺しつつあった。


 神様ショップにある"マジックエリア"の文字列を眺めていると、ふと私の脳裏に疑問が浮かぶ。眉をひそめ不安な表情でフー二に尋ねてみる。


「ねぇ、この名前ってさ、もしかしてフー二が決めてたりするのかしら?」


 フー二は確か……。


 ――ザ・シーwithマジックエリアぁ!


 とか、言っていたはずよね。でも神様ショップの明記はマジックエリアになってるわ。


『ふくぅ……バレたでふね。そうでふ! このポクがイカした名前を決めてるでふ』


 フー二は何かに気がついたかのように目を丸くすると、神様ショップを見つめて首を傾げる。


『ふに? 間違えたでふ。表示ミスでふ。すぐに直すでふ――』

「いや、待って。このままでいいんじゃない? シーwithマジックエリアよりも、マジックエリアの方がいいと思うわよ?」


 私はフー二を諭すように言い聞かせる。別に名前なんてどうでもいいかもしれないけど、亮太が困惑するかもしれない。


『ふにー? そうでふか? なら仕方なくリョウコちゃんの意見を取り入れるでふよ。ポクは優しいでふ! ではいくでふよ!』


 フー二は一人で自慢げな顔をしながら、腰を左右に振り両手を上げて妙な踊りを始める。


「な、何してる――」

『ザ・マジックエリアぁ!』


 私の言葉を遮るように、"いつものアレ"を始めた。驚きと同時に呆れるようにため息を尽く。

 どうしても、それをやりたいのね……。


 そんなフー二をよそ目に、私は立ち上がりおもむろにタンスの引き出しから"アレ"を取り出す。

 そして唐突に、話を切り替えるように口を開いた。


「ねぇフー二」

『……なんでふか?』

「ちょっと亮太に贈りたい物があるのよ」


 引き出しから私の大切な物を取り出すとフー二に見せる。


『これはなんでふか?』

「……お守りよ」


 亮太が中学生になった頃、亮太の為に買ってあげたお守り。


 ――は? こんなモンいらねぇよ。


 亮太はそう言って受け取ってはくれなかったけど。でもこれのお陰で亮太はきっと……。

 高熱を出した時、喧嘩したって傷だらけで帰ってきた時、いつでもこのお守りが守ってくれたわ。

 亮太がすぐに完治したのもこのお守りのお陰だと思うの。肌身離さず持っていたもの。


 このお守りが守ってくれなかったのは……亮太の病気だけ。私の願いは届かなかった。

 でも、今はそうは思ってない。亮太は別の世界で生きている! やっぱりそれも、お守りのお陰だと思う。


 だから亮太にこのお守りを届けたい。

 私はお守りを握りしめフー二を見上げた。


『別にいいでふよ。でも異世界でどう変化するかわからないでふよ』

「それでもいいわ。お守りが亮太を守ってくれるなら……」


 あっちの世界では、亮太は何でも受け取ってくれる。そう思ったら、仮にどんな形になっても届けられるならそれでよかった。


『わかったでふ! じゃあ一緒にギフトとして贈るでふね』

「えぇ、お願いね」


 私はお守りに願いを込めるように祈りを捧げると、フー二にそれを託すように手渡す。


『じゃあポクの口に入れるでふ』

「え、これも口に入れるの?」

『そうでふよ。最初にリョウにギフトした時も食べたでふよ』

「そうだったかしら?」


 あの時は必死で、そんな事気にしている余裕なんてなかったわ。仕方ないね、入れるしかないわ。

 私はゆっくりフー二の口にお守りを入れる。


『んもぐッ! ついへにお金も入れるれふ!』


 お守りをムシャムシャと食べながら神様ショップを指さす。半透明の文字列に再び目を移すと"マジックエリア"という文字が目に入った。


「あ、そうね」

『そういえばクレジットカードを使えるようにしておいたでふよ。ポクは仕事が早いでふ!』

「本当に!? ありがとうフー二。じゃあこれ……」


 マジックエリア――100,000円


 ……はぁ!? 高すぎでしょ!

 私が目を丸くしていると、フー二は察したのか口を開いた。


『仕方ないんでふ! 本当はポクだってもっと安くしてあげたいんでふ。でも……』

「……フー二にも色々あるのね。いいのよ、亮太の人生がそれで救われるなら」


 そう、私は決めたのよ。もう二度と亮太を死なせないって。亮太に苦労をかけない為に、どんなに高くても"支援者"として、親らしい事をしてあげるってね。


『わかってもらえて嬉しいでふ。それじゃあクレジットカードをポクの口に差し込むでふ』

「あ……やっぱり口なのね」


 私はゆっくりとフー二の口にクレジットカードを"差し込む"。するとフー二の体が光って、その光がクレジットカードに集められるように移動した。


『もう取っていいでふよ』

「も、もう終わったの?」


 本当にこんなので取引されたのかしら。私は不安になり、スマホから残高照会をした。すると、しっかり金額は減らされていた。

 どういう仕組みかはわからないけど、取引はちゃんと行われるみたいで安心したわ。


『ふくぅ……ではポクは、ゆっくりミルクタイムでふ!』


 台所に行くフー二を見送ると、液晶の亮太に目を移した。

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