第0章 神の使い

1話「息子の死」

『神様ショップを利用しまふか?』




 数日前、息子の亮太りょうたが病気で死んだ。

 そしてその日、ショックで倒れそうになっている私の前に、"神の使い"という一匹の生物が現れた。

 神の使いは私にこう言った。


『亮太くんを助けたいでふか?』


 私は、涙でぐちゃぐちゃになった顔をゆっくりとあげた。

 私にとって亮太は、生きる意味だった。どんなに反抗されても邪険にされても、やっぱり私は親だから。いつでも亮太の味方でいたい。

 亮太は死んだ――そうわかっていても、すがりたい気持ちでいっぱいだった。


『これを見るでふ』


 そう言って、神の使いはテレビのような液晶をどこからか出し、目の前に置いた。

 そしてそこには、私の知っている亮太が映っていた。

 私は液晶に飛びついた。


「亮太! 生きてる! 亮太が……生きて……」


 私は嬉しくて、希望を取り戻したかのような笑顔で、神の使いを見上げた。


『ううん、亮太くんは確実に死んだでふよ』

「でも、ここにいるじゃない!」

『これは亮太くんであって、亮太くんじゃないでふ』

「私をバカにしているの? 私は長年、亮太の母親をしていたのよ。見間違えるはずがないわ」

『ふくぅ……これを見るでふよ』


 神の使いは、独特なため息をつきながら、呆れたように液晶を指した。

 すると液晶から声が聞こえてくる。


「ね、リョウくん! 次はどこ行くの?」

「……あんまくっつくなって!」


 亮太は、桃色のサラサラヘアーの可愛らしい女の子と、腕を組みながら楽しそうに話していた。


「ちょっと! この女の子は誰!? それにりょうくんって、馴れ馴れしく腕なんか組んで!」

『ここに映っている男の名前はリョウ。亮太くんであって、もう亮太くんじゃないでふ』


 オバサンの私には理解が追いつかず、ヤキモキしながら強く当たってしまう。


「もう! わかるように説明してくれる?」

『ふくぅ……仕方ないでふね。亮太くんが死んでから、亮太くんは生死の狭間に閉じ込められたでふよ』

「うん、三途の川で頑張って生きようとしていたのね……」


 そう考えると自然と涙が溢れてくる。


『ふくぅ……んまっ! そんな感じでふね。そんで、亮太くんは神様に認められて転生する事が出来たんでふよ。パチパチパチ~』

「つまり、亮太は生死の狭間で生きる事が出来たって事よね?」

『亮太くんは確実に死んだでふよ? 転生したんでふ! わかるでふか? 転生でふよ、転生!』


 転生なんて、そんなアニメや漫画のような事が起こるわけない。

 だから、私をからかっているようにしか聞こえなかった。


「いい加減にして! 亮太はどこにいるの? 亮太に会わせて!」

『ふくぅ……んまっ! 仕方ないでふね。リョウはもう亮太くんじゃな……どっちでもいいでふね』


 神の使いは呆れたように呟く。


 よく考えると、ここにいる神の使いは、亮太が死んですぐに私の前に現れた。そして亮太が転生したって、信じ難い事実を押し付けてきた。

 やっぱり本当なのかな?

 じゃなきゃ、神の使いがわざわざやってくるわけないよね。

 私は徐々に信用するようになっていた。


「どういう事なの? 転生って本当に……?」

『だから最初から言っているでふ。亮太くんは転生したんだって!』

「そう……じゃあ、亮太は今どこにいるの?」

『亮太くんはリョウとして異世界にいるでふ。第二の人生を満喫中でふよ』

「それで? 亮太を助けるってどういう事なの?」

『ふくぅ……やっと話を進めれまふね』


 神の使いはヤレヤレと言わんばかりに、短い両手を上にあげ、首を左右に振った。


『いいでふか。よく聞くでふよ』

「いいわ。話してちょうだい」

『おっと! でも、その前にやる事があるでふ』


 神の使いは、妙な踊りと共にぶつぶつと何かを唱え始めた。


『ふくふくふーに! ふくふーにぃ!』


 神の使いは達成感に溢れた表情をすると、話を進めようとした。


『これでいいでふ! えっと……何を話してたんでふか?』

「いや、その前に今何をしたの?」

『時止めのまほーう! でふよ』

「……え?」


 私は半信半疑で、カーテンを開けて窓の外を覗くと、道行く人は立ち止まり、車は停車していた。空を暫く見上げていたけど、雲はピクリとも動いていなかった。


「何も動いてない……」


 私がボソッと口を動かすと、神の使いは元気よく言い放った。


『えっとでふね……そういえば自己紹介がまだだったでふね。このポクは神の使いのフー二でふ。性別はないでふ。これからリョウの為に頑張るんでふよね?』

「うん、もちろんよ……」

『だったら時止めを使って正解でふ!』

「でも、時を止めたって……まだ亮太の葬式も通夜もやってないのよ?」


 私は胸がざわめく思いを必死に抑えて、フー二に強く当たってしまう。


『そこら辺は大丈夫でふよ? 時間が止まってるから気にしなくていいんでふ!』

「そう……なのね」


 まだ私の中で整理出来てはないけど、今は考えないようにしないと……集中出来そうにないわ。


『そうでふよ! 異世界に干渉するんでふから、こっちの世界の時間を止めないと大変な事になるんでふよ』


 フー二は眉を八の字ににし、大袈裟に振る舞う。


「大変な事って?」


 私がそう問うと、フー二は小さい手を精一杯動かして説明した。


『大変は大変でふ! 時間軸がズレて、こっちの世界が色々おかしな事になっちゃうでふよ』

「へぇ……」


 さっぱりわからないけど……まぁいいわ。


『ふにふに。いいでふね! これで話の続きができるでふ』

「うん、お願い」


 フー二は満足そうな顔つきで咳払いをし、続きを話した。


『では……コホン! リョウは転生時にあるスキルを選んだでふ。転生する時に一つだけスキルを選べるっていう、お決まりのアレでふね!』

「へぇ~すごいわね」


 その辺の事情はよくわかっていなかった。だけど、まずは話を聞いて理解しようと必死だった。


『それでリョウが選んだスキルは……』

「なんだったの?」

『支援者っていうスキルでふ』

「へぇ~それはどんな効果があるの?」

『自分一人では成長出来なくなるけど、特別な支援者によって様々な"ギフト"を受け取る事ができ、それによって強くなる事ができる。でふよ』

「へぇ~特別な支援者って……」

『そうでふ! お母さんであるリョウコちゃん。チミでふ!』

「あれ? 私、名前言った?」

『ポクは神の使いでふよ。名前なんてお見通しでふ』


 疑っていたわけではないけど、本当なんだと実感する事になる。


「それで、私は何をすればいいの? 亮太の役に立つには……」


 私は亮太に対して母親らしい事はしてあげられなかった。亮太が欲しいって言ったものは、全部買ってあげて来たけど、何一つ受け取って貰った事はない。

 恥ずかしいとか投げられた事もある。


 ――こんなくだらねぇモンに金使ってんじゃねぇよ。


 これが亮太の口癖だった。

 今思えば亮太は……私が嫌いだったのかな。


 でも最後の亮太は……呼吸器を付けながら口を開くのも辛かったでしょうに、最後の力を振り絞ってこう言った。


 ――ごめ……ん。


 どういう気持ちだったんだろう。

 自分が辛いのに、やっとの思いで発した言葉が謝罪の言葉なんて。

 私は悲しかった。悔しかった。

 最後くらい幸せな気持ちで逝ってほしかった。


 だから私は……亮太の役に立ちたい。子供がどんな状態になったって親は親。

 今度こそ亮太を……救いたい。


『リョウコちゃんは、そこら辺のお店で物を買ってくるでふ。それをリョウの元に贈ると、異世界で勝手に変換されて、"ギフト"としてリョウ元に届くでふ』

「物って何を買えばいいの?」

『何でもでふ。ホウキでも熊手でも包丁でも何でもでふね。因みに今言った物は全部、あっちでは武器として認識されるでふ』

「へぇ~とにかく何でもいいのね。ホームセンターに行けば何でも買えるかな? 善は急げね。ちょっと行ってくるわ」


 涙を拭いて立ち上がった。

 亮太の為に貯めていた貯金、ここで使わないでいつ使うの?

 よし、まずはATMね。次にいつものホームセンターでできるだけ沢山の物を。


『でもでも、意味がない物もあるでふよ。そういうのは物に変換されないでお金や換金アイテムに……ってもう聞こえてないでふね。ふくぅ……。さて、ポクは神様ショップの準備でもするでふか』


 フー二は何か言っていたみたいだったけど、私にはもう聞こえていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る