40話「怪しい臭い」

「今日はどうするかな」


 俺とルルは今日も集落の中を散策していた。

 昨日は色々あって、商店とか見て回れなかったからな。


「おっ兄ちゃん! 昨日はありがとうな」


 商店通りを歩いていると、昨日の魔物肉屋の店主が話しかけてきた。


「あ、どうも」


 軽く頭を下げる。


「いや~、昨日兄ちゃんが魔物肉買ってくれて助かったよ。いやね、ほら。この集落ってなんだか……ね? ちょっとアレだろう?」


 店主は横目で辺りを見渡すと、急に小さな声になり、都合が悪そうに言った。


「誰もね、魔物肉なんて高級品、買ってくれないんだよ。ここの人たちは見ての通り裕福じゃないからね」

「そ、そうですか……」


 魔物肉が高級品……か。確かにあまり裕福そうな集落ではないけど。

 ならなんでここで商売してるんだ? 俺の疑問は膨らむが、店主がまた何か言おうとした為、口を閉ざした。


「だからさ、昨日兄ちゃんが魔物肉を、何の躊躇いもなく買ってくれて嬉しかったんだ」

「あ、いえ。あの魔物肉は、孤児の男の子にあげました」


 正直に言うと、店主は目を大きく見開き机を叩くと体を乗り出して口を開いた。


「なんだって!? あの高級魔物肉を、あ……あげただって!? タダでかい!?」

「え? あ……はい」


 すると店主は体勢を立て直すように、咳払いをすると、急に冷静に話を続ける。


「ん、おほんっ。さて兄ちゃん、また魔物肉を買わないか?」


 笑顔を向ける店主。

 なるほど。商売の為、俺に魔物肉を買ってほしいだけだな。

 そんな意図が見えた俺は、


「いや、大丈夫です」


 そう軽くあしらうと、その場を立ち去ろうとした。

 すると店主は、慌てるように再び体を乗り出すと俺を呼び止めた。


「ま、待ってくれ! 本当に久しぶりだったんだ。魔物肉が売れたのは。私だってこんな事言いたくないけど……生活の為に捌かないといけないんだ」


 俺は黙って聞く。

 店主は体勢を元に戻すと話を続けた。


「私には子供が三人いてね……。家庭を支えるには私がこうやって魔物肉を売るしかないんだ。妻は家庭の為に体を――」

「もういいです。わかりました」


 これ以上話させても悲惨な言葉しか出てこなさそうだ。

 俺は店主の元に向き直ると、魔物肉を指さしながら続ける。


「これ、買います。全部でいくらですか?」

「本当かい!? 兄ちゃんは命の恩人だ。魔物肉10個で30ユニ……だけど、こんなに沢山買ってくれるなんて! 25ユニでいいよ」


 俺は25ユニを店主に渡すと大量の魔物肉を異空間ボックスにしまった。これにしまっておけば、生物でも腐らせる事なく保管出来る。

 すると店主は――


「うえっ!? 兄ちゃんポーターかよ?」

「まぁ、はい」

「なるほど……ね」


 俺が異空間ボックスを扱う姿を見た店主は、顎に手を当てて少し考え込むと更に続けた。


「うん、兄ちゃん。仕事……してみないか?」


 仕事って……。咄嗟にルルを見下ろす。するとルルは店主をじっと見つめ、口を開いた。


「怪しいです」


 店主は焦りを見せ言い返す。


「なっ!? 嬢ちゃんじゃない。兄ちゃんに聞いてるんだ。子供はお家に帰りな! ほら……」


 店主はルルをあしらうように、手の甲であっちへ行けと言わんばかりに目を細める。


「ルルは子供じゃないです。悪です! リョウ、こいつ悪です! ルルは悪を許さないです」


 ルルは今にも魔術を放とうと手のひらを店主に向け、炎元素を溜めている。


「うえっ!? な、何をする気だ!?」

「る、ルル! ここは集落だ。魔術を使うのはナシだ」


 歯止めが効かなくなっているルルの腕を掴み、無理矢理手を下ろす。すると、集まっていた炎元素が小さくなりなくなった。


「ふぅ」


 俺はため息を吐くと、ルルは未だに店主をじっと見つめている。


「リョウ、騙されちゃダメです。やっぱりルルが……」

「いやダメだ」


 再び魔術を使おうとするルルの手を掴んで抑える。

 ルルの気持ちもわからなくはないが。


「大丈夫だルル。俺はもとより受ける気はない」

「本当ですか。ルルから……離れないですか」


 ルルの力が入っていた手が緩む。

 そして俯きながら小さく言った。


「大丈夫。一緒にお姉さんを探そうな」


 ルルの頭に軽く手を乗せた。

 ルルは、溢れそうになる涙を隠すように、被っていた三角帽子を更に深く被る。


「わかったです」


 その様子を見ていた店主はため息を吐き口を開いた。


「へ、変な真似はしないでくれよ」

「仕事の件は断ります」

「そうかい。じゃあもう嬢ちゃん連れて行ってくれ。兄ちゃんには世話になったけど、この店を焼かれちゃ困るからね」


 店主はルルを横目で見ると、俺に笑顔を向け早く立ち去るように促した。しかし店主の顔は偽りの笑顔、そんな気がした。目が笑っていない。ただ口角を吊り上げただけ、そんな顔だった。


 俺はそそくさとその場を立ち去り、チラリと振り返ると、もう店主の顔に笑顔はなかった。


 別に何もないだろうけど、そんな店主の態度が俺は妙に気になったのだ。

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