39話「バルディア族の少年」

「ふぁ~」


 目を擦りながら体を伸ばす。

 相当疲れが溜まっていたのだろう。気付かない内に眠っていたようだ。


 俺はある違和感に気が付いた。


 腕が重い。

 重さを感じた右側を見てみる。


「――はぁ!?」


 俺の腕に頭を乗せ、ピッタリとくっつくルルがいた。

 咄嗟に腕を頭から外し突き飛ばす。

 そしてその場から後ずさるように離れると思考を巡らせる。


 いやいやいや。まずいって。こんな幼女と一緒に寝るとかまじでやばい。俺別に幼女好きじゃないし!


 心を落ち着かせる。


「う~ん。痛いです」


 突き飛ばした勢いでゴロゴロと転がるルルは、テーブルの足に頭を強打する。

 目を擦りながら辺りを見渡すルル。


「どうしたですか」


 どうやらルルは気が付いていないようだ。いや、でもルルから腕に乗らなきゃあんな体勢になってないよな? でもまぁ、本人もわかってないみたいだし、言わないでおこう。


「いや、なんでも」

「そうですか」

「あ、俺外見てくるわ」


 俺はあからさまに怪しい態度で、そそくさと部屋の外に出る。

 日差しが眩しい。どうやら朝まで眠っていたらしい。相当疲れていたんだな。


「待つです。ルルも行くです」


 ルルは俺の後を追うように、小走りで部屋を出た。


 海底にあるバルディア族の集落。海の深層にあるはずなのに、不思議とそこには水がなく、"普通の"集落だった。改めて見ても不思議だ。

 舗装された一本の道。それを挟むように木造の家が並ぶ。そして一番奥に見える一際大きい石造りの建物が、長老ディアングの家だ。俺たちの寝床は、ディアングの家の手前にある一軒家だ。


 俺たちは家を出ると店が沢山並ぶ商店通りに向かう。

 魚を売っているお店が並ぶ中、魔物肉を売っているお店が一際目立つ。どうやらバルディア族の中では魔物肉は貴重らしい。


「コラ――!!」


 背後から怒号が聞こえる。慌てて振り向くと、一人のバルディア族がこちらに向かって走ってくる。


「誰か!! そいつを捕まえてくれ――!! 盗人だ」


 盗人……!? よく見ると、そのバルディア族は魔物肉を抱えて振り向きながら走っている。

 どうやら商店から盗みを働いた奴らしい。

 俺が一瞬の出来事に戸惑いを隠せず唖然としていると、バルディア族は物凄い速さで俺とルルの前を通り過ぎて行った。


「盗み、ダメです」


 ルルは今にも魔術を使おうと手のひらに元素を溜めている。


「ま、待てルル!!」

「なんでですか。悪人はやつけないとダメです」

「わかった、俺が捕まえるから、ここで魔術はナシだ」


 ルルの腕を掴みながら無理矢理手を下ろそうとする。すると、溜まっていた元素が小さくなりルルは腕を下げた。

 こんな人が沢山いる所で魔術なんてぶっぱなしたらどうなるか……言うまでもない。


 俺はルルが魔術をやめたのを確認すると、魔ブーストを使い、バルディア族の盗人を追いかける。

 いくらあいつが速いと言っても、魔ブーストには負けるだろう。


 一瞬でバルディア族の盗人に追いつくと、体ごと脇で抱え、怒号をあげていた店主の元に戻る。


「うわッ!? なにすんだオマエ!! 離せ」


 俺に捕まえられながら暴れるバルディア族。無視して商店まで一気に戻る。

 そしてバルディア族を下ろした。


「コラ!! またオマエか!! 今度という今後は許さんぞ!! 衛兵に突き出してやる」

「それだけはヤメロ!! も、もうやらない!!」

「ったく、毎回同じ事を……」


 店主はバルディア族の頭目掛けて拳をお見舞いする。小さなバルディア族は半べそをかき、頭を抑えながら言う。


「ご、ごめん……なさい」

「謝って許される問題じゃないよ!!」


 店主はバルディア族の腕を引っ張りどこかへ連れて行こうとする。


「イヤ!! ヤメロ!!」


 泣きながら抵抗するバルディア族に、俺はつい口を出してしまう。


「ま、まぁこの子も反省しているみたいだし、今回は大目にみて……」


 店主の強い視線。なぜ俺が睨まれるんだろうか。


「はぁ……仕方ないね。その兄ちゃんに免じて衛兵は勘弁してやる。ただ、今回だけだからな!!」


 バルディア族は安心した表情を浮かべ、コクコクと小さく首を縦に振る。

 そして店主がバルディア族の腕を離すと、一目散にどこかへ走って行った。


「あっ、コラ!! ったく……」


 店主は呆れたようにため息を吐き、言葉を続ける。


「あいつは孤児なんだ」

「……え?」

「両親に捨てられてきっと今日食べるものもないんだ」


 店主は悲しそうに呟く。俺は店主の話を黙って聞いた。


「でも盗まれるのも一度や二度じゃなくて……こっちも商売してるからね。困ってるんだ。それに、甘やかしてばかりいて、あいつに道を外してほしくないんだよ。ここの集落にいる奴らはみんなそう思ってるんだ」


 店主はあのバルディア族が地面に落とした魔物肉を拾いながら、途切れなく話す。


「あぁあ。こりゃもう売り物になんないね」


 砂や土が肉につき、確かに売り物としてはダメそうだ。

 残念がる店主を横目に俺はある提案をする。


「あの、それ売ってくれませんか?」

「この魔物肉かい? だいぶ汚れてるけどいいのかい?」

「はい。そのくらいなら食べれると思うんで」

「そうか? 助かるよ。3ユニだよ」


 安い!! 俺は3ユニ支払うと、あのバルディア族を探す為に集落を歩き回った。


「どこ行くですか」

「あいつにコレ、渡しに行くんだよ」

「悪人にそんな事する必要ないです」


 ルルは真顔でそんな文句を言う。

 裏路地に入ると一人の影が見えた。座り込み、横にあるゴミを漁っている。


「いた!!」


 俺たちはそのバルディア族に近付く。

 バルディア族は必死にゴミを漁るあまり、俺たちの存在に気が付いていなかった。


 魔物肉をバルディア族に差し出す。


 バルディア族は俺を見上げる。そしてすぐに魔物肉に目線を落とし、奪うように取るとかぶりついた。


「なぁ、もう盗みなんてやるんじゃないぞ?」

「ありが……トウ」


 食べ終わったバルディア族はそれだけ言うと、どこかへ走り去ってしまった。


「あ、おい!」


 追いかけようと一瞬、魔ブーストを付けるが、考え直して地面に着地する。


「ま、いいか。よし! そろそろ帰るか」


 気が付くと日が落ちていた。不思議だ。海底でも太陽は見えるし空がある。本当にここは異空間のようだ。まぁ海底と言っても水はないが。


 そうして俺たちは、家に帰る為にその場を離れた。

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