38話「海底の集落」
「コルック!? なぜここに!? それにこの者たちは――」
コルックは集落に入るなり一際大きな石造りの建物に入っていく。俺たちもコルックの後を追うが、俺たちを出迎えたのは憎悪の視線だった。
「父! この人たちはリョウとルル。ミィを――」
「人間がなぜここにいる!? コルックをどうするつもりだ!? お互いに手を出さないと約束したはず!!」
ディアングは何か勘違いをしているようだ。コルックの腕を引っ張り手繰り寄せると、俺たちを睨み付けるように言い放った。
俺は弁解しようと歩み寄るがディアングの警戒は止まる事がなかった。
「違う――」
「――それ以上近寄るでない。お前たちがなぜコルックを連れ帰ったのかは知らんが、我々は手出しをしないと約束した。大人しく帰ってもらおう」
何を言おうとしてもダメだ。聞く耳を持っていないようだ。
するとコルックは、ディアングに掴まれている腕を振りほどき俺たちに近付く。
「コルック!」
ディアングの言葉を無視するように口を開いた。
「父、違うよ。リョウたちはミィを助けてくれたんだ。だから悪い人間じゃないよ」
「――なに!?」
目付きが変わった。
長の家だろうか。周りには護衛のような槍を持ったバルディア族が複数人いる。俺は注目を浴びて周りがざわめく。
「そんなはずがない!」
「ディアング殿、惑わされてはなりません!」
「人間が我々種族を助けるなどありえん」
そんな非難の声が俺の心を抉る。
でもこの人たちの気持ちもわからなくはない。ずっと俺たち人間に、気持ち悪いとか泥棒とか言われ続けていたのだろう。だからコルックも無実の罪で捕まったんだ。
そんな非難の声を一瞬で止めるかのようにディアングが口を開いた。
「――静まれ!! 人間よ……リョウ、と言ったか」
「はい。こっちはルルです」
ディアングはルルを一目見ると更に続けた。
「リョウよ、コルックを助けたとな? それは本当か?」
「はい、まぁ……助けました」
するとディアングの顔つきは一瞬にして固くなり、周りの空気が変わった。
「――非礼を詫びよう」
ディアングは大きな体を曲げ、深々と頭を下げた。
「……!!」
戸惑っている俺にディアングはそのまま続ける。
「早とちりをした。すまない。許してくれとは言わないが、我々が出来る事なら何でもしよう。お主らを歓迎する!!」
一瞬の沈黙の後、周りのピリつく空気がなくなり暖かな視線に包まれたような気がした。
「あ、ありがとう……ございます」
俺はディアングにお礼を言うと、先程とは打って変わって、周りにいた護衛の一人が俺に近寄る。
「まずは寝る場所を用意しなければならないな。そいつはジャングだ。寝床に案内してくれる。それから――」
「ま、待ってくれ!」
次から次へと、何が起きているのか困惑し思考が停止しそうになる。俺はディアングの言葉を中断すると、本来の目的について尋ねる。
「こ、これをバルディア族が製造してるって聞いたんだけど……」
俺はミナの壊れたフェイスを見せる。
するとディアングは驚いた表情で答えた。
「お主……なぜそれを!?」
「冒険者ギルドから配られたんだ。でも片方だけ壊れちゃって、製造元のバルディア族なら直せるんじゃないかと……」
「ついでにルルのポポも直してほしいです」
ルルは鞄から動かなくなったポポを取り出す。
「ふむ。我々が製造しているのはそっちの目玉だけだ。ルル……と言ったか。そっちは直せないだろう」
「そう……ですか」
ルルは残念そうに鞄にポポをしまった。
俺は目線をルルからディアングに移しフェイスを差し出した。
「お願いだ。どうしても直してほしい」
「コルックを助けてもらった恩がある。全力を尽くすと約束しよう。ただ直る保証は出来ない」
「うん、少しでも可能性があるなら。助かります!」
「修理には三日ほどかかるだろう。その間、ここでゆっくりしていってくれ」
俺たちは護衛のジャングに寝床に案内された。
「……チッ」
俺たちを横目で見ると、明らかに聞こえるくらいの大きさで舌打ちをする。
寝床に到着すると、終始無言だったジャングが辺りを見渡しながら小さく口を開いた。
「ふん。本当はオマエらみたいなニンゲンは入れたくないんだ。でも長老が言うから
俺たちみたいな人間の事を相当敵視しているみたいだ。ここは問題にならないように、穏便に済ませたほうがよさそうだ。
「あ、あぁ。わかってる。修理してもらったらすぐに出ていくよ」
「……チッ」
ジャングは睨みを効かせると部屋を出て行った。
「ルル、あいつ嫌いです」
出て行ったジャングの方を指さし、ルルがすかさず口を開いた。
「まぁ、仕方ないだろ。バルディア族からしたら俺たちは人間でよそ者なんだ。それにコルックの事もある」
そう言うとルルは、不服そうに口を尖らせてはいたが、一応納得して近くにある座椅子に腰を下ろした。
「三日もどうするですか。ルル暇は嫌です」
ルルは鞄からポポを取り出すと、見つめて微笑んだ。ルルのは直してもらえなかったけど、いつか修理できる人が見つかればいいな。おそらく大事な物なんだろう。ルルのあんな笑顔は見た事がない。
「集落を見て回ればいいだろ。商店とか色々あるみたいだし」
「リョウはどうするですか」
「うーん、俺も気が向いたら見て回るかなー」
客間だろうか。綺麗に整った布団があり、その横には小さなタンスとその上に卓上ランプが置かれている小さな部屋だ。
ルルと二人では狭いかもしれないが、布団も二つあるし、とりあえずはまぁ……問題ないかな。
俺は疲れを癒すかのように、布団の上に座ると、そのまま後ろに倒れるように寝転んだ。
「リョウ、一緒に行くです。起きるです」
ルルが俺の体を揺らす。
どうやらルルは一人じゃ行きたくないようだ。でも俺は長旅の疲れが溜まっていたのか、起き上がるなんて出来なかった。
「ふぁ~。ルル……一人で行ってくれ~」
目を瞑っているが、なんとなくルルが口を尖らせているのがわかる。
「もういいです」
諦めたのか掴んでいた俺の腕を唐突に離した。そして、隣でなりやらモゾモゾしていたが、俺にはそんな事を気にしている余裕なんてなかった。
意識が途切れ途切れになりながら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
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