9話「悪魔」

「かわいい~!」

「……え?」


 ミナは目玉と戯れている。


「アイちゃん! よろしくね」

「……」


 これがずっとついてくるのか?

 さすがに試験中だけだよな……俺は妙な不安に駆られ尋ねる。


「この目玉がついてくるのって、試験中だけですよね?」


 受付嬢は満面の笑みで答える。


「いえ、アイちゃんは冒険者になったその時から、冒険者をやめるその時まで、ずっと一緒ですよ」

「まじ……かよ」

「ちなみに成長もしますよ。人によりますが……」


 受付嬢は嬉しそうに言った。


 大きく肩を落とす俺の横で、子供みたいにはしゃぐミナの姿を見て大きなため息を吐く。


「やったぁ! ずっと一緒だよアイちゃん!」

「ちなみに呼び方は自由ですので、ペットだと思って可愛いお名前、付けてあげて下さいね」

「本当!? どうしよっかな~」


 名前か……こんな目玉に名前なんか付ける気になれない。


「よし決めた! 今日からキミはフェイスだよ!」

「……なんでフェイス!?」

「だってこの子、すごい可愛い顔してるから」


 いや、どう見たってこれは顔じゃなくて目だろ。


「この顔の横に付いてる小さい羽も可愛いし」


 いや、その羽が気持ち悪いんだが。

 しかも顔じゃなくて……まぁ、本人がいいならいいか。

 俺は目玉を見つめる。どこが可愛いのかわからないが、見つめる……というか睨んでいる。

 これはどっからどう見ても……。


「悪魔……だな」


 悪魔の目玉がしっくりくるような見た目をしている。眼球の裏側と言えばいいのだろうか、紫色の粘膜に血管が浮き出てている。

 極めつけは小さくて黄色い羽だ。

 これのどこが可愛いのか、さっぱりわからない。


〈名前を決定しました――悪魔〉


「――え!?」

「どうしたのリョウくん?」

「いや……なんでも」


 俺の目玉、もしかして悪魔とかいう名前になったのか?

 ステータスを確認すると、新たに"監視目玉"という項目が増えていた。そこには、しっかりと"悪魔"と表示されている。


 まぁ、元々名前なんてどうでもいいし、この際悪魔でも何でもいいか。


 俺は開き直ったように笑顔を作ると、受付嬢に中断した説明を促す。


「それで、試験ってどこで行われるんですか?」

「それは人によって異なります。ミナ様は治癒士ご希望でリョウ様は騎士をご希望でしたよね」

「はい、そうです」

「ご希望の冒険者によって難易度が違いますが、そこまで難しいものではありませんので安心して下さい」


 そういうと受付嬢は、手のひらで隣に行くよう促した。


「私ができるご案内はここまでですので、正式な試験のご説明はお隣でお聞きになって下さい」


 俺たちは、すぐ隣の少し雰囲気が違う派手めな女性の元へ行く。


「あの、試験の説明を聞きたいのですが」


 そう言うと、派手な受付嬢は元気よく言い放つ。


「えっと、リョウくんは騎士の卵だからこっちの森ね! それとミナちゃんは治癒士の卵……アトリエに行ってね」


 少し沈黙の後、俺は焦ったように口を開く。


「えっ! それだけ!?」

「うん、そうだよ? その地図に全部書いてるよ?」


 派手な受付嬢は、わかって当然かのように、机に置いた地図を指さす。


「森って……」

「だーかーらー! ここだってば。この森に行って! そこに行けばオッサンがいるからソレに聞けばいいの」


 なぜか怒られる俺……。

 とにかく行ってみるしかないのか。

 派手な受付嬢が指さしていた地図の場所には、"滝洞の森"と書いてある。


「ミナ、アトリエに行ってみるね。また後でねリョウくん」

「うん、じゃあ終わったらここで集合って事で」

「わかったぁ!」


 ミナは右手を高く上げ体を揺さぶりながら、大袈裟に手を振ると、冒険者ギルドの扉を勢いよく開け出て行った。


 こうして俺は、この地図を頼りに滝洞の森とやらに行く事になったんだ。

 この気色悪い目玉……いや、悪魔と共に。

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