10話「魔法」

「うわッ!! 最悪だ……」


 泥が混じった水溜まりに足を取られる。


 目の前には見上げる程の大樹があり、その横の小高い山には小屋がひっそりと佇む。

 その小屋へ続くように、泥草が倒れ道が作られているようだ。

 俺は泥の水溜まりを踏まないように、テンポよく飛び跳ねながら、小屋の入口を照らすランタンの方に向かう。

 すると、小屋の扉がミシミシと音を立てて開く。


「……おめぇが試験を受けに来た冒険者か~?」


 白髪混じりのロン毛に、顎髭を生やしたおじさんが、欠伸をしながら出てきた。


「あ……はい」


 この人が試験官なのだろうか。

 俺は戸惑いを隠しきれず、濁したように返事をする。


「お前、ここに来たって事は騎士になりたいんだろ?」


 俺の返事を待たず、呟くように続けた。


「こ~んな坊主に務まるのかね~」

「あはは……頑張ります」


 俺の言葉を無視するかのように、腕を組みながら明るい笑顔を見せる。


「まぁいいや。俺は……アルベルト・ディアス。まぁ……一応試験官、だな」


 やっぱりこの人が試験官で間違いないようだ。

 続けて俺も自己紹介をする。


「俺はリョウ・ラリアーです。アルベルト試験官、よろしくお願いします」


 アルベルト試験官は、大樹の方に歩きながら、こちらに背を向けて話す。


「いいか、試験の内容は森の奥にいるウルフの親玉を狩ってくる事、だ」

「……それだけですか?」


 その親玉がどれだけの奴なのか全くわからなかったが、ただ狩りをする、という事が簡単に思えた俺は軽口を叩く。

 すると試験官は、ニヤリと口元を緩めたと思ったら、少し強い口調で言い放つ。


「そうか、ならまずはそこら辺にいる野良のウルフを一匹狩って来い。俺はここで……」


 そう言いかけるとアルベルト試験官は、大樹の枝から枝にハンモックのようにかけられた布の上に寝転んだ。

 そして、続きを喋りながら欠伸をする。


「一眠りしてっからよ……ふぁ」


 野良のウルフを狩って来いって言われてもな……。どこにいるかもわからないし。

 俺は辺りを見回した後、アルベルト試験官を横目で見るが、もう寝に入っている。

 一人でどうにかするのも試験って事か。


 とりあえず、ここにいても仕方ないから、森の奥にでも行ってみる事にした。

 アルベルト試験官が寝ている大樹の後ろ側に回ると、道を作るように沢山の枯れ木が並んでいた。

 地面には枯れ枝が散らばり、足を進める度にパキン、パキンとそれらを踏みつける音が響いている。


「うわっ!?」


 自分で踏みつけた枝の音に、情けなく体がビクンと反応する。


 しばらく枯れ木の道を進むと、辺りは緑に生い茂った木でいっぱいになる。

 木の隙間を掻い潜り、何とかそこを抜けると……


 なんとそこは、辺り一面透き通った青色に輝く湖だった。湖に囲まれた小さな陸地には、ベンチがありその横に一本の木が生えていた。

 そこは一切荒れてなく、誰かが毎日使っているような雰囲気さえある。草は刈り取られ、花壇は今朝水をあげたような瑞々しさだ。


 しかし、どうしようか。これ以上は先に進めそうにないな。

 俺の頭上をぷかぷかと浮いている"悪魔"は、大きな黒目をギョロギョロと動かすと、俺の周りを勢いよく飛び回る。

 まるで、頑張れと言われているようだった。

 必死で小さな羽をパタパタと動かし、飛び回る悪魔を見ていると、なんだか可愛く思えてくる。いや、そんなはずはない。こいつが可愛く見えるなんて……。


 というかそんな事より、ここをどう渡るか……だよな。俺は思考を巡らせる。




 ۞




「フー二、亮太が困っているわ。何とかしてあげられないかしら」

『やっとポクの出番でふね! もちろん出来るでふよ。じゃじゃーん!』


 そう言ってフー二は、神様ショップを出現させた。


「それで、どうすれば今の亮太を助けられるの?」

『それはでふねぇ~』


 フー二は、無駄にその場でクルクル回ると、両手を上げながら元気よく言う。


『ザ・魔法ぉ!』

「魔法って……火を出すとか水を出すとかいうあの?」


 全く見当違いの事を言ったのか、フー二は小さい体を小刻みに震わせながら、顔を極端に近づけ大きく口を開いて言った。


『ちっがーう! でふ。火とか水を出すのは魔術でふよ! 魔法は全然違うでふ』

「じゃあ魔法って何なの?」


 私の問いにフー二は、短い腕を組みながら説明口調で話した。


『魔法というのはでふね。大気中に溜まってる魔素を取り込んで、無から有を創り出す不思議な力なんでふ! 魔術である火とか水を使うには、四元素っていうのが必要でふから、魔法とは全くの別物でふ!』

「へぇ~」


 異世界にも色々あるのね。

 私には魔法も魔術も似たようなものにしか思えないわ。


『とにかく! リョウがここを渡るには、魔法を使える必要があるでふよ。でも今のリョウは何にも出来ないヒヨっ子でふ。どうしようもないでふ』


 フー二は呆れた顔で、首を左右に振りながらそう言った。

 私は亮太の事を言われて、大人気なく強く当たってしまう。


「ちょっと! そこまで言わなくていいでしょ」


 するとフー二は、すぐに肩を落としシュンとなる。


『ごめんでふ。もう何も言わないでふ……』


 そして本当に黙り込んでしまった。

 しばらくの沈黙の後、痺れを切らした私が口を開く。


「もう、いいから。喋ってよ!」

『許してくれるでふか?』


 私は呆れたように、ため息を吐きながら頷くと、フー二は再び元気よく話し始めた。


『やったでふ! いいでふか、まずはリョウが魔法を習得出来るようにするでふ』

「それはどうやればいいの?」


 フー二は、神様ショップのスキル一覧を出すと、その場所を指しながら説明する。


『まずはこの"魔法適正"っていうスキルを習得しないと始まらないでふ。なんと! 魔法適正をリョウに習得させると、魔法のレベルが上がっていって、リョウは必要な時に自動的に魔法を覚える事が出来るでふよ。オート魔法学習でふ!』

「へぇ……すごいのね」


 とにかく、私はその魔法適正っていうスキルを買えばいいって事よね?


『じゃあ、お金を用意したらポクの口に入れるでふ! 間違っても、前みたいに振り回さないで欲しいでふよ……』


 魔法適正――50000円


 高ッ!? いや、こんな便利なスキル、本当は妥当か安いくらいなんでしょうけど。今までが安すぎたからギャップが……。


「ご、50000円ね。いいわ……亮太の為ですもの」


 私は一万円札五枚を用意すると、まとめて半分に折り、不本意だけどフー二の口の中に入れた。


『……ふぅんぐ! もぐもぐふにふに』

「ね、ねぇ……お金って美味しいの?」


 私は素朴な疑問をぶつける。


『ふに? 味なんてしないでふよ?』

「……は? じゃあどうしてそんなに味わってるの?」

『リョウコちゃんは子供の頃に、お母さんやお父さんに言われなかったでふか? よく噛んで食べなさいって』

「いや、それは食べ物の話で……もういいわ」


 聞いた私が馬鹿だった。

 そんなに大した理由があるはずもないのに。


 フー二の体が発光する。

 心なしか、前よりも光が強い気がした。


『完了したでふよ。リョウがスキルを習得出来たでふ!』


 その言葉を聞き、私は液晶に目を移す。

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