5話「初めての神様ショップ」

「うちは基本的に何でもあるし、何でも買い取るよ」


 ここは喧騒が絶えない商業区画の一角。様々な屋台が道を作るように立ち並ぶ、その後ろにひっそりと佇む、落ちかけの看板が目印の"何でも屋"。


 タレ目で口ひげを生やした頑固そうなおじさんが、気だるそうな声で出迎えた。


 ここには、大量に届いていた換金アイテムを換金する為に来た。

 俺は、半透明のモニター状になった異空間ボックスを開く。たくさんのアイテム名が並ぶ、その上部に小さく点滅している"換金アイテムを全て取り出す"をタッチする。


「これ、買い取って下さい」


 カチャカチャと物がぶつかり合う音をさせながら、机に収まりきらない程の換金アイテムを積み上げた。

 本当にこんな物に値段が付くのかと、少し不安な気持ちになりながら店主を見下ろす。


「うわっ……!? あんたポーターかい?」


 特殊な空間から物を大量に出した事に驚く店主。

 俺も噂程度にしか聞いた事はないのだが、ポーターとは異空間ボックスを使いこなす人の事を言うらしい。この世界では希少な存在だ。

 ポーターってだけで、冒険者の中では引っ張りだこ。ポーターの奪い合いで殺しが起こったって話も聞いた事がある。

 そのせいか、ポーターはかなり稼ぎがいいらしい。まぁ、中にはそれを使って悪事を働く奴もいるらしいが……。

 そんなこんなで、異空間ボックスを人前で使うと物珍しい目で見られる。


「は、はい」


 とりあえず、ポーターって事にしておくか。


「気を付けた方がいい。最近ではポーターを襲って無理矢理、契約させる輩もいるみたいだからね」


 店主は吐息混じりにそう言った。


「はい……気を付けます」


 やっぱり、異空間ボックスを人前で使うのは控えた方がよさそうだ。


「それにしても、随分多いね……ちょいと時間がかかるよ」

「じゃあ待ってます」

「はいよ」


 店主はドサッと椅子に座ると、ため息をつきながら、虫眼鏡のようなもので一つ一つ見ていく。

 レンズ越しに見える巨大な瞳からは、少し気だるさのようなものを感じた。




 ۞




『フリン! フリンリン! スキルを習得できるでふ!』

「んわッ!? ビックリした……急にどうしたの?」


 急に大きな声で叫ぶフー二に驚き、心臓の鼓動が大きくなる。


『ご、ごめんでふぅ……驚かすつもりはなかったでふよ』

「うん、いいよ。それで? スキルがどうしたって?」


 私は胸に手を当て落ち着かせる。

 フー二は、目の前に半透明の水色の文字列を出し、自慢げに話し始めた。


『これが神様ショップでふ! 今はロックが掛かっていてほとんどのスキルが見れないでふけど、リョウの助けになる時がくれば解放されるでふよ』


 ほとんどが、南京錠のマークがついていて見られないようになっている。

 その中に二つだけ、ロックが掛かっていない文字が表示されていた。


「これは……今、解放されたって事なの?」

『そうでふよ!』


 スキル【購入金額大幅ダウン】――アイテムを購入時、大幅に値引き出来る。

 スキル【売却金額大幅アップ】――アイテムを売却時、大幅に増額出来る。


 私の世界でも、そんな事が出来たらどんなにいい事かしら。


「それで、亮太の助けになる時ってどうやってわかるの?」

『それはでふね~』


 フー二は、また無駄に溜めると、唐突に喋り出す。


『感! でふよ』


 あまりの突飛な言葉に目を丸くする。


「……え? それじゃあ、亮太が本当に困っている時に助けられないじゃない!」

『大丈夫でふ! ポクのこの可愛らしい小さなツノで感じる事が出来るでふ。リョウを成長させられそうな時に反応するでふよ。今みたいにでふ!』

「毎回あんなに大きい声を出すつもり?」

『大丈夫でふ。ポクは学んだでふよ。ちょっとだけ静かにお知らせするでふ』


 フー二は嬉しそうにそう語る。

 ただ、普段の声ですら少しうるさいと感じる程なのに……大丈夫なのかな。

 私は少し不安な気持ちでフー二を見上げた。


「それでさ、このスキルを習得させるにはいくらくらいかかるの?」


 私の予想だとかなり高いと思う。

 だって、そんな事が出来たら人生楽すぎるもの。

 亮太にはもう……苦労してほしくないから、どんなに高くても払うつもりよ。


『どっちのスキルも2000円でふ! 合わせて4000円でふよ。どうするでふ?』

「安ッ! も、もちろん買うけど。いいのね? 本当にそんな値段で」

『いいでふよ! フー二に二言はないでふ』

「そう。よかったわ」


 たった4000円で、亮太が楽出来るなら安いものね。私は財布から4000円を出してフー二に渡す。


『ありがとうでふ……ふぅんぐ!』

「……!?」


 すると、フー二は私から受け取ったお金をなんと、自分の口の中に入れて飲み込んでしまった。


「ちょっと! なんて事するのよ!? 今すぐ出しなさいよ!」


 私はあまりの衝撃に、一瞬たじろぐもすぐに我に返り、フー二の細い首を一気に掴んだ。

 そして飲み込んだお金を出そうと、必死でブンブン振り回す。


『ふにぃ! ふにぃ……目が廻るでふぅ……やめてほしいでふぅ』

「あなたが飲み込んだお金を出したらね!」


 私は、無我夢中でフー二を振り回していると、フー二が発光し始めた。


「うわっ……!」


 私は咄嗟にフー二から手を離すと、壁にぶつかりながら床に落ちていった。


「だ、大丈夫?」


 少しやり過ぎたと反省した私は、様子を伺いながらフー二を持ち上げた。


『目が……目が廻るでふぅ……ミルクを……ミル……ク』

「……へ?」


 ミルクって、牛乳でいいのかな?

 私は罪悪感から、フー二をテーブルに置くと、すぐに冷蔵庫から牛乳を取り出しコップに入れ、フー二に飲ませた。


『……』

「ふ、フー二?」


 コップの牛乳を飲み干すと、フー二は生き返ったように飛び回る。


『ふにぃ! ふにぃ! ポクは目が廻りやすいんでふ。気をつけてほしいでふ!』

「やり過ぎた事は謝るわ。で、でも元はと言えば、フー二がお金を飲み込むから……」

『これは通常の処理でふ! ポクと異世界は繋がってるでふ。その証拠にポクの体が光ったでふ。これは支払いが完了して、リョウがスキルを受け取ったっていう証でふよ! あれを見るでふ』


 フー二は鼻息を荒くしながら、液晶に映る亮太を指さした。

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