第2章 治癒士への道〈ミナ編〉
14話「治癒士養成所」〈ミナ編〉
「アトリエってここだよね?」
赤いレンガの三角屋根が目印の平屋。横に細長く、屋上は沢山の草花で埋め尽くされている。
アレは……調合に使う薬草類かな? 建物で育てられる薬草があるんだ。
ミナは、小さい頃から薬草の種類について勉強してきたつもりだけど、まだまだ知らない事が沢山ある。
世界中の難病の人を助ける為に治癒士になる。その為に、今このアトリエの前に立っている。
「よし、開けよう」
左手を胸に当て高鳴る鼓動を押さえながら、ポール状になった扉の取っ手に手をかける。そして一気に押す。
「こんにちは!」
とにかく元気よく笑顔で。
お母さんはいつもニコニコしていて、ミナの憧れだった。
――何があっても笑顔を忘れちゃダメよ。
お母さんの言葉。もういないけど、お母さんとの約束。
勢いよく扉を開けたせいでミナに注目が集まる。
「あっ……いらっしゃい。ここは初めて?」
少しの間を開けて一人の女性が駆け寄る。
紫色の髪を編み込んで、小さな顔には少し大きすぎるメガネをかけている。胸下まであるコルセット付きのふんわりとしたスカートが似合ってる。
「はい! 治癒士になる為の試験を受けに来ました」
ミナが元気よく言うと、その女性はニッコリと笑いながら首を傾けた。
「そう、あなたが例の試験生なのね」
「はい。よろしくお願いします」
女性はミナを上から下まで舐めるように見ると、再び笑顔を作りミナに背を向けた。
「ふふ。緊張しなくても大丈夫よ。こっちへ来てちょうだい」
「わかりました」
小部屋へと案内されたミナは、コの字型に置かれた長机の前にある椅子に腰かける。
「わたしはラシャーナ・オーウェンよ。よろしくね」
部屋の扉を片手で閉めながら、振り向きざまにそう言った。
釣られるようにミナも自己紹介をする。
「ミナです! ミナ・マリアって言います。よろしくお願いします」
「ふふ」
ラシャーナさんは、透明感のある唇を少し開き微笑んだ。
「……」
可愛い。
輝くような笑顔に見惚れて口を閉ざす。
「どうしたの? わたしの顔に何かついてる?」
その言葉に我に返ると、慌てて誤解を解くように早口で喋る。
「ご、ごめんなさい! ラシャーナさんに見惚れてましたっ」
「ふふ。お世辞でも嬉しいわ。ミナちゃんみたいな若くて可愛い子にそんな事言われるなんて」
ラシャーナさんは、頬を赤く染め照れた表情を見せた。
「ラシャーナさんもまだ若いですよ?」
「ふふ。ミナちゃんは口が上手いわね。さて……」
ラシャーナさんはそう言うと、両手を重ねて膝の上に置き、言葉を続けた。
「まずはこのアトリエについて説明するね。ここは治癒士の養成所のようなものなの」
「じゃあ、ここにいる人はみんな生徒なんですか?」
「ふふ。まぁ、そうね。わたしは教えるのが好きなの」
「すごい! じゃあ先生ですね。ラシャーナ先生!」
「ふふ。わたしにはそれしか出来ないから……」
「……え?」
終始笑顔を崩さないラシャーナ先生。だけど、瞳の奥は笑っていない……そんな気がした。
ミナはそれ以上は聞かず、ラシャーナ先生の言葉を待った。
「それで、試験の内容だったわね」
「あっ、はい!」
「まずはあなたの能力を知りたいわ。あっちで調合してみましょうか」
そう言って立ち上がり部屋の外に出ると、ミナもラシャーナ先生に続くように席を立った。
部屋を出ると、生徒の子供たちが駆け寄ってきた。
「先生! その人だぁれ?」
「先生見て見て! もうちょっとで成功しそうなの」
「先生、授業でわからない事があったので少しいいですか?」
ラシャーナ先生は人気者。生徒から頼りにされていて、すごいな。
「今日からみんなのお友達になるミナちゃんよ。みんなよろしくね」
その言葉に続くように、集まってきたみんなに挨拶をする。
「よろしくね、みんな」
ラシャーナ先生は更に続けて、質問攻めの生徒に答えていく。
「サリアちゃん頑張って。あなたならきっと成功するわ」
「はーい! もっと頑張らなきゃ!」
最後の男の子に目線を向け微笑む。
「マーくん、後で見てあげるから、一人で予習していてくれる?」
するとマーくんと呼ばれた男の子は、あからさまに目を泳がせ頬を赤くした。
「は、はい。で、では僕はこれで……」
マーくん、ラシャーナ先生の事が好きなんだ。ミナはその微笑ましい光景を見て、思わずクスッと笑う。
マーくんはそのまま部屋の隅に行ってしまった。
「みんな勉強熱心ですね」
ミナがそう言うと、ラシャーナ先生は笑顔で楽しそうに答える。
「そうなの。特にマーくんはわからない事はすぐに質問してきて、とても勉強熱心なの。みんな自慢の生徒たちよ」
「羨ましいです」
みんな治癒士になりたいんだ。ミナと同じ。負けないように頑張らなくちゃ!
ラシャーナ先生に続き、調合部屋と呼ばれる、調合する為の機械やフラスコなどが沢山置かれている部屋に入る。
「すごい!」
「まずはコレを作ってみてくれる?」
そう言って、羊皮紙に描かれたレシピを手渡された。
そこには【緑草 + くすり葉 = 治癒ポーション】と、淡いオレンジ色の文字が浮かび上がっている。
「素材はここにあるから。結果次第で試験内容が変わるわ」
固唾を飲み込む。
こんな機械は使った事すらない。今までレシピについては勉強した事があったけど、実際に調合した事はなかった。
これが初めて。
ミナは出来るかわからないけど、とにかくやってみる事にした。
「まずは緑草っと……」
機械の器部分に貰った素材を入れようとすると、それを止めるかのように口を挟む。
「あっ待って! レシピがある時は、そこにレシピを乗せてみて。機械がレシピを感知して成功率がグッと上がるの」
「……ここですか?」
器の隣にある大きな天秤のような形をした所にレシピを乗せる。
すると羊皮紙から何かを吸い取り、機械全体が淡いオレンジ色に包まれた。
そして貰った素材を入れてみる。
「後は待つだけよ」
「えっ? これだけですか?」
想像していた調合と違って、こんなに簡単な方法で出来てしまっていいのかと不安になる。
心臓が高鳴る。
徐々に、機械を包んでいた光が大きくなっていく。
「……簡単に見えて大変なのよ」
「そう、なんですか?」
「えぇ、これでも成功出来なくて挫折する人ばかりなの」
ラシャーナ先生は、悲しい表情をすると更に続けた。
「治癒士はね……努力でなれるものじゃないのよ。生まれ持った才能なの。十六歳までにそれが開花しなければ……」
「しなければどうなるんですか?」
「もう治癒士は諦めるしかないわ。わたしみたいにね」
メガネをクイッと指であげると、あきらかな作り笑いをした。
「でもラシャーナ先生は治癒士なんですよね?」
「わたしは……まぁ、この話は後々するわ。ミナちゃんが試験に合格したら……ね。ふふ」
機械が物凄い勢いで揺れたと思ったら、次の瞬間その動きが嘘のようにピタッと止まった。
そして、大きく膨らんだ淡いオレンジ色の光が小さくなり、器の上には緑色の液体が入った細長い容器が置かれていた。
「う、うそ……一回で!?」
「これって治癒ポーション!? やったー! 成功しましたよラシャーナ先生!」
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