13話「無力」

 俺は――殺せなかった。


 試験の内容はウルフの親玉を狩る事。

 あれがウルフなんであれば、俺は試験に失敗した。

 無様に逃げ帰ったんだ。


 でもあのウルフは……必死に子供を守っていた。

 血だらけになりながらも、立つ力さえ残っていないはずなのに……それでも子供を守る為に敵である俺に立ち向かおうとしていた。

 そんな奴を……俺は殺れない。


 どう説明しようか。

 正直に言うべきか。

 でも、どの道俺は試験不合格なんだ。

 だったら言い訳なんかしないで……。


「よう、どうだった?」


 湖を渡り、再びあの大樹の元に戻ってくると、アルベルト試験官は待ち構えていたかのように笑顔を見せた。

 しかし俺の顔を見るなり表情は一変し、悟ったように言葉を続けた。


「……いや、その面で狩りに成功したって事はねぇか」

「あはは……はい」


 俺は悔しさと悲しさを紛らわせようと愛想笑いをする。


「……見せてくれ」


 アルベルト試験官は俺の悪魔に手をかざすと、悪魔は俺の行動の一部始終をホログラムとして映し出した。


「なるほど……な」


 洞穴でのホログラムを見終わると、アルベルト試験官は眉間にシワを寄せゆっくりと口を開いた。


「……不合格だ」


 わかってはいたが、大きなため息と共に自然と言葉が出る。


「……ですよね」


 俺は言い訳するわけでもなく、肩を落としながらアルベルト試験官に背を向けた。


「諦めるのか?」


 その言葉に俺の歩みは止まった。


「お前はなぜ騎士になりたいんだ?」


 なぜ騎士に……それは決まっていた。

 幼い頃にミナとした約束。


 ――二人で最強の冒険者になろうね。


「俺は……」


 あの時決めたはずだ。

 強くなってミナを守ると。


 振り返りアルベルト試験官の目を見る。


「ミナを……大事な人を守りたいからです」


 言い切った。

 冒険者になる試験すら合格出来ないで、騎士になんかなれるわけない。


 俺は、あの時誓った気持ちを思い出すかのように、再びアルベルト試験官の元に歩む。


「……そうか。でも、諦めるんだろ?」

「……いえ。もう一度、試験を受けさせて下さい! お願いします」


 俺は頭を下げて必死にお願いする。


「仕方ない……」

「ありがとうございます!」

「もう一度、あのウルフの所に行け。今度はしっかりトドメを刺してくるんだ」


 アルベルト試験官も見たはずだった。

 あのウルフには家族がいる事を。

 俺には出来ない……でももうチャンスはない。今度放棄したらもう二度と……。


「殺れるのか? 殺らないのか?」

「あのウルフは……」


 俺が口篭りながらそう言いかけると、アルベルト試験官は被せるように言い放った。


「家族がいる……か?」

「は、はい」

「……だからどうした?」


 腕組みをしながら真剣な面持ちで俺を見る。

 俺は固唾を飲み込み、ゆっくりと口を開いた。


「俺には……出来ません」

「……」

「俺は戦う意思なんてありませんでした。なのに、あのウルフは子供を守ろうと立ち向かってきました。血だらけでも構わず立ち上がり、子供を守ろうと必死でした。そんな……家族を俺には殺す事は出来ません!」


 俺は素直な気持ちを話した。

 するとアルベルト試験官は、口元を緩めクスッと笑うと口を開いた。


「お前は……俺に似てるな」

「え? アルベルト試験官にですか?」

「あぁ、俺の若い頃にな」

「それはどういう……」


 俺がアルベルト試験官の若い頃の話を聞こうとすると、それを遮るように再び強い口調で話した。


「まぁ、昔の事はどうでもいい。お前は……大事な人を守る為に騎士になりたいと言ったな?」

「はい!」

「なら、その信念を曲げるな。死んでも守れ! 後悔しないようにな……」


 そう言ったアルベルト試験官の顔は、どこか寂しさを感じた。

 アルベルト試験官は、胸ポケットから何かを取り出すと、俺に向かって投げた。


「おわっ!?」


 俺は何かを確認しようと握った手を開く。


「これは……」


 手のひらにすっぽり収まるくらいの、金色の刻印が入った円形のバッジ。それは、冒険者ギルド【ルマニール】の紋章が浮き彫りになったものだった。


「お前に渡すのは、もう決めていた」

「……え?」

「お前がウルフを殺せずに、肩を落としてとぼとぼと帰って来た時から決まってたんだよ」


 そう言うと、アルベルト試験官の表情は一変し笑顔がなくなる。

 そして更に続けた。


「今はまだいい。だが、必ず剣を振るう時が来る。その時にお前は剣を振るえるか?」


 腕を組みながら俺に真剣な眼差しを向ける。


「それは……」

「お前が剣を振るう理由は何だ?」

「ミナを……守る為です!」

「ならその時に全力を尽くせ。絶対に……後悔だけはするな」


 そう言うとアルベルト試験官は、握手するように右手を前に出し更に続けた。


「頑張れよ、新米冒険者」


 笑顔で言う。

 俺はアルベルト試験官の手を握ると笑顔で返した。


「はい! 頑張ります!」

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