17話「一年に一度だけの花」〈ミナ編〉

 急に地面が崩れ落ちた。

 ミナは穴の底に真っ逆さま。

 色んな所にぶつかりながら、最後にはドスンという音と同時に着地した。


「あったたたた……」


 頭を抑えながら、ひっくり返った体を起こす。

 体の至る所が痛い。

 体に付いた土埃を手で払いながら立ち上がる。


「まさか地面が崩れるなんて……」


 天井を見上げるが、とてもじゃないけど登るのは難しそう。

 ゴツゴツした岩を足場にすれば、登れなくもないかもしれないけど。でも、転がり落ちたせいで、そんなに体力残ってないよー。


「はぁー……スラちゃん、大丈夫?」


 落ちた衝撃で転がったスラちゃんを抱き抱える。


「ふきゅ~」


 どうやら柔らかい体のおかげで大丈夫だったみたいだね。

 よかった。


 ミナは辺りを見渡す。

 でも、何もない。

 ただの空洞で、どこにも道は見当たらない。


「どうしよう……」


 もう一度、天井を見上げたけど、何回見ても行けないものは行けない。

 仕方なくミナは、どこか抜け道がないか探す為に周りの壁を手探りで確認する。


 ダメだー。

 半ば諦めつつ、真ん中ら辺にある小さい岩場に腰掛ける。

 その途端……!


「んぎゅ!?」

「き、ぎゃぁぁぁ! んぐっ……ぎゃぁぁ!」


 またまた崩れ落ちる地面。

 スラちゃんと一緒に真っ逆さま。

 フェイスは……飛んでるから大丈夫そう。

 今度はかなり下まで行ったかもしれない。

 地面に着地したと思ったら、次々と地面が崩れ落ちていく。


「どんだけ地盤ゆるいのぉー!?」


 ゴツ。

 鈍い音が脳裏に響く。

 その後にスラちゃんが上から降ってくるのが見えた。

 ぽふっていう軽い音で、ミナの上に着地する。


「ふきゅ~?」

「だ、大丈夫……だよ」


 ミナの事を心配してくれたように思えた。

 頭がガンガンする。

 押しつぶされたみたい。

 もう、落ちないよね?

 ミナは、転がった杖を拾い上げて辺りを見渡す。


「あ……あぁぁぁ!」


 ミナは見つけてしまった。

 赤紫に発光する一輪の花を。

 緑の草に囲まれて、地面から力強く生えていた。


「ね、年樹花ぁ!」


 体の痛みが吹っ飛んだように、輝く花に駆け寄る。


「あっ! 採取しなくちゃ」


 花に見惚れていたミナは、思い出したかのようにナイフを取り出す。


「一回しかチャンスはない」


 失敗しないように綺麗に取らなくちゃ。

 根っこにナイフを当てて、横にスライドするように……っと。

 葉っぱごとナイフで切り取る。


「やったぁ!」


 その輝きを失わずに採取する事が出来た。

 これで後は……と、振り返ったその時。


「グシャァァァ!」


 魔物が落ちてきた。


「きゃっ!? ま、魔物!」


 杖を握りしめる。

 多分、ドラグラーだ。

 魔物図鑑を見る限り、特徴がソックリだった。

 真っ青な体に、藁の冠を頭に付けて、槍を持っている。

 そして年樹花がある所に必ず現れる。


 絶対ドラグラーだ!

 この魔物の心臓を……取れる気がしない。


「うぅ……」


 震える手で杖を握り、叩こうと振り上げる。

 しかしドラグラーは槍を片手に、片足でジャンプしながら軽快に近寄る。


 ――ドスン。


 ジャンプしながら突進。

 尻もちをつく。


「んきゃっ!?」


 近寄るドラグラーに向かって、適当に杖を振り回す。


「こ、来ないでぇー!」


 上下に杖を振る。

 何度も振る。

 もはや、当たってるかどうかもわからないけど、とにかく振る。


「キミは可愛くない! あっち行ってぇ!」


 ことごとく当たらない杖。

 ドラグラーはジャンプしながら華麗に避ける。

 そして槍を一突き。


「んはっ……!?」


 運良く顔ギリギリを通り過ぎ、後ろの地面に刺さる。

 驚いたミナは、一生懸命振っていた杖の動きを止める。


「いやっ……!」


 半べそをかきながら、無我夢中で杖を前に出す。

 攻撃から身を守る為に。


「来ないでぇー!」


 目の前が光に包まれた。

 杖から大量の光が発射される。

 オレンジ色の無数の光る槍!


「グガァァァ!?」


 いくつもの光る槍は、ドラグラーの体を突き抜けた。

 紫色の長くて先が尖った舌を口から出し、地面に倒れる。


「ど、どうなったの?」


 これって、聖魔法……なの?

 ラシャーナ先生が使ってた聖魔法によく似ている色。

 いや、でも何も感じなかったよ?

 魔力が溢れる感じも、聖魔法を放った感じも何も。

 でもこの光る槍は……。


「あっ、そうだ!」


 ミナは、ドラグラーの心臓を取らなきゃいけない事を思い出し、ナイフを取り出す。

 幸い、槍は心臓を回避して色んな所に刺さっていた。


 ナイフを心臓周りの肉に突き刺す。ドロっと赤黒い血が流れ出て、肉片がブリブリと溢れ出てくる。


「うっ……うぇー」


 吐きそうになる。

 酷い臭い。

 一年くらい放置した、食べ残しの"レーズン入りパン"の百倍は臭い。

 小さい頃に、部屋の片隅から出てきた"それ"を思い出して、余計に気持ち悪くなる。あの時は、お母さんに怒られたっけ……。


「うっ……だ、ダメ」


 左手で口を抑えながら、ナイフで心臓を一気に抉りとる。

 そして、その心臓をもう一つの小さな鞄に入れると、すぐに立ち上がる。

 ナイフを空中で何度も振る。ドラグラーの血が地面に叩きつけられる。


 まずは、ここからどうやって出るか考えなきゃ。

 辺りを歩き回る。

 だけど……。


「んーっ! 疲れたぁー」


 ミナはその場に寝転んだ。もちろん、ドラグラーからは充分に離れて。

 そしてミナは、気が付くと寝ていたみたい。


 次に目を開けたのは……苦しかった。


「うぐぅっ!?」


 苦しい。

 口を何かで塞がれてる。

 手足をジタバタさせる。

 しかし、抵抗も虚しくどんどん力が抜けていく。


 フェイスが飛び回ってる。

 助けようと……してくれてる?


「くそ……鬱陶しいな」


 フェイスは、ガシッと掴まれると、遠くの壁に向かって投げられた。壁にぶつかると地面に落下する。


「んー! んー!」


 いや……助けて。

 手の力が抜けていき、握っていた杖が手から離れる。


「……ふん。大人しくしていてくれよな」


 薄れゆく記憶の中で、そんな低い声が聞こえた気がした。

 私を抱えて……どこに行くの? ゲート……? わからない。真っ赤なブラックホールみたいな。何かに……もうダメ。目が、かすむ。

 最後に目にしたのは、スヤスヤと眠るスラちゃんの姿だった。


 その後はどうなったかわからない。ここでミナの意識は途切れた。

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