第4章 絶望、そして小さな希望へ〈ルル編〉

30話「買われた心と体」〈ルル編〉

『――お姉ちゃん!!』

『大丈夫、ルル。ココの事は心配しないで』


 懐かしい夢を見た。

 お姉ちゃんはルルの事を置いていなくなった。

 ルルはまた一人。


「おい妹」

「……」


 この小太りの嫌な奴は奴隷商人。

 ルルとお姉ちゃんは、こいつのせいで酷い人生を歩む事になった。

 ルルはこいつが憎い。

 睨む。

 ルルにはこれが精一杯。


「ふん。またそんな目をするのか。お前は姉とは大違いだな」

「……」

「姉は妹のお前と違って、常にいい子だったなァ……。あァ……いい体もしてたしなァ」


 お姉ちゃんを弄んで心を壊した。

 でも、それでもお姉ちゃんは、ルルには笑顔を見せていた。本当は辛いのに……。

 お姉ちゃんの最後の笑顔……絶対に忘れない。

 泣きたいのを我慢して、ルルを心配させないように見せた最後の笑顔。


 お姉ちゃんは、どこかのお金持ちに買われたって、こいつが言ってた。

 散々弄んだ挙句、お金でお姉ちゃんを売った。こいつにはルルたちがお金にしか見えてない。道具にしか思ってない。


 ルルは……。


「おい妹! 聞いてんのか!?」

「――いッ!?」


 小さな鉄格子で囲われた檻。ルルは商品。

 こいつは毎日ルルをいたぶる。何も言わないと叩く。睨んでも叩く。

 一頻り満足いくと、鉄格子を閉めてまたルルを閉じ込める。


 でも今日は違った。

 ルルを閉じ込めない。

 奴隷商人の汚い手が伸びる。そしてルルの腕を掴んだ。


「……え?」


 思わず漏れる小さな声。

 ルルは奴隷商人を見上げた。

 震える体を必死に抑えて。


「ふん。こっちに来い。お前はそんなんだから、いつまで経っても買い手がつかないんだ」

「どこ……行くですか」


 ボロボロの汚れた布切れをまとって、手を引かれたままヨタヨタと歩く。

 毎日半かけのパン一つ。力が出なくて、奴隷商人に身を委ねるしかなかった。


「そろそろお前も成長するんだよ、妹。俺がたっぷり可愛がってやるからな」


 一瞬で察した。

 ルルもお姉ちゃんみたいに……。

 お姉ちゃんはあいつに連れていかれるといつも叫んでた。壁の向こうからでも聞こえる嘆きと喘ぎ。

 いつも耳を塞いでいた。聞きたくなかったから。


 今度はルルの、番……?

 怖い。不安。

 何されるのかと思うと、自然と体が震える。


「さァ、寝ろ!!」


 引っ張っていたルルの手を、勢いよくベッドの方に引っ張りルルは投げ出された。


「……いッ!?」


 すぐにベッドの上に立ち膝をつき、ルルの上に覆い被さった。

 ルルは恐怖で動けなかった。喋れなかった。涙も出ないくらいに怖かった。


 終わった後、ルルの涙腺は一気に緩んだ。

 恐怖を通り越して、終わった……という安心感からだった。


 それから次の日も、その次の日も。ルルはこいつに従った。ルルが買われるその日まで。

 ルルの心は壊れた。

 目に生気がない。自分でもわかるくらいに。


 その日は突然やってきた。

 ある日、ルルの前に一人の男の人が現れた。


「本当に"これ"を買うのですかァ?」

「はい"この子"を」


 今のルルには眩しすぎる笑顔。

 ルルは思った。


 ――助かる。


 この人についていく事にした。ルルには選択肢なんてないから、嫌でもついていくしかないけど。


「ふん。よかったな妹。お前みたいな"マグロ女"を買ってくれる人がいて。姉はもっと"遊戯"していたけどなァ!! ヒヒッ」

「……」


 最後の奴隷商人の言葉。

 ルルはもうこいつに従わなくていい。でももうどうでもよかった。今更、こいつに反抗的な目を浴びせた所で、また叩かれたり……この人に見限られたりしたら嫌だ。

 そう思うと、ルルは無言でこいつの前を通り過ぎ、男の人に手を引かれて久しぶりの太陽に目をすぼめながら外に出る。


「乗って下さい」


 その人の声はとても優しかった。

 明るく笑顔でルルの目を見て、まるでお姫様を馬車に乗せるように、扉を開けてルルが乗るのを待っていた。


 ゆっくりと、静かに馬車への段差を上った。




 初めて見た。

 こんなに大きくて綺麗な庭があってメイドさんがいる屋敷。

 その立派な屋敷に着くと、男の人は馬車の扉を開けて、またルルの事を待っていた。

 ルルは恐る恐る降りる。

 ふかふかな草地。裸足のルルの足はその気持ちよさでいっぱいだった。


「ようこそ、私はエスカノールといいます。よろしくお願いします、ルル」


 また優しく語りかけるような笑顔。


「エスカノール……様」


 この人がルルの主人。

 ルルは自然とエスカノール様の言う事は何でも聞くようになっていた。

 いつでも優しく語りかけるエスカノール様。新しく綺麗なメイド服をルルにも用意してくれた。

 すごく嬉しくて。


 ――でもやっぱりルルは嫌われ者だった。


「何をやっているの!? いい加減にして頂戴。何度言ったらわかるわけ!?」


 屋敷に仕えるメイドの一人、トニスさん。ルルに意地悪ばかり言う。

 でもルルは耐えた。エスカノール様に笑顔を向けてもらえるから。


 ある時ルルは聞いてしまった。


「あァ~エスカノール様ァ!! 気持ちいいわァん!! もっと、もっと」

「トニス、ここは、どうですか?」

「エスカノール様ァ……一緒に……ン」


 エスカノール様とトニスさん。

 ルルは耳を塞いだ。二人の関係は知らなかった。

 でも考えてみれば当たり前かもしれない。トニスさんはルルよりずっと前から屋敷にいて、エスカノール様の事を知っている。

 そういう関係になってもおかしくない。

 でも……聞きたくなかった。

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