31話「包まれる温もり」〈ルル編〉

 ――ガシャン!!


「どうしたんだ!?」


 花瓶の割れる音にエスカノール様が部屋に飛び入ってくる。

 ルルはトニスさんに花瓶を投げつけられていた。

 でも……。


「この子、ワタシに向かって花瓶を投げたのよ。エスカノール様。この子はクビにするべきよ」


 トニスさんはルルが嫌いみたい。

 ルルは花瓶なんか投げてない。むしろ、投げつけられてビショビショに濡れているのはルルのほう。

 でも……。


「大丈夫ですか? トニス」

「大丈夫じゃないわ。ほら、見て? 花瓶で手を切ってしまったわ」


 エスカノール様が入ってくる少し前に自分でやっていた。

 ルルは何もしてない。

 でも……。


「大変だ。貸して下さい」


 エスカノール様はトニスの切れた指を見ると、すぐに看病した。


「あらぁ……エスカノール様、お優しいのね。さすがエスカノール様ですわ」

「えぇ、私のメイドが怪我でもしたら仕事に差し支えますから」


 ニッコリと笑ってみせる。

 とても綺麗だった。

 太陽のような、曇りのない笑顔。


 ルルは濡れた服のまま、部屋を出て行こうとした。ルルは邪魔だから……。

 そしたらエスカノール様は、ルルに向かって呼び止めるように話しかけた。


「ルル、待って下さい。そのままでは風邪を引きますよ。新しいメイド服を用意します。後で部屋に届けるので待っていて下さいね」


 トニスさんだけじゃなく、ルルにもその笑顔を向けた。

 それを見たトニスさんは、血相をかいたように講義する。


「エスカノール様! この子はワタシに怪我をさせたのよ!? そんな子をなぜ心配するの? ましてや新しい服だなんて……」

「私にとってトニスは大切なメイドです。でも……」


 その言葉を聞いたトニスさんは、あからさまに笑顔を見せ、エスカノール様をキラキラした目付きで見ていた。

 そしてエスカノール様は続ける。


「でもルルも大切なメイドです。風邪を引いたら大変です」


 エスカノール様が喋る言葉に釣られるように、トニスさんの表情はみるみるうちに変わっていった。

 眉をしかめ、唇を噛み、悔しそうな表情を見せる。


「部屋で待ってるです」


 ルルは部屋を出た。

 そしたらまた二人のやり取りが聞こえてくる。


「エスカノール様、なぜあの子に優しくするんですか?」

「なんでだろう……放っておけないんです」

「でもあの子はワタシに花瓶を……!!」

「……本当ですか?」

「……」

「トニス!? 何を……!!」


 ルルは思わず扉の隙間から覗いてしまう。

 二人は抱き合っていた。


 ルルは咄嗟に扉を閉めると、逃げるように部屋に走った。

 見たくなかった。


 それからしばらくして、扉がノックされた。


「ルル、服置いておきますね」


 エスカノール様は新しいメイド服を部屋の入口に置くと、立ち去った。

 それを取りに行こうとベッドから重い腰をあげる。

 そして扉を開けると……そこにはトニスさんがいた。ルルは驚いて、咄嗟に扉を閉める。

 でもトニスさんは、ルルに何を言うわけでもなく、しばらくするとどこかへ行く足音が聞こえた。

 恐る恐る扉を開けてメイド服を取ると、急いで扉を閉める。

 そしてメイド服に着替えようと、着ている服を脱ぎ、新しい服を広げる。


「……ひどいです」


 その服は、ナイフで切られたようにボロボロで、所々穴だらけだった。

 でも仕方なくそれを着た。それしかなかったから。


 そして次の日、トニスさんに笑われた。

 エスカノール様は出かけていた。

 ルルはトニスさんの好きなように遊ばれ、反抗出来なかったルルは従った。


「あぁらぁ? まだここ、汚れてるけどぉ?」


 ボロボロに切り刻まれたメイド服を着て掃除を一人でやらされた。そのメイド服は、大事な所を辛うじて隠しているだけだった。ほとんど布が切られてなくなっている。


「んもう! どんくさいんだからぁ!」


 トニスさんはそう言って、雑巾がけしているルルの近くにあった、バケツ一杯の水をルルにかけた。


「……ひッ!?」


 あまりの冷たさと驚きに変な声が出る。

 トニスさんは嬉しそうに口を開いた。


「フフフ。そんなに濡れちゃって大変ね。あんたのその真っ平らな胸まで透けちゃって! かわいそ~」


 ケタケタと笑っている。

 ルルは、ただでさえ穴だらけの服なのに、更に全身がビショビショで、凍えるように震えながら小さく縮こまり色んな所を隠す。


 エスカノール様が帰ってきた音がする。

 こんな姿を見られたくない。その思いから逃げ出そうとした。すると、トニスさんはルルに足をかけ無様に転ぶ。

 そしてトニスさんは、あからさまに態度を変え"わざと"ルルを心配する。


「早く着替えないと風邪を引くわよ~?」


 そう言ってトニスさんは、ルルの服を脱がせて真っ裸にさせる。


「……っ!!」


 ルルは顔を真っ赤にして咄嗟にしゃがみこむ。

 するとトニスさんの声を聞き付けてエスカノール様がこっちに向かってくる。


「何をしてるんですか?」


 嫌だ、来ないで。見ないで。


「エスカノール様ぁ! この子がまたドジしてバケツをひっくり返したんです~。だから今着替えを――」


 トニスさんには目もくれず、エスカノール様はルルの所にスタスタと近寄ると、自分の羽織っていた黒いコートをルルに被せた。


「え、エスカノール……様?」

「何があったんですか?」

「えっ……だからこの子が――」


 エスカノール様はトニスさんの言葉を無視するようにルルを抱き上げる。


「大丈夫ですか? ルル」


 その手は優しかった。まるで、触ると壊れてしまうようなモノに触れる。そんなふうに優しく抱き上げる。


 エスカノール様と目が合った。

 ルルは咄嗟に目を逸らして頬を赤くする。エスカノール様は真剣な眼差しで、トニスさんを一目見ると、何も言わずルルをエスカノール様の部屋まで早足で運んだ。


 その間ルルは、エスカノール様の胸に身を委ねた。匂い、鼓動、温もりを感じながら。

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