23 三流ユーパイパー、元(はじめ)

「えぇ! マジでイルミネーター? あらららー、お目目が大きくて個性的すぎる美人さんじゃん! 次の動画のタイトルはこれでいこう! 『生きていたイルミネーター! わたしは富士の樹海でイルミネーターと遭遇した! そして、まさかの女性!?』どうよ? 美晴? 最高じゃん!」

「ちょっと長くない?」

 ユーパイパーであるという美晴の彼氏は、そうとうにチャラいムードをまとった男であった。

 あれから三度のワームホール移動をへた(らしい。寝てたからわからんが)のち、静岡県裾野市あたりの森林地帯にでたボクらは、スラリンガンが運転するメルセデス・ベンツの中で順ぐりに目ざめはじめた。むろん今回も、最後まで寝ていた寝ぼすけはボクだった。

 陸上自衛隊の演習場を横目に爆走するスラリンガン。彼はスマホの電波がつながりにくい(アンテナ一本ていどなら立つらしいが)青木ヶ原樹海の中にいるという美晴の彼氏を探索するために、数十機の小型(カブトムシくらいのサイズ!)ドローンをあらかじめ飛ばしておいて位置情報を把握していたので、彼氏を見つけるのは比較的たやすかった。

「でも美晴、本当に彼女、イルミネーターなの? シルエットは確かにワイドショーなんかで見た姿に似てるけど、新聞やテレビじゃ死んだって報道されてたし。オレ、ペテンみたいな動画はアップしたくないんだよねー。最近、再生数がへってるから、ここで炎上はカンベンなんだよ」

 美晴の彼氏の言葉をボクが訳すと、マサメは黙って近くに立つ直径三十センチほどの常緑針葉樹(たぶんモミの木)のガサガサとした肌をペチペチたたき、彼氏にふふんと笑ってみせた。そして全員をさがらせるなり左右のストレートパンチを連打し、とどめのうしろ回し蹴りを撃つ。笑顔をうかべるマサメの背後で常緑針葉樹は生木特有の臭気をはなちながら裂け、ドサリとコケだらけの大地へ倒れた。

「…………」

 声をうしなったようなチャラい兄ちゃん。その肩をポーンとたたくドヤ顔の美晴。なんでだか知らないが山村刑事までが得意げな表情をうかべていた。

「安心しな。誰にもあんたをペテン師よばわりさせないから」

 マサメの言葉をボクが訳すと、美晴の彼氏は真剣な表情をうかべ、おずおずと、しかし目を輝かせてマサメの右手を両手で握った。少しだけ顔をゆがめるマサメ。

「イルミネーター……本物なのですね!」

「おい、兄さん。仲間になるんなら彼女のことは、マサメさんと呼びな」

 山村刑事がいうと、美晴も同意する。

「そうよ、はじめ。私たちのユーパイプ作戦は、マサメさんが人間であるってことも主張しなければならないの。アップ主がイルミネーターなんて呼び方で特別視していたら絶対、いい動画にならないわ」

「わかったよ、美晴。で、マサメさん?」

「なんだい?」

「ほかに、もっとすごいことできます? やっぱ、インパクトがないと集客数は望めないんで。申しわけないんですけどオレ、最近、落ち目で……世間でイルミネーターと呼ばれるマサメさんとのコラボは最高なんです! でもそこにインパクトが欲しい!」

「そもそもなんで樹海にいたんだ?」

 山村刑事の問いに肩を落とす美晴の彼氏。

「意味なんてないっす。再生数を上げるアイディアがうかばなくて……その……死体でも見つからないかな……なんて」

「最悪ですね。死体なんてうつしたら運営がわに消されるにきまっているでしょう?」

 スラリンガンがいった。

「はい。でもモザイクをかければ……」

「モザイクだらけの動画なんか見たい人がいますか?」

「ですよね……」

 シオシオとちぢこまるユーパイパー。スラリンガンは美晴に目を向けた。

「ユーパイパーという職業は、この時代では子どもからの人気が高いと聞きました。真摯しんしに楽しい動画をアップしつづけるお兄さん、お姉さんなんだから当然だ。しかし彼はダメだ。ユーパイパーとして生きる覚悟がたりない。お嬢さん、美晴さん」

「なによ!」

 彼氏をバカにされているようで口をとがらせている美晴。

「早々に三流ユーパイパーと別れることをおすすめします」

「はぁ?」

「さ、三流だと! なんだお前は!」

「私は未来人です。あなた方の将来も知っている。どうせ別れるんです、ならば早い方がいい」

「ひどい!」

「なんなんだ、こいつ! 頭がおかしいのか?」

 激怒する美晴と彼氏。

「スラリンガン!」

 ボクは黙っていられなかった。

「なんですか? 三ノ輪さん」

「それ以上、美晴たちの未来についてなにもいうな」

「どうしてでしょう?」

「ふたりの将来は、ふたりだけの問題だろが! ボクは……うまくいえないけど……美晴にはしあわせになってほしいんだ」

「ずいぶんと身勝手ないい分ですね? ご自分がマンサメリケスといい雰囲気なんで、元カノにも適当な相手をあてがっておきたい。そういうことですか?」

 あざ笑うような笑みをうかべるスラリンガン。

「くっ──」

 あたらずといえども遠からず、なのだろうか? 自分でもよくわからない。しかしどうしたことだ。なぜスラリンガンはこんなにケンカごしなんだろう? キャラ変してるぞ。 

「サトル、どうした? なにを話している?」

 マサメがボクの肩をつかんだ。その手には、先ほど針葉樹にパンチをくらわせたせいか血がにじんでいた。だからハジメンに手を握られたとき、顔をしかめたのか。だけど!

「マサメ、あとで話す。ちょっと待っててくれ」

「……わかった」

「それにふたりの将来を語ることは、マンサメリケスが地球の未来に警鐘を鳴らそうとしている行為と変わりがないでしょう」

 追いうちをかけてくるスラリンガン。

「全然違うだろが! 美晴と彼氏……彼氏、あんた名前は?」

 ボクはユーパイパーに名前をたずねた。

内藤元ないとうはじめだよ。ウェブ上ではハジメンを名のっている。知ってるでしょ?」

 はじメン? そんなユーパイプチャンネル、聞いたことがない。やはり三流パイパーなんだろうか?

「はぁ……とにかく内藤さんと美晴の未来はふたりだけで決めればいい。だけどマサメのしようとしていることは人類全体で考えなきゃならないことなんだ! 根本的に──ん? 内藤?」

 内藤。なんだかよく聞く名字のような。

「悟の研究室の教授の息子さんなの。大学のパーティーに遊びにきていて、たまたま知りあったのよ」

 美晴がいった。実にあっけらかんと。

「な、なにぃ? 教授の息子さん!」

「はい。父が面倒をおかけしてまっす。美晴から聞いてますよ。海外の論文の翻訳、三ノ輪さんに頼りきりなんですってね」

 頭をかいている内藤元。そういえば教授の名前は内藤陽介。そしてマサメの本名はマンサメリケス・ナイトウ。どういうこと? 偶然だよね?

「そういうことなら内藤さん、あんたの父親もわれわれの家族と同様、米軍と日本政府に狙われていることになるな」

 山村刑事の言葉に首をひねる内藤。

「オヤジが狙われる? なんで?」

「そういえば……すいません、内藤さん。ボクのせいです」

 ボクが頭をさげると内藤は美晴に目をやる。

「あのさ、美晴」

「なに?」

「いまいち状況が飲みこめないんだよな」

「元、さっき説明したでしょ!」

「あのスラリンとかって野郎が未来人だとかアホなこといいだしたのはどういうことだ? なんで美晴は黙って受けいれてんだよ。そんなのあるわけないだろ!」 

「あのね!」

 美晴が叫ぶと、さげすむような目をしたスラリンガンがいった。

「やはり三流ユーパイパーは品格も三流のようだ」

「てめぇ、スラリン! 美晴の友だちだっていうから我慢してやってたけど、もう無理! あったまきた!」

「待て、待てよ!」

 スラリンガンにつかみかかろうとする内藤を素早く押さえつける山村刑事。今のスラリンガンは防護スーツをつけている。武器がどこからとびだすか、わかったものではないのだ。内藤は暴れるが、元オリンピック柔道選手にかなうわけがない。

「見たところスタッフもいないようだ。構成作家もカメラマンも雇えないんでしょ? ひとりで撮影や編集をこなしているんでしょ?」

 あざけるように言葉をつぐスラリンガン。

「だからなんだよ!」

「だからなによ! 元はひとりでも立派にやってるわ!」

「しかしレベルの高い動画が撮れるとは思えない」

「そんなことない!」

 同時に叫ぶ美晴と内藤。

「お嬢さん。私は彼の動画を見たことはないが、見なくてもわかる。ネタ枯れでやみくもに富士の樹海へ入り、死体でも見つかればおんの字なんてていどのお粗末な表現者になにができます? 私はね、三ノ輪さんのアイディアはおもしろいと思った。一流のディレクターがつけばいけるかもしれないと考えました。しかし彼には無理だ」

「なんでだよ!」

 ほえる内藤。

「一度キチンと説明したはずなのに理解できていない。頭が悪いとはいいません。むしろいい方なのかもしれません。打算にたけているという意味でね。要はみなさんの話を真剣に聞いていなかったんですよ。マンサメリケスが、イルミネーターさえいれば再生数も収入も獲得できる。彼の頭の中にはそれしかなかった。内藤さん、違いますか?」

「……それは」

 視線を地面より深い、地の底にまで落としているような表情の内藤。図星らしい。

「元……」

「そんないいかげんな男にたくすんですか? 私は反対だ! やり直しはきかない、一発勝負なんですよ! 未来からきたイルミネーターが語る百年後の人類の惨劇。さらには日本政府と米軍に命をねらわれる一般人とその家族。誰が三流ユーパイパーのそんな動画を信用します? ノストラダムスなみの大予言と、陰謀論に対する嘲笑の嵐。それ以上の広がりは期待できないと思いますが?」

「ううむ……」

 苦し気にうめく山村刑事。 

「…………」

 スラリンガンのいったことは的確だ。美晴には悪いけれど。

「冗談じゃない! ふざけんな、スラリン!」

 下を向いていた内藤がスラリンガンにガンを飛ばした。

「スラリンガンです」

 笑みをうかべるスラリンガン。

「どっちでもいいよ! 三流ユーパイパーをなめるな!」

「ほう、認めますか」

「認めるよ! 登録者数たったの六千人、広告収入だってスズメの涙だよ! でもな、三流ユーパイパーにだって意地くらいあるんだ! 美晴!」

「はい!」

「次の動画、おまえに捧げる! 世界中をひっくり返してやるからよ!」

「元!」

 内藤に抱きついた美晴は、心から嬉しそうに泣き笑いしていた。

 ははあ……まあ、おもしろい茶番だった。大した手練手管てれんてくだだよスラリンガン。

「内藤さん、ではやってみせてください。やれるものならね」

「おうよ! 黙って見てろ、スラリン!」

「……スラリンガンです」


 あらためてイルミネーター事件と、それにまつわる概要をハジメン(そう呼んでくれと内藤がいった。彼にとっては勝負ネームなのだそうだ)に説明している美晴と山村刑事。ボクは彼らから少し距離をおいたところで、無事ネット配信ができそうだとマサメに話し、すでに凝固している血のついた彼女の手の甲を見つめた。

「マサメ、手は痛くないか? 足は? 骨は折れてないか?」

 ボクはマサメのこぶしがくだけていないかが心配であった。

「平気だよ。問題ない」

 マサメは両手をかくすようにして、お尻のあたりで組みあわせた。

「手を見せろ、マサメ」

 ボクは背後にまわされた彼女の腕に手をかけた。

「いやがる女の尻をまさぐる気か? 変態か? サトル」

「おまえなぁ!」

「さっきあんたが寝てる間に、スラリンガンがカルシウム増強剤とプロテインを飲ませてくれたんだ」

「そうなのか」

 少し離れた立ち位置で風にふかれながら、美晴とハジメン、山村刑事、ボクとマサメのやりとりを楽しそうにながめているスラリンガン。あいつ、心くばりは天下一品だな。ボクは頭がさがる思いがした。

「サトル、心配するな。私は無敵のイルミネーター。ネット配信で未来の惨状を世界中にうったえるまではイルミネーターだ。父や母、仲間を絶対に救いたいんだ!」

「──わかった」

「それがすんだらサトル、いくら心配してくれてもかまわないからな。むしろ心配しろ!」

「は?」

 マサメはボクに背をむけて美晴らの方へと大またで歩きだした。気のせいだろうか? うしろまわし蹴りをはなった右足をこころもち引きずりかげんで歩いているような……本当は痛むのだろう。

 ワームホールを抜けるとき、あまりの苦痛の連続に、死にたいと願ったことをボクは恥じた。

「くそ!」

 両頬にバシッと気あいを入れたボクは、マサメのあとを追うようにして美晴の彼氏、ユーパイパーハジメンのもとへと走った。もちろんユーパイプ作戦の内容をより濃密なものに仕上げるためだ。今のボクには死んでるひまなんてないのである! 一分一秒がおしい、走れ、走れ、走れ!


                       (つづく)

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