13 スラリンガン
なけなしの金が入ったサイフや自室の鍵を奪われたボクとマサメが装甲車両の広くない後部ユニットに押しこまれると、あとから美晴と山村刑事も転がされるようにして詰めこまれた。さらには雪山用のサングラスをかけたふたりの米兵が銃をかざしながら入ってくる。
密だろ、密! コロナ禍を忘れたか!などといえる状況ではもちろんない。まだ、エグエグと泣きやまない美晴、ブスっとして黙りこくるマサメに山村刑事。イルミネーターを前にして緊張しているのか表情をかたくしてゆるめない、ゆるゆるの一般人ファッションに身をつつんだ米兵ふたり。とてもなにかをいいだせる雰囲気ではなかった。いうにしたって、どこの国の言葉で話せばいいんだ?
そのうちにエンジンがかかり、車が動きはじめた。どこへ向かうつもりなのだろうか? 一番近い駐屯地だと三沢の米軍基地か? 確か空軍の基地だったような……。まさか、そこからマサメはアメリカ本国へ直行? そうなったらボクもだが、国家機密にふれてしまった美晴や山村刑事はどうなるんだ? まあ、目標は確保したことだし、口を封じられるんだろうな……ああ……こんな非常時なのに……雪山くだりと張りつめつづけた緊張感で疲れきり、冷えきった体をあたためてくれるカーエアコンの温風……そしておそらくは幹線道路をいく車の心地よいゆれが、ボクを睡魔へと……って、マサメはスゥスゥと寝息をもらしながら完全に眠っていた。ボクの肩へ頭をもたれさせながら。ずぶとい女だな、とも思ったが、もしかしたら危機的状況の未来世界で教育を受けていたのかもしれない。休めるときには休め、いざというとき力をだしきるために、と。
「サトルが余裕をなくしたら、私ら自滅だよ。この時代じゃさ、サトルは頭、私は体を使うしかないんだからな」
マサメの言葉がグルグルまわる。考えるんだ。なにが最善で、なにが最悪か。ボクはもう、こうなったからには仕方がないけれど、美晴や山村刑事を救う交渉条件はないのか? 寝てる場合ではない。考えろ!
「イルミネーターって、やっぱり人間じゃないのね……」
半べその美晴がつぶやいた。こんな状況で爆睡できるなんて絶対、変! 元気なときの美晴であればそういって笑ったのだろうけれど。今はマサメの無神経さ(違うと思うが)に腹をたてているように見えた。美晴のゆがんだ顔には、こいつのせいで私がひどい目にあっているのに! そう書いてあった。
「疲れたら眠るのが人間だろ?」
ボクがぼそりというと、美晴は逆上したように立ちあがりかけた──が、ビクンと硬直して、ストンと腰をおとした。
「ユー、
誰にでも理解できる簡単な英語でいいながら、米兵のひとりが美晴へ銃をむけたからだ。
「ところで伍長」
美晴を
「なんだ?」
顔をあげた伍長が、いきなり昏倒した。もうひとりの米兵の胸もとからガス銃のようなものが発射され、額を撃ちぬいたのだ。
死んだ! あわあわとあわてふためく山村刑事、そして美晴。これまで、それなりの処遇をうけてきたボクは案外、冷静でいられた。
──それにしても この兵器は!?
「また、お会いしましたね。三ノ輪さん」
もうひとりの米兵は日本語で話し、サングラスを取った。案の定、あの男であった。自称ミノウタス人、刑務所でマサメの拘束を解き、全身から四方八方に飛びだす最新の殺人兵器で、ボクらを傭兵軍からいちおう救ってくれた、二重スパイ疑惑のある、あの若い男であった。
「あんたは……」
あのときはミノウタス語とアラビア語を使っていたが、今は日本語で話している。語学に関してはボク同様、いやスパイなんてものをやれるくらいなのだから、ボク以上にたんのうなのかもしれない。
「しつこいな……またぶっ飛ばされにきたのか!」
ボクの肩から顔をおこしたマサメがミノウタス語でいって、男をにらみつける。
「マンサメリケス、おかげさまで鼻が少し曲がりましたよ」
「かえっていい男になったんじゃないか?」
鼻で笑うマサメ。
「身動きひとつとれないくせに強気ですね。まあらしいといえば、らしいが」
「らしい? なんの話だ」
突然ミノウタスの言葉での会話がはじまり、山村刑事が以前にも聞いたことのあるようなセリフをいった。
「なにを話してるんだ! 日本語でたのむ、日本語で」
いきなり目の前で殺人行為がおこなわれたのだから、警察官としては状況を把握したいのかもしれないが、はっきりいってウザイと思うボク。
「あの、悟?」
おそるおそるといったふうに、ショックをうけていた美晴がボクを見る。その目には希望の光がさしかけているように見えた。救助にきてくれたんだ! そう考えたのだろう。
「その人、お知りあい?」
「そうだ、三ノ輪さん。知りあいか?」
山村刑事もたたみかけてくる。
「違うよ」
ボクはあっさりとふたりの期待をへし折った。
「…………」
「違うんだ……」
明らかに落胆し、意気消沈する美晴。
「なにを話してる、サトル、ミノウタス語でしゃべれ!」
こっちはこっちでプンスカしている。本当に面倒くさい。
「あまり大声をださない方がいいですよ。運転手と助手席のマクガファン大佐に気づかれる」
若い男の言葉に、ボクとマサメは舌打ちしつつもうなずく。なにしろ米兵のひとりが死んでいるのだ。ボクは美晴と山村刑事にも、しばらく黙るように伝えた。命がおしければとつけくわえて。ふたりはうんうんとうなずきながら肩を落としていた。
「あんた、名前は?」
ボクの問い(むろん、マサメにもわかるようにミノウタス語でたずねた)に男がこたえた。
「サトル」
「はぁ?」
「
聞くんじゃなかった、ますますややこしい。
「ならラストネームは?」
「ああ──スラリンガンとでもしておきましょう」
「スラ・リンガン?」眉根をよせるマサメ。「反重力ブーツや耐圧防護スーツを開発した『スラ・リンガン社』となにか関係あるのか?」
「『スラ・リンガン社』とは? なんの話です、マンサメリケス」
「なら、いい」
プイと顔をそむけるマサメ。それはそうだろう、「スラ・リンガン社」とやらが始動するのは今からニ十年も先の未来の話なのだ。
「スラリンガン、おまえの目的はマサメなんだろ?」
ボクがいうとスラリンガンは大きくうなずいた。
「はい」
「前は傭兵軍、今は米兵。どうやってまぎれこんだ? ずいぶんと優秀なスパイなんだな。マサメをどこの国へ連れていく気だ?」
「前にもいったでしょ? 彼女の故郷、ミノウタス公国です。もちろん生物兵器としてはあつかいません。信用してください」
「できるか!」
「できない!」
ボクとマサメは同時に叫んでいた。殺人を顔色ひとつ変えずにおこなえる男を信用できるわけがない。
「見事なハーモニーですが声が大きい。では、こうしましょう。一時休戦といきませんか? 私はあなた方を解放し、この警察車両、正確には並走している警備車両の一台を奪いとります。マンサメリケス、手をかしてください。共同作業といきましょう」
「信用できないといった」
マサメが小さくいう。
「私はあなた方を拘束した駐屯アメリカ兵を殺害した。が、しかし、このまま三沢基地へ到着しても、私に嫌疑がかかることはまずないでしょう。私も気絶したふりをしていればいいのだから。あなた方の誰かがなんらかの武器を使用して伍長を死にいたらしめたようだ、先に意識をなくしたので犯人の特定はできない。そう証言します。そうなるとマンサメリケス、三ノ輪さん以外のどうでもいいおふたりは拷問され、マクガファン大佐をはじめとする米兵になぶり殺しにされるかもしれません。仮にそうなったとしても事実は隠ぺいされるでしょうね。なにしろこれは治外法権がからむ国家間の問題なのですから。いいんですか? それで」
「…………」
さえわたるスラリンガンの弁舌。ボクとマサメに反論の余地は、まるでなかった。
「一時休戦だ……いいか? マサメ」
ボクの言葉にマサメはしぶしぶうなずいてくれた。
「ただし、車を奪うまでだからな!」
(つづく)
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