14 逃走計画

「いいでしょう。では、おふたりの拘束を解きますね」

 スラリンガンはわき腹あたりをさぐると、コードのようなものをたぐりだして鍵穴へさしこんだ。するとボクとマサメの手錠と足かせは、あっけないほど簡単にはずれた。ピッキングツールのようなものなのかもしれないが、たいした技術である。マサメは腕に食いこんだ手錠のあとをなでながら、スラリンガンにいった。

「で? どうする?」

「そうですね、まずは死んだ伍長の服をはいで着てみてはいかがです? 寒いでしょ?」

「ああ、そうだな。それがいい」

 ボクがいうと、マサメはにがい表情をうかべる。

「死者を冒とくする行為だ」

「そうかもしれないけど、緊急事態だ。マサメ、ありがたくおかりしろ」

「マンサメリケス、そんなペラペラな入院着じゃ、寒さで十分に動けませんよ」

 スラリンガンもフォローする。

「……わかった」

 ボクらの言葉に渋々うなずいたマサメは伍長の遺体を引きおこすと、ラフなコートとシャツ、上半身から服を脱がせはじめる。ボクは下半身を担当した。

「おい、なにをしているんだ! こっちの手錠もはずせ! 人殺し!」

 しびれをきらしたように山村刑事がどなった。

「わたしもぉおお!」

 大昔のカンフー映画のキャラのような怪鳥音を発する美晴。

「美晴、静かに!」

 あせるボク。

「サトル、私の着がえを見るなよ」

 ボクをにらむマサメ。はぁ? こんなときにまだいうか。しかも、なんでボクだけ?

「はいはい」

 マサメに背を向けたボクは、山村刑事と美晴に警察車両を強奪して逃走する計画であると説明した。

「できるの? そんなこと。相手は軍人でしょ? 無理よ!」

 ふたたび涙目になる美晴。

「三ノ輪さんは殺人を容認するのか? 私は警察官だ、犯罪行為に手はかせない」

 至極まっとうな(TPОをわきまえない)発言をする山村刑事。

「でしたらいいです。三ノ輪さん、おふたりはこのまま雪道に放置していきましょう」

 笑顔のスラリンガンが日本語でいった。

「だけど……」

 目をむいて歯をくいしばり、首を横へ振るふたり。

「仕方ないでしょ? 計画に賛同できない以上。人数が少ない方が逃亡は楽ですし」 

 スラリンガンは横目で、手錠をかけられたままのふたりをチラ見した。ボクは美晴と山村刑事に向きなおった。

「……ボクもこの男、スラリンガンは信用していない。平気で人を殺せる男だ」

「おやおや三ノ輪さん。私がいなければ刑務所から五体満足の体で逃げられなかったのでは?」

 笑うスラリンガン。

「その通りだ。だから刑事さん、美晴も聞いてくれ。なんでこんなことになったのかわからないけど、今、ボクらはやらなければやられる。そんな世界にいるんだよ。もうわかるでしょ? 死にたくなければ黙って従うんだ」

「…………」

 黙りこんで下を向く美晴。

「マサメとボクはスラリンガンとの一時休戦を受けいれた。とにかくこのままじゃ、ジリ貧だ。ボクらが殺されたって政府がもみ消す。なにもなかったことにされるんだ」

「く……」

 奥歯をきしませる山村刑事。

「どうだ、サトル。似あうか?」

 あかるい声がした。着がえをおえたマサメであった。大男の米兵伍長が着ていたストリート系ファッションは、長身のマサメと妙にマッチしていた。そんな場合ではないのだが、ボクは思わず笑ってしまう。ひいき目もあるのだろうけれど、最高にカッコよかった。

「いいよ、マサメ」

 ボクがいうと、スラリンガンも親指を立てて口角をあげた。

「悪くない、マンサメリケス」

「そうか? そうかな?」

 伍長の服を奪うことに懐疑的であったくせに、まんざらでもないようなマサメ。ただ、脳天気に話しながらも、彼の赤い血がついていることだけには贖罪しょくざいの念をいだいているようであった。

 ボクとマサメ、スラリンガンの三人がミノウタス語でしている姿を見て、美晴と山村刑事はさぞやちぢみあがったことだろう。雪道においていかれると、本気で思ったに違いない。

「待て、待ってくれ。私はなにをすればいい?」

 山村刑事であった。

「刑事さん?」

「三ノ輪さん、私はここでむざむざ死ぬわけにいかない。家族が、妻や子が……いるんだ」

「死にたくない! 司法取引のおかげでお父さんのスーパー、持ちなおしたばかりなの。わたし、お父さんを助けたかっただけなの。裏切ってごめんなさい悟、だけど助けて!」

 マサメが日本語を理解できないのがさいわいであった。要するにボクとマサメを内閣機密調査室の相楽にいわれるがまま政府へ売りわたしたことで、美晴のおやじの会社が救済措置をうけ、倒産をまぬがれた。そういうことなのだろう。まあ、それはそれでめでたいが。

「だよな? 死にたくないよな? まだ若いんだから」

 必死の山村刑事。

「はい。今の彼氏ともうまくいってるし……死にたくない!」

 それもそれで、めでたい。と、チクリと胸を刺されつつ思う、元彼のボク。

「──では、計画をお聞きください。三ノ輪さん、マンサメリケスには同時通訳をお願いします」

 スラリンガンが、ふたりの手錠をはずしながら真顔でいった。うなずくボク。息をのむ美晴、そして山村刑事。

「なに簡単です」

 一同を見わたすスラリンガン。

「まず私がこの車の運転手とマクガファン大佐、ふたりを射殺します。車は方向性をうしない迷走するか、停車するかでしょう。その間にマンサメリケスは後部ドアを蹴やぶってください。できますね?」

「もちろんだ」

 自信たっぷりにうなずくマサメ。

「ふたりとも殺すのか!」

 声を殺しつつ、顔をゆがめる山村刑事。

「はい、殺します。計画から外れたいのなら、止めはしません」

「……それで?」

「周囲には数十台の警備車両が並走しています。むろん不審に思い、米兵や自衛官が大挙して押しよせてきます。でも大丈夫、私とマンサメリケスがになります」

「おとり!? マサメが撃たれたらどうする!」

 これはボク。彼女を守るためにこんなことになっているのに、銃撃なんてされたら意味がないだろが!

「サトル、心配するな。外は大雪で視界も悪い、そうそう撃たれやしないよ」

 不敵な笑みをうかべるマサメ。

「そうなんだろうけど! 撃たれたらどうすんだ!」

「大丈夫。マンサメリケス、派手なジャンプをくり返して敵の目を上部へと引きつけてください。私が、あなたを狙う日米の兵士を一網打尽にしてみせますから」

「頼むよ」

「……また殺すのか」

 山村刑事が苦し気にうめく。

「殺しますよ。あなたも殺すんです」

 スラリンガンは、自身のハンドガンを山村刑事へ差しだした。

「え?」

「銃を取りなさい。そして三ノ輪さんとこちらのお嬢さんを守りつつ、どの車でもいい、乗りこんで運転席を制圧してください」

「そんな……」

「あなたは警察官なんでしょ? 私の私見でいえば三ノ輪さんとお嬢さんは何ひとつ悪いことをしていない。むしろ善良な市民です。しかしこのままでは、いずれ問答無用で命を奪われる。いいんですか? 日本国民であるふたりを守るのは、あなたの職務ではないのですか? それとも? この状況で、警察は事件が起きてからでないと動けない、そんなお題目をとなえますか?」

「うるさい!……もはや一蓮托生いちれんたくしょうか」

 山村刑事はハンドガンを手にした。

「よろしい。相手は本気で殺しにきますよ。あなたも本気でふたりを守ってください」

「了解した!」

 山村刑事は覚悟を決めたようだ。

「それから三ノ輪さん、あなたもだ」

 オーバーの裾からだした別の銃をボクに突きだすスラリンガン。

「ボ、ボク? 銃なんてさわったこともないし!」

「敵は高々とジャンプした彼女の着地の瞬間を狙いうちしてくるでしょう。私だけではフォローしきれない可能性もある。三ノ輪さん、そのときは、あなたがマンサメリケスを守るんだ。命にかえてもね」

「……わかった」

 ボクはわたされた銃と詰めこまれた弾丸の重さに驚いた。でも、こんな片手サイズのもので人が死ぬなんて信じられない。そう思った。

「サトル、なんでそんなものをもってるんだ?」

 同時通訳がおいつかず、ボクが銃を手にした理由がわからないマサメが聞いてきた。

「いや……」

「あんたはそんなものを持つべき男じゃない。だいたい日本じゃ違法なはずだ」

「そうだね。だけど、護身用だよ。敵がきたらおどかすことぐらいできるからさ」

「なるほど。ならいいか」

「うん……」

 ボクがマサメを守る。いつも守られてばかりじゃいられないんだ!

「あの……わたしは?」

 手錠をはずされた美晴が小さく手をあげた。

「お嬢さんはこれを」

 スラリンガンは小型のボタンスイッチのようなものを美晴に手わたした。

「これは?」

「刑事さんが、奪った車の運転席に着いたらそのボタンを押してください。いわゆる信号弾です。私とマンサメリケスは、その合図があるまで戦いつづけることになる。お嬢さんの責任は重大ですよ」

「……がんばります!」

 ギュッとスイッチボックスを胸に抱く美晴。

「マンサメリケス」

「あ?」

「信号弾があがったら、なにをおいても合図のあった車に飛びのってください。グズグズしていたら全滅ですよ」

「誰にいっている? あんたこそ遅れたらおいていくぞ」

「はは……はい。ではみなさん、先ほど刑事さんがいったように、我々五人は一蓮托生。誰ひとり欠けても計画は成功とはいえません。覚悟はいいですね? !」

 スラリンガンの言葉に四人がうなずいた。不思議な連帯感がうまれたようである。彼が運転席の背後に立つと、マサメは屈伸しつつ後部ドアへ近づき、右足で一度、素振りをした。山村刑事とボク、美晴は腰を落として装甲車からの脱出に備える。

「では日本語で。用意──ドン!」

                      (つづく)

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