15 白色バトルフィールド

 スラリンガンのオーバーの中からマシンガンが飛びだし、背後から運転席と助手席を目くら撃ちにした。間髪入れずマサメが後部ハッチに蹴りを食らわせる! が、へこんだだけでドアは開かない。

「マサメ! どうした!」

 思わず叫ぶボク。

「サトル、うっせぇ!」

 車両はなにかにぶつかったようで停車し、その振動で全員が立っていられないほどゆさぶられる。マサメは「キィィー!」と叫びながら、ななめにかたむいた車のドアを蹴やぶった!

「いけ、マンサメリケス!」

 スラリンガンの声が飛ぶ! 

「おうよ!」

 マサメが飛びだし、つづいて山村刑事、美晴、ボクが転がるように雪道へとでた。マサメはすでに宙空高くジャンプし、県道周囲にならびたつ木の枝をわたりはじめていた。とたんに耳をつんざく銃声。あまりに多すぎて米兵や自衛官のものなのか、スラリンガンの発砲音なのかわからなかった。とにかく、おそらくは報道管制と道路封鎖がなされた豪雪の白色バトルフィールド内で、戦闘が開始されたのだ! 跳ぶマサメ。腕や足、オーバーやパンツをズタズタにはじけさせつつ全身から矢つぎ早に銃弾をはなつスラリンガン。白い雪に描かれる蜘蛛の巣のような米兵や自衛官の赤い血。スラリンガンの作戦は適格だったようで、宙を舞うマサメに目を奪われた敵兵(あえて敵兵というけど)たちはバタバタとスラリンガンの銃弾に倒れていった。

 そんな中、ときおり発砲しつつ雪をかくようにして進む山村刑事のあとをいくボクは、枝をわたるマサメが地上に着地する瞬間をねらわれていることを肌で感じはじめていた。あの米兵も、あの自衛官もマサメを殺そうとしている! 絶対にやらせない、あいつら殺してやる! ボクは銃の引き鉄に力をこめる。

「三ノ輪さん、イルミネーターを助けたい気持ちはわかる。だが誰も殺すなよ!」

 雪の中をほふく前進する山村刑事が叫んだ。

「はぁ?」

「このガキ! おまえ、人を殺して平気でいられるのか? どんな理由をつけようと殺人は殺人だ! うわっ!」

 日本の自衛官と山村刑事がはちあわせして、対峙していた。互いに互いが一瞬、躊躇ちゅうちょしたようだった。が、コンマ数秒、山村刑事の方が早かった。自衛官は腕を撃たれて雪へ頭から突っこんだ。

「刑事さん!」

「運がよかった。アメリカ兵なら殺されていた。あれだ! あの車を奪うぞ!」

 山村刑事はボクと美晴を見すえて、警察車両ではない、普通自動車を指さした。

「おまえ、三ノ輪さん……」

「ガキでいいですよ」

「おまえのいった通りだ。やらなければやられる。が、おまえは誰も殺すな。威嚇に徹しろ」

「でも、マサメが殺されるかも!」

「俺が撃つ!」

 山村刑事の一人称が私から俺に変わった。

「……はい」

 としかこたえられなかった。やはりプロはカッコいいと尊敬の念をおぼえた。

「あと三メートル! 一気に走るぞ!」

 仲間が撃たれたせいで熱くなったのか、日本人自衛官が上空のマサメを気にしつつも、ボクらに目をつけはじめた。ときおり銃弾が飛んできて雪や付近の樹木をえぐり、ボクや美晴はパニックにおちいりかけていた。

「ひゃあ!」

 思わず(だろうが)ボクへ抱きつく美晴。

「刑事さん!」

 雪をけちらし叫ぶボク! それまで存在を消しさっていたライフルのような狙撃銃でマサメをねらう男女米兵が、ものかげから多数おどりでてきたのだ。アメリカの作戦が生死を問わずイルミネーターの身柄をを確保せよ、という方向へと移行したのだろう。

「わかってる! けど無理だ!」

 山村刑事は襲ってくる自衛隊員に発砲しつつ抵抗し、ボクらを守りながら前進することで精一杯である。

「ぎゃあーっ!」

 数人の自衛官の手によってボクから美晴が引きはがされ、雪道へとうしろ手で押しつけられた。

「三ノ輪、もういい撃てーっ!」

 山村刑事が叫んだ。

「──はい!」

 話、違くない?と思いつつ雪原につっぷして重い引き鉄をしぼり、めくらめっぽうに撃ちまくるボク。あたればおなぐさみである、あたってほしくないけど! ついでにボクはマサメをねらう狙撃手たちのいるあたりにも残弾がゼロになるまで撃ちつづけた! そんなとき、ボクの頭がポカリとたたかれた。見あげると、それは苦々しい表情をうかべたマサメであった。

「マサメ!」

「サトル、銃なんか撃ってんじゃねーよ」

「おまえこそ、地上はマジ、ヤバいって!」

「はいはい!」

 マサメは旋風のような蹴りと左ジャブ、右ストレートで、銃をかまえ周囲を取りかこんでいた多数の自衛官を駆逐した。

「マサメさん、うしろ!」

 美晴の声に呼応するように、マサメはふたりまとめて最後の自衛官たちをまわし蹴りで切っておとした。

「じゃ、いく。ありがとなミハル、あんたの合図、待ってるから!」

「はい!」

 ついついといった感じなのだろうが、美晴は信号弾のボタンスイッチを胸に抱いてマサメの言葉に素直にうなずく。肩で息をしながらマサメは、四方八方から飛びかう銃弾をすり抜けるようにしてジャンプすると、ふたたび自身の役割、おとりとなるために宙を跳んだ。

「カッコいい……」

 ストリート系ファッションに身をつつんで空をいくマサメに、見とれたようにつぶやく美晴。

「刑事さん、車を早く!」

 スラリンガンの声が飛ぶ。マサメもスラリンガンもおそらくは、体力が限界に近づいているに違いない。もう敵は多くないが、それでもまだ数十人の兵士が彼ら、ボクらを殺しにかかっているのだ。

「グズグズするな! いくぞ!」

 山村刑事の喝にボクと美晴はオーッと雄叫びをあげた。ボクらの思いはひとつ、こんなところでくたばってたまるか! アイコンタクトだけで山村刑事と意志の疎通をはかったボクが一歩前に転がりでて目的の車へ取りついた。狙われるのは必至だが、ここは当然、ムダだまを撃っていなかった山村刑事が敵を排除してくれた。助手席のドアを開いたボクの肩を乗りこえ、運転席についた山村刑事がスターターボタンを力強くタッチした。ボクは助手席に美晴のお尻を押しこみ、後部座席へ乗りこんで叫んだ。

「美晴! 撃てーぇ!」

 美晴は即座に胸にだいたボタンスイッチを押す。するとルーフをつき破り、信号弾がまばゆい光を放ちながら上空へと発射された。少しばかり美晴の胸元がやけどをおったようであったが、当人はガッツポーズを取っていたから問題ないのだろう。

「マンサメリケス!」

 遠くにスラリンガンの声。

「おうよ!」

 こたえるマサメ。

「だすぞ!」

 雪道で数回、スタッドレスタイヤを空転させつつも車を急発進させる山村刑事。

 ドドン! 信号弾で穴のあいたルーフにマサメが、ボンネットへスラリンガンが飛び乗った。ふたり分の体重がかかり、一瞬、ハンドルを積雪に取られそうになった山村刑事であったが、見事にたて直して時速百四十キロをこえるスピードで米国と日本政府、マサメの敵が設定したバトルフィールドからの脱出を果たしたのである。

 ボンネットから、ルーフから、アクションスタントマンなみの身体能力で、一切スピードをゆるめることなく走行する国産車両の左右後部座席へすべりこんだマサメとスラリンガン(ボクはふたりにはさまれて肩をすくめるしかなかった)に歓声をあげる美晴。

「よかった! みんな無事で」

 とにもかくにも五人がひとりも欠けることなく生還できた。まさに奇跡である。だが問題は解決していない、どなる山村刑事。

「で? どうするね?」

「車を乗りかえましょう。この車はGPSで追尾されるだろうから」

 スラリンガンが日本語でいった。

「盗むのか? また犯罪かよ」

「命あっての物種でしょ?」

「ああ、ああ! 死んで花実は咲かないからな!」

 やけっぱちのような山村刑事と笑顔のスラリンガン。ボクはマサメのためにふたりの会話を通訳した。するとマサメが、スラリンガンにミノウタス語でかみついた。

「あんたとの共闘はここまでだ。車を奪うまでという約束だったな?」

 いちいち双方の言葉を翻訳し情報を共有するべくつとめるボク。雑用係には似合いの役目なのかもしれない。

「マンサメリケス、お腹はすきませんか?」

 薄笑いをうかべるスラリンガン。

「あ? ああ、腹ペコだが、それがなんだ?」

「あなたの強靭な筋力、骨密度を維持するためには莫大なカロリー、エネルギーが消費される。腹ペコは当然です」

「だからなんだ?」

「しかし、この中で他者との連絡手段と日本円をもっているのは私だけ。ですよね?」

 ボクが和訳すると山村刑事、美晴がうなずく。当然ながらふたりともボクと同じく、携帯電話とサイフを奪われていたのだ。

「マンサメリケス、腹がへっては、いくさは──」

「はいはい! できない、できない!」

「まずは、ご飯を食べませんか? あとのことはそれから考えましょう」

 赤くなり口をとがらせながら、マサメはコクンとうなずいた。

「さすがのイルミネーターも空腹には勝てないか!」

 はじめて笑顔を見せる山村刑事。

「マサメさん、かわいい……」

 胸がキュンキュンしているらしい美晴。

「うるせぇ!」

 叫ぶマサメに、車内はしばし、あたたかな爆笑のうずにつつまれた。

                          (つづく)

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