21 ミノウタスの古いことわざ
山村刑事とボクは昏倒しているスラリンガンの身ぐるみをはぎ、全身にかくし持つ未来のガジェットや銃器を奪うことにした。驚いたことにスラリンガンは、はじめて現れたときマサメが着ていた防護スーツのグレードアップ版のようなものを衣服の下に着用していた。これにさまざまな武器や道具が
「足、長! 本当に未来の人なのね……」
あらためて感心したように美晴がつぶやく。下着を残してほぼ全裸にされたスラリンガンは、マサメ同様にスリムで手足がだいぶ長めだった。やはり彼のいた未来にもブラックホールは襲来したのだろう。その災厄をなんらかの方法で回避はしたものの、時間と空間のゆがみは発生し、マサメほどではないにしてもじゃっかんの進化をとげたのかもしれない。
ふたたびスラリンガンに一般の衣服を着せたボクらは、彼の
「やれやれ、みなさん趣味が悪いですね」
目をさましたスラリンガンの第一声がこれであった。のどぶえを強くしめつけられていたせいか、いくぶんハスキーボイスになっている。
「あんたの武器はすべて奪った。黙ってタイムマシンへ案内してくれ」
殊勝な態度でこうべを垂れる山村刑事。それにつづく美晴、ボク、そしてマサメ。
「こまりましたね。私はタイムマシンなど持っていませんから」
「なんだと?」
「スラリンガンさん、もう嘘はやめて!」
いっきに色めきたつ山村刑事と美晴。
「まあ、落ちついてください。私が使用しているのはマンサメリケスが二〇二二年にきた理由と同じくワームホールです。違いはひとつだけ。われわれはあるていど、ワームホールを制御する技術を有している、ということだけです」
「タイムマシンでもワームホールでも、理屈なんかどうでもいい! とっとと動け!」
「そうよ。家族が心配なの!」
「しかしねぇ、これ以上の機密
「ぶ、武器もないくせに強気だな?」
「私ではありません、われわれです。それこそワームホールを使用すれば、あなた方がどこに逃げようと一瞬で追いつき、誰にも知られずに抹殺できます」
「そんな……マンガみたいなことがあるか!」
「刑事さん。スラリンガンはそんなマンガみたいなことができるんです。だから傭兵軍にも駐屯米軍にもまぎれこむことができたんだ」
ボクがいうと、スラリンガンが拍手した。
「その通りです。さすがは三ノ輪さん、理解が早い」
「しかしスラリンガン」
「なんでしょう?」
「刑事さんも美晴もボクも、あんたらの技術について決して口外しない! 墓場までもっていく! そうですよね? 刑事さん、美晴も!」
「しない! 絶対しない!」
「誰にも話しません! 誓います!」
「だから助けてくれ、スラリンガン。ボクらの家族と……マサメをどうか……全部、おわったらマサメを連れていってください。マサメを廃人になんかさせないでください……どうか……」
別に土下座なんて、さっきだってしなかったし、するつもりもないんだよ。だけど、初めてあったときボクを引っぱたいたあのパンチ力。ボクをにらみつけた、あの目力。ボクを軽々と持ちあげて爆走したあの脚力。そのすべてがうしなわれるうえに歩くことすらままならなくなるなんて……ボクは……ボクは……。
涙で前が見えなくなり、とても立っていられなかっただけなんだ。いつの間にかボクは枯れ葉に手をついて
「廃人って、どういうこと? なんで?」
美晴が涙を落とすボクの耳もとで叫んだ。ちょっとうるさ──。
「なんでマサメさんが廃人になるんだ!」
山村刑事まで。本当に面倒くさい! しゃべる気になれないボクにかわってスラリンガンが説明してくれた。するとふたりは、黙ってボクの左右にひざをついて、ふたたびスラリンガンの前にひれふし、マサメの助命嘆願にくわわってくれた。
「サトル、なんだ? どうした!」
わけのわからないマサメが、うずくまるボクの肩を抱きしめる。強く、そしてやわらかく、ボクの
「サトル、スラリンガンが、またなにかしたのか? ヤマムラ、ミハル! どうした、あんたら?」
「たとえば三ノ輪さん……」
スラリンガンが日本語でいった。
「なんでしょうか?」
のろのろと顔をあげるボク。
「今すぐマンサメリケスを私たちの時代の医療施設へ収容することもできます。あなた方の家族は救えませんが」
「……おまえ」
ボクの両隣りで、ビクンと反応する美晴、そして山村刑事。
「スラリンガン! マサメをバカにするな! マサメが自分だけ助かろうなんて考える、そんな女だと思うのか?」
ボクは思いがけずあふれでてしまった涙をぬぐいつつ、マサメに笑顔をむけた。するとマサメはとまどいながらも笑みを返してくれる。そうとも、マサメはそんな女じゃない。
「思いません」
スラリンガンがこたえた。
「だったらスラリンガン。
立ちあがったボクがいいきると、スラリンガンはしぶしぶといったふうにうなずいた。
「また首をしめられたらたまりませんからね。それにさっきもいいましたよ。樹海へいかないとはいってません。ただ眠っていただくといっただけです」
「どうして眠らないといけない? そのワームホールとやらを見せたくないからか?」
「そんなものを見たって、私たちなんかに転送のシステムなんて理解できないし!」
やはりひざを泥だらけにして立った山村刑事と美晴がいった。
「情報を伏せておきたいというのは本当ですが、実のところ、温情ですよ」
マサメに全員の日本語を通訳していたボクがつぶやいた。
「温情だ?」
「ワームホールを人間が通りぬけるというのは地獄の苦しみなんですよ。なにせ極限まで圧縮されて、時間も空間もねじれたトンネルをスパゲッティのように引きのばされて通過しなければならないんですからね。骨も筋肉もバラバラになるような、一瞬が一生に感じられような苦痛なんです。嘘だと思われるのなら三ノ輪さん、マンサメリケスに聞いてみるといい。彼女も、私にしても防護スーツがなければ痛みと恐怖でショック死していたはずだ」
マサメに聞いてみると、うんうんとうなずいた。そしてボクもおぼえている。次元の裂け目から現れたマサメは完全に意識をうしなっていた。
ああ、そうか。
「あの、なんだっけ?
美晴には大学の試験の前によくいわれたことであるが、ボクは既存の数式と科学用語をおぼえるのが苦手だ。というより、おぼえることを心のどこかで拒否していた。おそらく科学研究に殉じ、殺されてしまった父さんのせいだろう。
「エキゾチック物質ですか?」
スラリンガンにそれそれ、とこたえるボク。
「
確かエキゾチック物質とかいうものがなければワームホールはトンネルを維持できずにつぶれてしまうはずだ。
「三ノ輪さんの時代からだと、約百二十年後に実用化されました」
「やっぱりマサメのいた未来より先の未来なんだな……」
百年後に人類は絶滅しないのか? それともやはり美晴がいったパラレルワールド?
「ええ、まあ」
「ならマサメはどうしてワームホールを抜けられたんだ?」
スラリンガンはマサメにやさしい目をむけた。
「彼女は運がよかったんです。そういう人もごくまれにいたが、多くの人が犠牲になった。ただ、その犠牲があったおかげで我々はエキゾチック物質を発見することができたんです。圧縮され素粒子レベルに破壊された数々の遺体を調査、検分することで」
「なるほど……」
SF映画好きとしては、なんだかウズウズしてくる。しかし、そんな場合ではない!
「──ちょっと、そんな場合!?」
美晴がどなる。ごもっともである。
「これは失礼。なので我々は、防護スーツを着用していない者には薬品で眠ってもらうことに、いわゆる仮死状態になってもらうことしているのです。苦痛によるショック死を回避するためにね」
「なんだか怖い……」
あからさまにおびえている美晴。スラリンガンだけの言葉ならば信用しなかったのかもしれない。だがマサメが同意した以上、信じるしかないのであろう。
「最初から、そういえばよかったんだ」
山村刑事が、スラリンガンからはぎ取ったスーツを片手で差しだした。
「信じていただけましたか?」
「まあな」
「ありがとう。しかしそのスーツはマンサメリケスに着せましょう」
「え?」
山村刑事も美晴も、通訳していたボクも、それを聞いていたマサメも眉をひそめる。
「マンサメリケスは物理的に肉体が弱っている。だからマンサメリケス、この防護スーツを着てくださいな」
「……あんたのおさがり、着るのいやだな」
いいながら、のんきともとれるあくびを連発する、廃人となる恐怖におびえていたはずのマサメ。ただの強がりなのか、それともとりあえずスラリンガンとのいさかいに決着がついたことで安心したせいなのだろうか?
「まあ、そういわずに着てくださいな」
山村刑事からわたされたスーツをマサメに突きつけるスラリンガン。これは──。
「そこまで弱っているのか、マサメは! でも、だってあんたの首をしめたときだってあんなに、マサメは!」
「確かに速かった、すごかった。死ぬかと思った。しかし三ノ輪さん、あんなのは火事場のなんとやらですよ。ここ何週間か一緒にいて、あんなにガツガツ食べて、こんなに眠そうにしてばかりいる彼女を見たことがありますか?」
「……ない!」
くやしいが、ボクはマサメの異変に気づかなかった。
「では、説得してください。私のおさがりでも我慢してくださいとね」
「サトル、着がえをのぞくなよ」
内蔵銃器の暴発防止のため、凶悪武器満載の新型防護スーツのマニュアル解説をひと通り受けたマサメと、サポート役の美晴が大木のかげにかくれた。マサメがスラリンガンのおさがりを着用することに同意したせいだ。
マサメの肉体が弱体化したからではなく、いざというとき、スラリンガンにこのスーツを着せておくのは危険であるからだとボクが説得した。
「はいはい、わかってる。見ないよ、マサメ」
着がえを見るな。お定まりのセリフ。マサメはどうしてもボクにだけは肌をさらしたくないらしい。出会ったときからそうだった。でも今は、そんなルーティーンですら
「三ノ輪さん、知っていますか?」
ボクと山村刑事と同じく、マサメらがかくれた大木を背にしたスラリンガンが聞いてきた。
「なにを?」
「ミノウタス公国には子どものころしかいなかった三ノ輪さんは、知らないかもしれないな」
「だから、なんだよ?」
「ミノウタスの
クククと笑いをかみ殺すスラリンガン。
「…………」
一瞬、頭が空白になり、思考が停止するボク。
「へえ、心から愛した男ね……三ノ輪さん、最上級に幸先がいいな。ユーパイプ作戦もきっとうまくいく!」
山村刑事は豪快に笑いとばしながら、ボクの肩をバンとたたいた。けれど、思わず前のめりに転びそうになったボクにはわかっていた。山村刑事の高笑いは、これからやろうとしている徒労、もしくは無謀ともとれるユーパイプ作戦(命名は美晴)への不安を懸命に振りはらうためのものであると。発案者のボクですら
木のかげで女子どうし、キャッキャいいながらマサメの着がえを手伝っている美晴も、おそらくは同じ思いであろう。
「スラリンガン、汗臭いぞ!」
「すいません。デオドラントに気を使ってる時間もなくて」
新型防護スーツに身をつつんだマサメが木陰から姿を現わした。大きすぎる目や発達した後頭部、長すぎる首や手足。そしてウェットスーツのような防護服。まさにはじめて出会ったときのマサメ。あのときのマサメだ……。
ボクはなんだか懐かしさで胸がつぶれそうになった。たかだか数週間前のことなのにね。彼女のこと、
そのあとマサメは防護スーツの上から、米兵伍長から奪ったストリート系ファッションを身につけた。雪の中での戦闘をこなしたあとなのでかなり汚れてはいたけど、それでも現代人の衣装をまとったマサメは、困ったことにますます
──美しいと、ボクは思ったんだ。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます