1-2 イブの夜Ⅱ

『──●〇◎×××』

 がマスク越しになにかしゃべっているようだ。異星人の言葉なんて理解できるはずがない。はなんだか自分の手のひらを開いたり閉じたりしつつ首をひねっているように見えた。ボクは……。あれ? あれれ? まさかそんな! ボクにはの話す言葉の意味が理解できた。なんで? どうして? うかんだのはテレパシーという単語。この宇宙人は言葉ではなくテレパシーでボクの頭へと直接意思を伝達してきているのか? はこういっていた

『なんでこんなに力があるんだ? 体が軽い。で? ここはどこなんだ? お前、誰だ。ここはどこだ、教えてくれ』──と。

 そして絶句し、呆然と体をおこしたボクの頭を引っぱたきやがった。ものすごい衝撃でボクは地べたにたたきつけられた。なんという腕力だ、やはり人間わざとは思えない!

『……ゴメン、ゴメン。ちょっと試してみたんだ。痛かったか? 悪かった』

「え?」

 なんと宇宙人が謝罪してきた。そして気がついた。この言葉は子どものころ住んでいたことのある南ヨーロッパの小国、ミノウタス公国の言語であると。そして声の主の声音こわねが女性のものであるように感じた。

『ここは……うわっ、ここ1Gなんだ!』

 、彼女(?)は腕時計のようなものを見て驚いたように叫ぶと、細長い首もとにあるスイッチを操作する。するとフワフワとうき気味であった彼女の体がストンと床へと着地し、ヘルメットのバイザーが開かれた。現れた顔は思った通りというべきか、やはり人間ばなれしているように見えた。なにしろ目が大きいのだ。図鑑でしか見たことがないバイカルアザラシを思わせるほどに大きいのだ。大きな瞳の深いエメラルドグリーンの虹彩がとても美しいとボクは思った。そして顔が異常に小さい。美晴も小顔であったが、目の前の彼女の顔の方がはるかに小さい気がする。

「な、なんだよ。人の顔をジロジロと……」

 異星人が頬を染めたように見えた。ん? 異星人? 異星人がなんでミノウタス公国の言語を使っているんだ? 人間なのか? しかし、あの次元の裂け目としか思えない異空間から突然、出現したのだ! この女性型、もしくは両性具有型宇宙人は!

「ねえ、あんた。ここはどこなの? いいかげん教えてよ。さっきから聞いてるでしょ?」

 ずいぶんと横柄なものいいである。とても人にものをたずねる態度とは思えない。しかし、あのバカ力でまたなぐられでもしたらかなわない。

「に、日本。埼玉です」

 恐る恐るボクはこたえた。

「日本……三番目に壊滅した国か。なんで日本なんだ?」

 知るかよ、と心の中で毒づくボク。それに三番目に壊滅した国? なにそれ。そして宇宙人は周囲をあらためて見わたし、研究室の壁面をペチペチとたたいたり、床に落ちていた土砂をつかんではザラザラと指先のすき間から落としている。

「そうか、1Gってのはこういうことだったな、忘れてた。……まさか、時代が違うのか? あんた、今は何年だ!?」

「えーと、もうすぐおわるけど令和四年です……」

「令和ってなによ?」

「あ、二〇二二年です」

「……百年前! 嘘でしょ!」

「百年前?」

 こっちが嘘だろといいたよ。眉をひそめるボクに彼女が怒ったようにいった。

「百年前か……本当なら、今からなんとかすれば世界のおわりから逃れられるかもしれない! わかるか? 百年前の日本人!」

 彼女はボクの胸ぐらをつかみあげた。

「……はい?」

 首のあたりをしめつけられながら、わかるわけあるか!と思うボク。それに百年前だって? 今から百年後の未来からきた宇宙人だとでもいいたいのか? それに世界のおわりって、なに? 

「誰だか知らないけど、あんたにいっても仕方がないか……もっとこう、大学の研究室みたいな所じゃないと」

「ここ、大学の研究室なんですけど」

「本当に! じゃ、あんたは研究者? 専門は?」

「あ、あのボクはその、研究室にはいるけど、ただの雑用係で」

「雑用係……」

 彼女はあからさまに肩を落としているように見える。なんだか知らないが、申しわけのない気分になるボク。

「ただ、この研究室では量子力学の研究をしているし、少ないけど論文だって発表しているよ」

 なんとなくではあるが、研究室の名誉を守りたくなったボクは、オリンピックやワールドカップの間だけ愛国心がめばえる、しょーもない日本人なのであろう。

「量子科学も大切だろうが、取りあえず天文学者に会いたい。紹介してくれないか?」

「天文学者……」

 この大学にいただろうか? 理系だからいるに違いないが、少し調べてみないとなんともいえない。ボクが困ったような顔をしていると、彼女はため息をつきながらヘルメットを外した。──やっぱり少し違うよ! 後頭部の張り出し方が尋常ではない。顔と頭が小さい分、後ろ頭が発達したのだろうか? ついエジプトのツタンカーメンか、有名ゴシックホラーSF映画に登場する異星人エイリアンの頭部の形を思いだしてしまう。といいますか、ボクはなんだってこの宇宙人と非日常的な会話をつづけているのだろう?

「ところでひとつお願いがあるんだけれど」

 彼女がいった。

「あ、はい。なんでしょう?」

「ここ数日、ろくに食べてないのよ。なんでもいいから食料と水をわけてくれないか?」

「ああ、はい。どんなものを食べるんですか?」

 宇宙人の食料なんて想像もつかない。

「なんでもいいってば。白米でもパンでも」

「普通だ……人間みたい」

 ボクがいうと、彼女は大きな緑色の瞳でにらみつけてきた。

「なにか勘違いしてないか? 私は未来からきたってだけで、ただの地球人だよ」

「地球人……本当に?」

「やっぱり人間だと思ってなかったんだな!」

 身長一七五センチのボクよりも頭ひとつ背の高い彼女がこぶしを突きあげたのでボクはあわてて米つきバッタのごとく頭をさげた。

「すいません、すいません。ごめんなさい!」

 そのとき、ポーンとインターフォンのチャイムが鳴った。誰かきた! そうだ教授のカタログの配送! ボクはどうしてだか、彼女を見られてはヤバいような気がした。

「なんか鳴ってるよ」

「こ、これ着て、帽子かぶって。向こうむいてて!」

 ボクは女子研究員がおいていったピンクの帽子と自分のコートをハンガーごと彼女に投げると、インターフォンにでた。やはり配達業者であった。

「なんでよ?」

 不満そうにコートを羽織り、入口に背を向ける彼女。ボクは背後を気にしながら分厚いカタログを受け取りサインをした。配達員はちらと室内を見ると笑顔でよいイブを、といい残してさっていった。なにやら勘違いしているようだ。女性には違いないようだが普通の女性とはわけが違うのだ。事なきを得てホッと胸をなでおろしていると帽子を取った彼女の顔が鬼の形相で目の前に迫っていた。

「な、なに?」

「それはこっちのセリフよ。なんのつもり?」

「あ、あまりいいたくないんだけど」

「なによ?」

「その、やっぱりあなた、人間ぽくないよ。宇宙人に見えちゃうよ」

「なんですって!」

 キキーと噛みつきそうな勢いで目をつりあげる彼女。

「待って、ぶたないで!」

 ボクが情けない声をあげて頭をおさえると、彼女はガンとデスクにこぶしを落とした。嘘だろ? 強化プラスチック製のデスクトップが真っぷたつに割れて、中央から床へとくずれ落ちた。どれだけ強くて硬いゲンコツなんだ! そりゃ思うだろ? 人間じゃないってさ!

「ああ……ゴメン。力を制御しないとまずいな。あんた、許してくれるよな?」

 すまなそうに上目づかいでボクを見る彼女。ええ、ええ、もちろん許しますとも。許さないとかいったら殺されそうだからね! ボクがうなずくと、彼女はホッとしたように笑顔を見せて、手を合わせた。

「な、まずはとにかくごはんを食べさせてくれないか?」

「わかったけど、食事にでるにしてもその服はまずいよ」

「なんでよ?」

「み、未来からきたっていったよね? その、未来はどうか知らないけど、この時代じゃそんなサイバーなウェットスーツみたいなものを着て、外を出歩く人はいないよ」

「なるほど、そうか……いきなりきたから気づかなかった」

「それに、その顔がちょっと……」

「なにが気に入らないんだ! 私がブスだっていいたいの!?」

「違う! 違うよ! ただ、ちょっと小顔すぎて目が大きすぎるというか、なんというか」

「小顔で大きな目ならかわいいじゃないか? この時代じゃ価値観が違うのか?」

「そんなことない、かわいいよ。すごくかわいいんだけど。この時代にはいないタイプというか。それに後頭部の発達ぐあいが少し……」

「小顔のままで頭脳が衰退しないよう進化したらしい。そうニュースサイトでいっていた」

「たった百年で? いくらなんでもそんなに進化しないでしょ?」

「するよ。日本だと、エドだっけ? その時代からわずか百五十年で平均身長が十センチ以上も伸びてるんだろ?」

 いわれてみれば。食べ物や環境で変化するものなのか人間も。しかし──。

「なんでそんなに力が強いんだ? それにどうやって、ここへきた? 未来ではタイムマシンが発明されるの?」 

「わかった、説明する。説明するからなにか食べさせて! おなかがへって死にそうなんだよ!」

 彼女はそういうとしゃがみこんでしまった。ボクにはなんだかこの剛腕女が、不思議ととてもかわいらしく思えたんだ。           (つづく)

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