2 マサメVSサンタマスク
そんなわけで、ボクは倉庫や同期の男どものロッカーをあさり(当然、女子と先輩の物には手をつけられません)、スーツやサングラス、作業用のドカジャンなどを見つけだし彼女に着がえてもらうことにした。もちろんドカジャンはボクが着て、彼女にはボクのコートを着せることにする。
「着がえ、見るなよ!」
顔を赤くしてどなる彼女。はいはいとこたえたボクはいったん室外へとでようとした。ところがボクの
「そのまま逃げる気じゃないだろうな! ここにいろ!」
「はぁ?」
面倒くさいヤツ!
「絶対に見るなよ!」
「はいはい」
殺される覚悟でもなければ、のぞき見なんてできはしない。むろん、見事なプロポーションの中身には興味があるのだが。彼女が着がえをしている間、うしろをむいて目を閉じていたボクは、ひとつ質問をしてみた。
「あなたの名前は? なんていうの。ボクは
「ミノワ……なにか、どこかで聞いたような。まあ、いいや。サトルか、サトルね。なんかいい人そうで運がよかった」
これだけ世話を焼かされて悪人よばわりされてはかなわない。ボクは棒演技の声優のようにこたえた。
「ああ、そう。ラッキー」
「ああ、ラッキーだ。私はマンサメリケス・ナイトウ。友だちはマサメと呼んでいたよ」
「ナイトウ? まさか、日本人なの?」
「少しね。祖父が日本人なのよ」
「だから江戸時代なんかを知っていたのか」
思わずふり返りそうになったボクを叱りつけるマサメ。
「死にたいのか、サトル」
「まだ、死にたくありません」
小さくちぢこまるボク。
「なんて嘘。もういいよ、目を開けても」
背が高く、手足が長いせいか男物のリクルートスーツがよく似合っていた。しかしツンツルテンなのはご愛敬か? 小粋な中折れ帽でもかぶれば、いにしえのギャング映画に登場しそうなあんばいであったが、あいにくそんな物はなく、白のニット帽をかぶせた。普通サイズの帽子ではマサメの後頭部がちゃんと隠れないのである。まあ、長い髪を後ろでまとめた人に見えないこともないだろう。問題はごついブーツというか、これまたサイバーな感じの厚底の靴であるが、彼女はこれを脱ごうとしないので仕方あるまい。
「どうだ、サトル。おかしくないか? 今の時代にマッチしてるか?」
自身の姿を洗面台の鏡にうつしながらマサメが聞いてきた。
「うん。まあ、大丈夫かな?」
長身なので日本人女性にはまず見えないから、手足の長いアフリカ系の外国人男性と受けとめてもらえるだろう。ボクはサングラスと
「別に
「この時代では、マスクを着けていないとマナー違反になるんだ」
はた迷惑なコロナウィルスのせいでね。
「そうなのか。おかしなマナーだな。夜なのにサングラスをかけるのもマナーなのか?」
「マサメだってヘルメットにゴーグル、マスク姿だったじゃないか」
「あれを装着していないと重力で頭がつぶされてしまうから仕方がないんだ。マスクをしていないと呼吸もままならないしな」
「そうなの?」
どんな未来なんだ? いいからいうことをきけよ、この女!
「ほら、着けたぞ。じゃ、もういいか? 頼むからなにか食わせてくれ! なぁ、サトル!」
そんなこんなでボクは、いちおうボッチブを脱し、サングラスに白マスクという不審者まがいの女性同伴でクリスマスイブの夜に繰りだしたのであるが、この腹ペコ怪力女になにを食わせればいいのだろう? ミノウタス公国ではどんな物を食べていたっけ? 五歳のころの記憶なのでまったくおぼえていないが、フライドチキンの店なんかどうだろう。そう、イブだしね。チキン、いいんじゃないか?
「サトル、まだか? おなかが減りすぎて胃が痛い」
「このあたりは学園都市だから、ろくな店がないんだ。もう少しだけ我慢して」
「ブー、ブー」
「ブタみたく鳴くな。駅前までいけば店があるし、少しは開けてるからさ」
長身の彼女を見あげてその横顔を見ると、ボクはなんだかふきだしそうになった。白いニット帽にサングラス、そして白のマスク……これで二丁拳銃なんかかまえていたら、なんだか大昔のテレビ番組のヒーローのようだ。あのヒーロー、なんて名前だったっけ?
うー、うー、とうめきながらボクのあとをついて駅前広場まできたマサメが「うわっ」と声をあげた。どうやら、クリスマスのイルミネーションに驚いているようだ。都心のものとくらべたら、ささやかな飾りつけであろうけれど、このあたりでは華やかな方である。
雪の結晶をイメージしたような光の粒がキラキラと輝きながら舞い、ゆったりとした速度で地上へ落ちては消えていく。さすがはイブの夜だなぁと思うボク。周囲を見わたすとカップルや酔っぱらった若者たち、商店街から流れてきた親子連れなど、人であふれかえっていた。
「きれいだな……」
夢見る乙女のような口調でつぶやくマサメであったが、ついだ言葉がこれだった。
「ただ、電力の無駄づかいだ」
「マサメのところは電力不足なの?」
まだ未来は、ということに抵抗のあるボク。
「ああ。こんな贅沢品へまわせる余裕なんかないんだ。充電しないとリフターが働かないからな」
「リフター?」
イオンクラフトのことだろうか? それとも車のこと?
「なぁ! 早くメシにしよう──」
いいかけたマサメの動きがとまった。なんということだ! 見物客でごった返した駅前広場へ、黒のワゴン車がうなりをあげ、猛スピードで突っこんできたのだ! たちまちパニックに襲われ悲鳴をあげながら逃げまどう群衆。
「ヤバい!」
逃げおくれた若い母親と小さな男の子がひかれる! ボクは叫ぶことしかできなかったのだが、マサメが空中高く円弧を描くように跳んだ! そして間一髪のタイミングで母子をかっさらうように奪い取ると、横っ飛びで天をかけた! そのままワゴン車はイルミネーションに突入、電飾がはじけ、火花がバチバチと飛び散り、細い鉄骨で組まれた枠組みがふらりとゆれたかと思うと、倒れかかってきた! うわっとばかり、またまた右往左往して逃げまわる人々! そしてボク! だけどマサメは!? マサメは無事なのか!
助けた母子をおいて、ものすごい勢いでジャンプしたマサメは、恐るべき剛腕で倒壊した鉄骨を受けとめると、誰もいない場所を見定めて「はぁ!」という気合とともに投げとばして見せた。
「…………」
誰もなにもいえないでいるようであった。目の前でおこった事実にわが目を疑い、脳が現実を受け入れられないのであろう。呆然と立ちつくした群衆は、まだ火花を散らしているつぶれたイルミネーションを背景に立つニット帽にサングラス姿の怪人に対し、どう反応するべきなのか答えをだせずにいるようであった。それは多少の予備知識があったボクにしても同じことである、まさかここまでとは。やはり人間の所業とはとうてい思えない。
ぎゃあああー! なにやらどなりながらワゴン車から飛び出してきたサンタクロースのゴムマスクを着けた男が、刃わたり三十センチはありそうなナタを振りまわし、付近にいたカップルに切りかかった。ボクは酔っぱらい運転かなにかだと思っていたのだが、違う! あいつは無差別通り魔なのだ! カップルの男性が女性をかばい、肩口をスイカを割るようにたたき切られ、血しぶき倒れた! 返り血を全身にあびたサンタは、泣き叫ぶ女性へとさらに襲いかかる!
「くされ野郎が!」
ミノウタス語で
「逃げろ! マサメ!」
ボクは思わずマサメへとかけよっていた。
「くるな! あぶない!」
ボクに気を取られたマサメの頭上へ落とされる、刀身が分厚く鈍重なナタ。ガキンと音がした。なんとマサメはナタの刃先を左腕で受けとめて頭だけは守っていた。
うわぁあ! サンタの刃物は包丁ではない、重い重いナタである。マサメの腕が断ち切られた! ボクのせいで! 取り返しがつかない! ボクは本当にそう思ったんだ。
「──痛ぁあああああい!」
つんつるてんのスーツごと切られた左腕から血がにじんではいたが、マサメの腕は健在であった。そして驚いているようなサンタを右ストレートで殴りたおすと、すかさずマシンガンキックを全身にみまう! そして最後は三メートルをこえる超特大ジャンプからのドロップキックでとどめをさした。ゴムマスクのサンタは、これで完全に気をうしなったようである。
「痛い、痛い、痛い!」
怒りがおさまらないらしいマサメは、切られた腕を差しだしてミノウタス語でボクに抗議した。
「サトルのせい、サトルのせい、サトルのせい!」
「わかった、ごめんよ! 悪かった!」
ボクがペコペコとしていると、パトカーや救急車のサイレンが響きわたる中、周囲にいた人たちから歓声や指笛、そして大きな拍手が地鳴りのように巻きおこった。
「なんだ?」
怖じ気づいたように後ずさるマサメ。
「マサメ、ひとまず逃げるぞ」
「なんでさ?」
「いいから、こい!」
ボクはマサメの右腕をつかむと、一目散にかけだした。肩をやられたカップルの男性の無事を祈りながら。
「いいことしたのに、なんで逃げるんだよ?」
人気の少ない夜の学園都市を、ボクなんかよりもはるかに脚力がまさっているマサメが、いつの間にかボクの手を引っぱって走りながら聞いてきた。
「すごかったよ。マサメはすごいいいことしたよ。でも目立ちすぎた。ヤバいよ、マジで」
あんなに重そうなナタの直撃を受けてもマサメの腕は表皮が切られただけで、骨に異常はないようであった。サイボーグなのか? 人工強化されたチタン製の骨でも埋めこまれているのか? ボクが思うくらいなんだから、誰しもがそう考えるだろう。それこそ実験対象、研究対象にされかねない。あきらかに人間とは一線を画する容姿をしているのだ、へたをすると解剖なんてことにもなりかねないんじゃないか?
「サトルよ! 目立つとまずいのか?」
立ちどまったマサメがサングラスごしにボクを見つめている。
「まずい。はっきりいうけど、未来からきたなんて話、信じてくれる人は少ないと思う。どこかの国の生物兵器かなにかだと疑われるのが関の山だよ」
「サトルも私を信じないのか?」
ボクは一瞬、言葉につまったが、でも、噛みしめるようにしてこういった。
「ボクはマサメを信じるよ、誓う」
「誓ってくれるのか?」
「うん。さっきの事件で、ちょっとエキセントリックだけど、すごくいいやつだってことはわかったし」
「……そうか。エキセントリックはよけいだが、なら、許してやる。腕に傷でも残ったら一生うらんで、呪うけどな」
「はい……」
怖いんですけど!
「なあ、サトル」
「うん? 早く傷の手当をして、服をかえよう」
「おなか、へったのー!」
本当に腕の傷は大したことがないらしい。この女にとっては出血よりも空腹の方が一大事なのだ。
(つづく)
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