3 タクシーの中で

 それからボクらはひと目をさけるようにしてボクの住む、ひとり暮らしの木造アパートへと向かった。駅にはもどれないので、稼ぎどきであろうイブの夜を流していたタクシーをひろった。運転手は長身でサングラス姿の彼女を見ていぶかし気な表情を見せたが、マスクをかけているのは今やあたり前のことなので、目の不自由な人だとでも思ってくれたのかもしれない。さいわい乗車拒否をされることはなかった。

世津崎よつざき町のあたりまで行ってください」

 当然のことながらボクが日本語で行き先をつげると、運転手はうなずいて車をだした。タクシーの後部座席にはテレビのモニターがついていて、女優が出演する電化製品のⅭⅯが流れている。

「な、なにぃ!」

 ボクは仰天ぎょうてんした! なんとテレビに、駅前広場で空高く跳躍し、回転キックをサンタマスクにお見舞いするマサメの姿がうつっていたのだ。バックでバチバチとはじける電飾の火花がサングラスの怪人の立ち姿のカッコよさを、よりきわだたせていた。

「お客さん、どうかしました?」

 運転手が驚いたように聞いてきた。

「いや、さ、サイフを忘れたかと思って。ありました、大丈夫です」

「おどかさないでくださいよ」

 運転中の彼は、このニュース番組を当然、見ていない。彼の前のモニターにはカーナビ表示しかされていない。しかし、危険ではないか? ニュース番組のキャスターが興奮気味な口調で無差別通り魔事件があったこととマサメの活躍を伝えていた。

『これは今夜、午後八時ごろの映像です。特撮映画でもⅭG加工された動画でもありません。撮影されたのは一般の方で、携帯電話の映像です──』

 ボクはテレビのスイッチを切った。

「お客さん、テレビはお嫌いですか?」

 のほほんと聞いてくる運転手。

「い、いえ。ボクはネットオンリーなもので」

「最近、そういう人、多いようですね。でもテレビもいいものですよ。わたしなんて根っからのテレビっ子世代でしてね……」

 長くなりそうなので、ボクは運転手の言葉をさえぎった。今は会話を楽しむ気分ではないのだ。

「あ、あの、この人、目がよく見えないんで、もうテレビの話は」

 ボクはサングラスのマサメを懸命に指さす。

「ああ、これは失礼」

 いかにもすまなそうに顔をゆがめた運転手さんに、ボクは心の中で手をあわせた。嘘をついてごめんなさいと。

 マサメはマサメで、モニター内に登場した自身の姿に少なからず動揺したようで、ミノウタス語でこういった。

「確かに目立ちすぎだな」

「うん。だから少し黙っていて、マサメ」

「わかった」

「そちらの女性、外人さんですか? まるでチンプンカンプンだ」

 しょうこりもなくたずねてくる話好きらしい運転手。しかし──。

「なぜ女性だと?」

「だって声が」

「あの、彼女、いわゆる、ひとつのニューハーフです」

 ボクが日本語でいうと、運転手はひぇ!と声をあげた。日本語のわからないマサメは無反応である。

「こんなバスケットの選手みたいなガタイの女性がそうそういるわけないでしょ?」

「はぁ、ははあ……」

 それっきり、彼はむだ口をたたかなくなった。同性愛者に偏見をもっているのかもしれない。

                      (つづく)

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