32 ボクたち VS 自衛隊

 やりきった感はそれなりにあるが、そんなことよりなにより今はマサメである! ただでさえ弱っているというのに、彼女は額から血を流し──。

「マサメ!」

 長身のマサメが、ハンターに狙撃され、足もとのおぼつかない雌鹿のようにガクガクと左右に揺れ、その場にくずれ落ちた! ボクは彼女へとダッシユする!

「マサメさん!」

 ホッとひと息ついていたハジメンに美晴、山村刑事は飲んでいた缶コーヒーやお茶を投げだして、完全に意識をうしないボクの腕の中で目を閉じている彼女の周囲に集まった。

「マサメ! しっかりしろ、マサメ!」

 呼びかけるも、返答はない。どうやら呼吸はしているようなので過度の疲労で昏睡状態におちいっているらしい。美晴が濡らしたハンカチで彼女の顔にこびりついた血液をぬぐっているが、出血がとまらない。みるみる赤く染まっていくハンカチ。ナタの刃先を素手で受けとめても出血はすぐにとまったってのに! 

 どうする? どうするもなにもない! 病院へ連れていくしかない! マサメを抱えあげたボクは愕然がくぜんとした。銃弾が装填された防護スーツを着用しているわりには軽いのだ。無意識というか、勢いで抱きあげたのだが、考えてみればボクみたいな非力な男が筋肉の塊みたいなマサメを持ちあげられること自体が異常なんだ。それほど筋力が減り、骨密度が低下しているのか……。

「ちょっと見せて」

 いきなり目の前に現れた男は──。

「スラリンガン! まさに地獄に仏! 早くマサメを未来の病院へ! ワームホールはどこなんだ? スラリンガン!」

「三ノ輪さん、あわてないでください。まずマンサメリケスを見せて。応急処置ぐらいしましょうよ」

「ああ、すまない」

 スラリンガンは防護スーツのわき腹のあたりから救急キットのような小箱をだし、ボクに抱かれたままのマサメの額にスプレーをかけて止血すると、ダクトテープのようなものを貼りつけ、彼女の首筋にプシュッというガス音をたてて使いすてらしいアンプルを注射した。

「これでしばらくは、もつでしょう。しかし無茶したものだ。頭蓋骨に亀裂がはいっている」

「ああ……」

 天をあおぐボク。やはりあのとき、なぐってでもとめるべきだった。

「筋肉も骨も、心肺機能も血液循環も、内蔵も細胞も反応も代謝も、すべてが減退している。ユーパイプの動画は私も見ました。マンサメリケスはのちに悔恨の念を残さぬよう、命をすてて生配信にのぞんだのですね。見事だ」

「スラリンガン、能書きはいいから早くマサメさんを未来へ運ぼう!」

 ボクのかわりにいってくれたのは山村刑事であった。

「スラリンガン! マサメさんを死なせたら一生うらむわよ!」

 美晴の叫びに、ハジメンも呼応する。

「スラリン、マサメさんを!」

「はいはい、わかってますがひとつ問題が」

「なんだよ!?」

 ボクがどなるなり、どこからか近づいてくる爆音、ローター音? ほんの数秒間のうちに樹海上空を、無数のヘリコプターの黒い機影が逆光を背にしてホバリングしていた。

「なんだ、あれは!」

 空を見あげて叫ぶ山村刑事。

「日本政府もバカじゃない。ユーパイプ動画の背景からこの場所を特定したようです。本日、東富士の演習場において駐屯米軍と合同で総合火力演習をおこなうとの緊急発表が、付近住民に向けて三十分ほど前にアナウンスされました。ここはまだ離れてはいますが、演習場はごく至近距離です。ミサイルや爆撃などのドンパチがあたり前の演習場に追いこまれたら、マンサメリケスだけじゃない、われわれはアウトです」

「はいぃ!?」

 全員が叫んだ!

「とにかく車まで走りましょう! みなさん、お忘れですか? ここから一番近くに設置されたワームホールは富士の演習場より少し先、裾野市あたりの森林地帯にあるのです。ゴー、ゴー、ゴー!」

 手をたたき、全員の尻をたたくようにしてダッシユさせるスラリンガン。ただハジメンだけは撮影機材や小道具の回収をしようとしていたが「命とどっちが大切です?」と、全方位ルーターを取りあげたスラリンガンにすごまれて、泣く泣く、風を巻いて疾走するボクたちに合流した。

「三ノ輪さん、かわろうか?」

 マサメをおぶるボクと並走しながら山村刑事が聞いてきたが、ボクは大丈夫ですと断った。誰になんといわれてもいい、ボクは一秒でも長くマサメに触れていたかったんだ。

「嘘だろ?」

 走りながら空を見あげたハジメンが絶叫した。なんということか! 空中でホバリングしているヘリコプターからロープをつけた多数の自衛官と米兵がボクらを取りかこむように降下してきたのだ! しかも今回は一般人を装う必要がないせいか完全武装で、当然のことながら銃火器を携帯している! もうメチャクチャだ! 

 足をとめたボクたちの前に、なんとが、複数の自衛隊員と米兵が周囲の木陰から銃をかまえて現れた。待ちぶせされていたのだ!

「できれば撃ちたくない。投降しなさい」

 口ヒゲをたくわえた中年の自衛官がいった。ボクらはすでにぐるりと圧倒的な人数に包囲されていた。

「なんだよ、これ! おかしいだろ! オレ、災害救助なんかのときの自衛隊の活躍、リスペクト動画なんかもユーパイプにアップしてたのに!」

 銃を向けられた経験は初めてのハジメンがおびえながらほえた。しかし、こうした状況を散々くぐり抜けてきた美晴が、彼の口を片手でそっとふさいだ。

「おかしいのは承知している、われわれも本意ではない。イルミネーターを素直にわたしてくれれば、あなた方の安全は保障する」

「イルミネーターではない……マサメさんだ! マサメさんは俺たちの仲間だ! 誰がわたすか!」

 山村刑事であった。彼の言葉にボクは泣きそうになった。

「あなたは警視庁の刑事なんだろ? 同じ公僕なら私の気持ちもわかってくれ」

 苦しげに、本当に苦しげにうめくヒゲの自衛官、そしてすべての自衛隊員たち。

「動画を見てなかったのか? 俺はもうクビだ! 一般人だ! 一般人として仲間を守る! マサメさんはわたさない!」

「…………」

「まあまあ、ここは仕方がない。イルミネーターをわたしましょう」

 とんでもないことをいいだすスラリンガン。

「なにいってんだ、スラリンガン!」

 ボクらはいっせいに彼をどなりつけた。

「こんなところで足どめをくらっていたら、マンサメリケスは確実に死ぬ。それでもいいんですか? みなさん」

「それは……」

 ぐうのもでないボクたち。

「自衛隊員の方、イルミネーターをわたします。ただし条件がある」

 ヒゲの自衛官に笑顔を向けるスラリンガン。

「聞こう。交戦はさけたい」

 そこへ、ひとりの米兵がわって入った。彼は山村刑事を指さして、なにやら英語でわめいている。

「あの刑事が着ているのは俺の服だ! 屈辱だ! やつらは俺を裸にひんむいたんだ!」

 どこかで見たことのある米兵だと思ったら、装甲車の中でスラリンガンが射殺したはずの、あのいけ好かない米軍伍長であった。生きていたんだ! ゾンビか、こいつ? でもよかった! 死んでなくて本当に、よかった!

「そこのうるさいアメリカ人をどけてくださいな」

 スラリンガンが英語でいうと、伍長は米兵数人に抱えあげられて、どこぞへと連れさられた。

「で? 条件とは」

 ヒゲの自衛官がいった。

「ご覧の通りイルミネーターはひん死の重傷です。すぐに最高の医療をうけられる施設へ緊急搬送してください。イルミネーターに死なれては、日本政府にとってもデメリットしかないと思われますが?」

「われわれの一存では判断できない。上の指示をあおぐから少し待ってくれ。誰か本部と連絡を取れ」

 ヒゲの自衛官の命令で野外無線機をもつ隊員が受話器のようなもので通信をはじめた。

「ひん死だといっています。待てません」

「ならばどうします? 抵抗すれば命の保障はできないが」

「それはさっき聞きました、抵抗はしません。そうですね、イルミネーターをおわたしします」

 スラリンガンの言葉に色めきたつ山村刑事ら三人。

「マサメさんを売る気か!」

「スラリン、マジかよ!」

「冗談じゃないわ、スラリンガン!」

 ボクだけはなにもいわなかった。スラリンガンが防護スーツの襟もとの通信機から、マサメの着ているスーツの通信機に、素早く小声で話しかけてきたからだ。

『大丈夫、彼女は助ける』

 ボクが無言でうなずくとスラリンガンは、やいのやいのと騒ぐ美晴たちを一喝した。

「みなさんはバカなのか! 日本の自衛官は優秀だ。命令がある以上、彼らは本気で殺しにかかるぞ。死にたいのならご勝手に!」

「…………」

 黙りこむしかない三人。当然だ、誰だって死にたくはない。スラリンガンは鼻をならすと、ボクの肩に手をおいた。

「では三ノ輪さん。彼らに背中を向けて、おぶっているイルミネーターをわたしてください」

「ああ……」

 ボクはいわれた通り、自衛官たちへ背を向けた。向けるなりドウドウという衝撃が背中のマサメから伝わってきた! まさか、マサメが撃たれた!? 

 悲鳴をあげる美晴たち! ところが血しぶきをあげてもんどりうっているのはヒゲの自衛官をはじめとする、数十人の隊員たちであった。スラリンガンがマサメの防護スーツのスイッチを押し、背後へ向けて銃弾を乱射させたのだ! 突然の出来事に、一時的に混乱する自衛隊員に米兵たち。

「三ノ輪さん、刑事さんをつかめ!」

 どなるスラリンガンは、美晴とハジメンの肩を両腕でかき抱いた。

「え?」

「急げ! そしてジャンプだ!」

 なんだかわからないまま、マサメを背おったボクは巨漢の山村刑事の腕を片手でつかみ、軽く垂直跳びをこころみた。こんな状態じゃ二十センチだって跳べるわけがないだろ?と思ったのだが、冗談じゃない! 

「ひぃいい!」

 あやうく山村刑事を落としそうになるボク。ボクは軽く十メートルほど宙へと舞いあがっていたのだ。

「あわてないで!」

 となりに、やはり美晴とハジメンをかかえて跳躍したスラリンガンの姿があった。

「マンサメリケスと私がはいた反重力ブーツを作動させました。もっと刑事さんとくっついて! 彼女の周囲一・五メートルが地球の重力場を十分の一に軽減させているんです」

「マジで?」

「なんだこれは!」

「怖いーっ!」

「死ぬ、絶対、死ぬ!」

 なかばパニック状態のボクらは弧を描くようにして、ゆっくりと自由落下をしはじめる。

「私たちをかこんでいる自衛隊の包囲網は、まだ抜けていない。三ノ輪さん、次に足が地面に着いたら、思いきりジャンプしてください! 百メートルは跳べますから。刑事さん、死にたくないのなら三ノ輪さんから離れないで!」

「わかった!」

 正面からギュっとボクに抱きつく山村刑事。ちょっとキモいんですけど!

「マンサメリケスを絶対に離すな! 三ノ輪さん!」

「誰が離すか!」

 ボクはおぶったマサメを背中で抱きしめる。──死んでも離さない!

「銃撃はあるでしょうが、大丈夫。そうそうあたるものではありません!」

 群れをなす自衛隊員と米兵のど真ん中に着地したボクは叫びながら大地を蹴った! 本当かよ? ボクはマサメと山村刑事とともに百メートルごえの大ジャンプをかましていた! 耳はキンキンするし、加速度で股間がヒュンヒュンする! だけどなんか、すごい体験だ! ハンドガンの火薬がはじける音が聞こえる。けれどボクらにはとどかない!

「三ノ輪さん!」

 跳躍に不慣れなボクのとなりに、常にいてくれるスラリンガンが叫んだ。

「なんだ?」

 こたえるボク。

「できれば垂直ではなく、ななめに跳んでください。そして私のあとをついてきてください! このままワームホールまで突っ走りますよ!」

「おおよ!」

 ボクは雄叫おたけんだ! 山村刑事も、美晴も、ハジメンも雄叫んだ! 

 おおーっ!と。避難小屋でシュプレヒコールをあげた、あのときのように。

                       (つづく)

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