33 裏切りのスラリンガン
裾野市の森林に設置されたワームホールに、ボクたちはなんとかたどり着いた。
東富士演習場の周辺道路を横切ろうとしたとき、ヘリコプターからは機銃掃射をうけ、戦車からは砲撃された。あれには肝をひやしたが、スラリンガンが全身から目くらましの煙幕をもうもうと吹きだし、その間隙をぬってボクらは森林の中へと降下して樹々の間を疾走した。
反重力ブーツのおかげでマサメと山村刑事をかかえながらも身は軽く、跳ねるように激走したのだが調子にのったボクは一度、大木をよけきれずに正面衝突し、一時的に脳震とうをおこし、デコに大きなコブをこさえた。
森林をぬけ、市街地へでると、空から追尾していたヘリコプターの編隊もさすがに攻撃をしかけてこなかった。
反重力ブーツの動力を落として街中をてくてくと歩くボクら六人を、ときおり指さしたり、キャーっと叫びながら遠巻きに見ている女子学生の集団などがいた。ユーパイプの動画を見てくれた人たちに違いない。もちろん注目を集めているのは、ボクの背中でぐったりとして動かないマサメである。
──見ろよ、マサメ。がんばった甲斐があったな。あの人たちの中に未来を変えてくれる科学者、やがて「スラ・リンガン社」をおこしてくれる人材がいるかもしれないぞ。なあ、マサメ……。
「反重力ブーツにあんな使い方があるなら、最初からいってくれればいいのに」
小さなワームホールを前にしてボクが不平を口にすると、スラリンガンは苦笑いをうかべた。
「生配信終了後、ブーツのあつかいに慣れている私とマンサメリケスがみなさんをかかえて逃亡する、それが私のシナリオでした。リハーサルの段階では、頭突きで木をへし折るなんてプランはなかった」
「あれにはボクも驚いた」
山村刑事に美晴、ハジメンも大きくうなずいている。
「私はマンサメリケスの思い、家族や仲間を助けたいという焦がれるような希求をあまく見ていたようだ……まだ体力と気力を残している彼女と私なら自衛隊の攻撃など楽々とこなしてこの場所へやってこられる、そう考えていましたから」
「……そうか。スラリンガンにとってもハプニングだったってことだな」
「はい。この人の性格は一番わかっているつもりだというおごりが裏目にでました」
「マサメの性格を一番、知っているって?」
それはボクだろう? ああ、これもおごりなのか?
「ワームホールに飲みこまれた彼女やそのほかの多くの方々を救出するために、過去や未来へと出動するのが私たちの任務。救出対象のデータベースは頭にたたきこんでありますからね」
ボクは、まだおぶったままで顔もまともに見られないマサメを誇らしく思った。
「彼女は……特別なんだ」
ボクにとっては。彼女について知らないことはまだまだたくさんあるけれど。
「知っています……」
「で? スラリンガンの次の計画は? ボクたちはどうなるんだ?」
息をのんで居ずまいを正す美晴、山村刑事、ハジメン。
「そうですね、みなさんはいつも通り薬を服用していただき、いくつかのワームホールを経由して東京都内、人でにぎわう繁華街がいいですね、たとえばそう、渋谷の駅前へ跳んでいただく。次元の裂け目から出現するところをできるだけ多くの通りすがりの一般人に目撃されてください。ワームホールの存在を信じられない人々も、きっと度肝を抜かすことでしょう」
「なるほど。さっきの生放送のわれわれの発言に、より信憑性が高まるわけだ」
山村刑事がいうと、スラリンガンがほほえんだ。
「ええ。みなさんの家族が救われる確率も上昇すると考えていいのではないでしょうか」
歓喜の声をあげている美晴、ハジメン、山村刑事。だけどボクは──。
「スラリンガン、状況は把握した。マサメを早く」
「わかりました。ではみなさん薬を──」
「スラリンガン!」
美晴であった。
「なんでしょうか?」
「マサメさんと未来へもどるんでしょ? もうこれで会えないんだね」
「はい」
「いろいろとありがとう!」
美晴はスラリンガンにいきなり抱きついて頬にキスをした。
「スラリン、感謝する。おかげでいい動画を配信できた」
ハジメンが美晴ごとスラリンガンを抱きしめる。
山村刑事は抱きついたりこそしなかったが無言で握手を求め、スラリンガンはそれにこたえた。
「三ノ輪さん、薬を飲まないんですか?」
ヘルメットを装着した三人はすでに眠りにおち、手首をベルトで結束された状態(ワームホールをみんな一緒に抜けなければならないからだ)にされ、木陰で横たわっている。もちろんボクも彼らとつながっていた。
「マサメを見送りたいんだ。せめて」
「意識をたもったままワームホールを抜けるのは──」
「わかってる! 耐えてみせる」
「死なないでくださいよ、三ノ輪さん。あなたに死なれたらマンサメリケスに私が殺されます」
「マサメを未来へ送りだす事実をボクが観測する。それまでは絶対に死なない。いこう、スラリンガン」
ボクはあの地獄の責め苦へ、ふたたび飛びこむ決意をかためヘルメットをかぶり、バイザーをおろした。
「やれやれ……これはまた強情なシュレディンガーの猫だ。事故で死なれるくらいなら、いっそ……」
「え?」
どうしたことか? スラリンガンがボクに銃を向けた。
「正直にいいますが、私が救助したいのはミノウタスの人間だけ。日本人はどうでもいい」
「なんだって!」
銃声がとどろき、バイザーに液体が飛びちった。おそらくはボクの血液だろう。
──嘘だろ? 胸に穴のあいたボクは次第に意識がなくなっていくことを感じた。そして目は開いたままなのに、なにも見えなくなり、耳は……。
(つづく)
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