18 武蔵坊弁慶

 カレーを煮ていた大鍋が空になるまで食いたおした(主にマサメと山村刑事)ボクたちはつかず離れず、思い思いの場所でスラリンガンのいれてくれたアイスティーを飲んでいた。

 さて、これからが本番である。ボクは話があるからといって全員を集めた。当然のことであるが、どの顔も真剣そのものである。家族の命運について語りあわねばならないのだから。

 ボクはまず、ひとりどこ吹く風といったたたずまいのスラリンガンにミノウタス語で質問した。

「あんたはマサメを本国へ奪還するのが目的だったはずだ。なぜボクらを眠らせたとき、そうしなかった?」

「そうですね。マンサメリケスにはこの国で、なにかしらの目的があるように思えたもので。それがかなったあとでもいいかな、そう考えました。なんなら手助けしますよ、あなたの望みを教えてくれたらね」

 スラリンガンはマサメを見る。

「教えたところで信じやしないよ」

 ぶっきらぼうにこたえるマサメ。刑務所に拘束されたとき、相楽や柴門博士、そのほかの科学者たちにも鼻であしらわれたことで、こりているのだろうか?

「マサメ、スラリンガンは信じると思うよ」

 ボクがいうと、マサメは眉根をよせた。

「なんでだ?」

「スラリンガンも未来人だから。そうだろ?」

「なんの話かな?」

 とぼけるスラリンガン。

「サトル、本当か?」

にはミノウタス語が理解できない。あんたが黙っていてほしいのならそうする」

 イライラしながらボクらの会話をながめているしかない、、美晴と山村刑事。

「想像にまかせます。われわれの隊の規定では出自の質問には一切こたえることはできないのでね」

「そう。まあ、わかった」

 スラリンガンは案外、正直者なのかもしれない。もはや認めたも同然である。

「それで? マンサメリケスの目的は?」

「……私のいた百年後の未来に人類は滅亡する。しかしこの時代から準備をはじめれば、全滅を回避できるかもしれない。そのことを科学技術の最先端をいく科学者たちにうったえたいんだ」

「なるほど……それはなかなかに難問ですね。ただ百年後に人類が絶滅するって話、即座には信じられない。というのが本音ですが」

「よくいうよ、あんた──」

 毎度おなじみのごとく山村刑事と美晴がボクらの会話にわって入った。

「日本語で話せよ!」

「私たちの家族が危ないのよ!」

「わかってる、ちょっと待って。ではスラリンガン、マサメの願いがかなうまでは味方してくれると考えていいんだな」

 ボクが日本語でたずねると、スラリンガンは右手を差しだしてきた。

「信用してください」

「信用する」

 ボクは彼と握手した。そしてマサメにスラリンガンと手を組むとミノウタス語で告げた。マサメはカレーライスでづけされたのか、信用するといったボクを信頼してくれたのか、大きくうなずいてくれた。

「ただしことがすみしだい、本来の任務に復帰しますよ。すむのかどうかは疑わしいところですがね」

「いいよ。ではスラリンガン、ボクが日本語で話すことを、マサメへ正確に同時通訳してくれ」

「はい、正確にね。わかりました」

 ボクは一同を見わたし、まずはマサメが未来人である(スラリンガンについてはふれなかった)ことと、彼女の悲願について山村刑事と美晴に説明した。

「…………」

 絶句するふたり。今、聞こえるのは河川をおだやかに流れる水の音とセミしぐれ、空をいくトキや小鳥の鳴き声だけであった。

「……イルミネーターが未来人? そんなバカな! まだエイリアンだといわれた方が納得がいく」

 顔をクシャクシャにゆがめてかぶりを振る山村刑事。まあ、当然の反応であろう。

「悟?」

 驚がくし、目を見開いた美晴がいった。

「なに?」

「悟は信じているの? マサメさんが未来人だって」

「ああ」

「そっか……刑事さん」

「なんだ?」

「悟って人はね、ひどい男なの。わたしが彼を好きだったから、わたしを好きなフリをしてたような男。よくいえばやさしい人、悪くいえば適当? 優柔不断? とにかく最低な男なの」

「な、な、なに、美晴、なにを──」

 聞けばスラリンガンはそのままをマサメに通訳している! まて! まちなさい! ボクは全身を弓矢で射られて立ったまま絶命したといわれる武蔵坊弁慶の気分であった。しかし美晴の速射砲はとまらない。

「だけどね、物理や研究は好きじゃないとかいって、専門用語も数式もおぼえないで留年しかけたりもしてたのに、本質的には科学に真剣に向きあう変人なんです。悟って男は」

「もう、やめて……」

「だから刑事さん、タイムマシンだかタイムリープだか知らないけど、方法はどうであれ、マサメさんが百年後の未来からきたと悟が信じているのなら……私も信じます」

 ──え? 美晴?

「だって悟は科学に対しては、絶対に嘘をつけない男ですから」

 美晴!

「私には嘘、つきまくりだったですけどねー」

 ボクはとどめの矢を脳天に食らい、ガックリとひざを落とした。そんなボクを、マサメは白い目で見つめていた。正確に通訳しろとスラリンガンにいったことをボクは死ぬほど後悔した。

 スラリンガン! 少しは意訳しやがれってんだ! 

                            (つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る