27 本番前のひととき

 翌朝。ボクらは仮死状態から目ざめたハジメンにたたきおこされ、問題提起をされた。なにが問題なのかというと、それはマサメのストリート系ファッションコーディネートにあるのだという。

「今の姿で生放送に登場しても視聴者は、マサメさんがテレビで見た、あの『イルミネーター』であると認識できない。サンタマスクを倒したときの白いニット帽にサングラス、白いマスクにツンツルテンのリクルートスーツ。あの姿からはじめないと、はなからニセモノ、たとえば売れない長身の芸人を連れてきたと疑われる可能性が大だ!」

 明け方近くに寝たボクが避難小屋でゆりおこされたとき、スラリンガンはすでにワームホールを抜けてカナダへとたったあとであった。頼りになる猫型ロボットがいなくなったという事実がハジメンを名プロデューサー、総監督へと押しあげたのかもしれない。確かに彼のいうことには説得力があった。

「だからといって、どうする?」

 山村刑事がいうと、ハジメンは右手の親指をサムズアップする。

「白じゃないが、ベージュのニット帽ならオレがもってる。サングラスもユーパイプ動画用に何種類か常備してある。マスクは、スラリンガンがスーパーで大量購入してくれた物がある。さて問題は?」

「リクルートスーツね!」

 元気よくこたえる美晴。しかし、その顔が一瞬でくもった。今は生本番のほぼ一時間半前の午前十時三十五分を過ぎたあたり。富士の樹海からつるしのスーツを買いに町へでたとしても、配信が開始される正午にはとても間にあいそうにない。スラリンガンのワームホールを使うすべはボクらにはないのだ。

 このときハジメンはしわをよせた額に指を一本あてて、思案にくれたような顔をしたあと、プアッと口を開いて、わりあい新しい板で組まれた天井を見あげた。

「えー、この時間から上下そろいのリクルートスーツを手に入れることはまず不可能ですぅ。しかし、この中にはひとりだけスーツを着こんでいる人物がいます。確かにフレッシュなリクルートスーツとはいえません、むしろヨレヨレですが……見立て、という意味でならマサメさんに着ていただいてもいいんじゃないでしょうか?」

 それはどう見ても二十年ほど前に流行した刑事ドラマの主人公、えりあしの長い警部補の口まねであった。ボクは再放送で何度か見たていどであるが、なかなかうまい。さすがは超一流のユーパイパーである。

「俺のことかよ、ハジメン警部補」

 山村刑事は苦笑いをうかべながらハジメンをにらむ。彼もドラマを見ていたのだろうか。

「はいー、刑事さん。あなたしかいませぇん」

 とがったような手のひらを山村刑事に差しだすハジメン。

「もういい。服をかえよう、マサメさんがいやじゃなければな。汗くさいし、ドロドロだぞ」

 ボクが翻訳すると、マサメはニッコリと山村刑事にほほえみかけた。

「それはお互いさまだとマサメはいってます」

「そ、そうか」

 なぜか一瞬、ポッと頬を赤くする山村刑事。

「どうしました?」

 ボクが聞くと、山村刑事はいやいやと手を振りながら笑う。

「いや、なんか今日のマサメさん、いつもにもまして生き生きとキレイな気がしてな」

「あ、私もそう思ってました!」

 美晴も山村刑事に同意する。もはや名コンビである。

「だよな!」

「はい、刑事さん! ところで、悟……」

 美晴がボクに、なにか意味ありげな目を向けた。

「なに?」

「夕べ、マサメさんとなにかあった?」

 す、鋭い! しかしなんだ? このなごやかさは? 緊張感のかけらもないぞ。ボクは、なにもないと美晴にこたえながら、ニコニコしているハジメンを見た。生放送本番前のこのリラックスムードを彼がプロデュースしているのだとしたら大したものだ。見た目はチャラ男だけど、将来マサメのおじいさんになるらしき男は、実は大物なのかもしれない。となると美晴の男を見る目も確かなような気がしたが、ボクなんかとつきあったくらいなんだから、そうでもないのだろう。

 そんなわけで、山村刑事のスーツとマサメのストリート系ファッションを交換することとなったのであるが、ボクら男どもが避難小屋をでるさいマサメはもう、「着がえをのぞくなよ」とはボクにいわなかった。それがなんだか少しばかり、嬉しいような、さみしいような気がした。

 もとは米兵が着ていた服なので、山村刑事の方はなかなかにフィットしていて似あっていたのだが、マサメの方はそうはいかなかった。身長は同じくらいなので丈は問題ないのだが、骨太な柔道選手の山村刑事と細身のマサメでは体格が違いすぎた。ボクらは大わらわでブカブカのスーツにハサミで切りこみを入れ、ガムテープで裏地から補強するなりして、なんとかマサメをサンタマスクと対峙したときのイルミネーター、ツンツルテンのスーツ姿を再現することに成功した。

 自身の服にハサミをバサバサ入れられた山村刑事は複雑な表情をうかべていたけどね。

 

 ──そして、さあ! 正午まであと一分。いよいよ「ユーパイプ作戦」生本番がはじまる!

                            (つづく)

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