28 イルミネーター・イズ・バック
ポッポッポッ、ポーン。
『正午です! みなさんどーも、ハジメンです。ハジメンの初めての生配信、これは
固定カメラの前で
美晴がタイミングを見はからってマサメの背中を押した。カメラの前で、はすにかまえた昔のヤンキーみたいな顔をドアップでキメているハジメン。その背後からつかつかとマサメが歩みよってくる。気づいていないフリで話をすすめるハジメン。
『なんていうのは嘘! 見てください、お願いします。そして動画拡散と登録ボタンをポチポチと! なにしろイルミネーターとの世紀の対談がここ、都内某所にておこなわれようとしているんだ、これを見ない手はないよ。さすがのオレも……緊張をかくせません。もらすかもしれない。もらしたらゴメンね!』
元気にはしゃぐハジメンのうしろへとさらに近づくニット帽にサングラス、マスクにリクルートスーツもどきのマサメ。
都内某所と設定したのはボクであった。まずマスコミと政府の注意を樹海からそらしたかった。野次馬でも集まってこられたら対処のしようがない。視聴者やボクたちの追跡者たちが、周囲の緑を八王子や奥多摩あたりの東京都下の風景だと勘違いしてくれればおなぐさみであると考えたのだ。いずれバレるにしても時間はかせげるだろう。
『てなわけで──』
マサメが無言でハジメンの肩をたたいた。ひぇっ!と声をあげて大げさに驚いてみせるハジメン。
『お、お待ちしておりました、イルミネーター。初めましてハジメンです。今日はよろしくお願いします』
ハジメンが差しだした右手を軽く握るマサメ。
『さっそくで申しわけありませんが、質問させてください。あなたは本当に本物のイルミネーターなのですか? マスコミの発表ではあなたは死んだとされていますよね? なにか証拠となるようなものなんかお持ちじゃありませんか?』
「…………」
マサメはなにもいわず、抜けるような青空を指さした。
『空ですか? 空がなにか?』
マサメはシッシッと固定カメラ側へとハジメンを追いやり、デジカメを三脚から引きぬいて彼に持たせた。
『ああ……手持ちのカメラで撮れということですね?』
うなずくマサメのアップ。ここはリハーサル通りである。
『さあ、イルミネーターはいったいなにを見せてくれるのでしょうか? 楽しみです。手持ちなんで映像がぶれたらゴメンね!』
チャラくいいながらもカメラを持つハジメンの表情は真剣そのものであった。この一発目のアトラクションが重要なのだ。ここで視聴者の興味をつかめなければ、この動画は失敗におわるだろう。
マサメは長い腕をブラブラとゆらしながらハジメンから十分な距離をとると、カメラに向かってサムズアップする。するなり土をけってジャンプ! ここはハジメンの腕の見せどころである。空中高く、約五メートルほども飛びあがるマサメの姿をノーカットでとらえなければならないのだ! 着地したマサメはつづいてジャンプ! 二度、三度、四度!
ハジメンのカメラはまずロングショットで跳ねるマサメをうつしてトランポリンなんてものは使用していないことを示し、ズームで高木の葉をバックに華麗に回転する彼女を見事にとらえている。ノートパソコンでユーパイプの動画を確認していた山村刑事、美晴、そしてボクは思わず、おおーっとハジメンのカメラワークの的確さに声をあげてしまう。
動画上に流れるコメントは『うそだ、うそだ』『マジか』『マジ、イルミネーターやん!』『びっくりすぎて草』『笑、笑……沈黙』などとそれなりに盛りあがっている。現在、視聴者数は四千六百五十一人。しかし、まだまだ。これからだ!
最後にマサメは木から木へと飛んで駆けのぼり、十四、五メートルほどの高さの枝をチョップでたたき折って大地へおりたった。そしてふさふさと葉のついた二メートルサイズの枝を片手で振りまわしながらハジメンへと近づいていく。ここでボクの出番となる。ハジメンからカメラを受けとると、イルミネーターとハジメンのツーショットを画角におさめるカメラマンとなるのだ。
『いや驚きました! まさにイルミネーター! 本物です!』
ここでマサメはたった今、へし折ったばかりの大ぶりな枝をハジメンに突きつけた。なんとなく受けとったハジメンは、枝の重量にたえられず、その場に尻もちをついてしまう。
『重い! 助けてイルミネーター!』
マサメは彼の胸の上の枝を無造作にわしづかみすると、そのまま二百メートルほど背後へと投げとばした。ボクは投げた彼女をフレームに入れこみつつ、ロケットのように飛んでいく枝葉を画面におさめる。フォーカスはマサメから宙をいく枝へとあわせる。どうだ! これでマサメが本物のイルミネーターであるということを疑う者はいなくなるだろう。
「悟、まずい。ピントがブレブレ」
パソコンで生放送動画をチェックしていた美晴が小声でいう。そうなの? ボクはカメラマンには向いていないようだ。ハジメンは笑顔でボクからカメラを奪いとると、大木に手をかけて、はんなりとしたマサメの立ち姿をグラビアアイドルふうにうつす。
『イルミネーター。あなたはイブの夜に突如として現れた無差別殺人犯人、サンタマスクを倒したことで有名になったわけですが……この生配信の企画として、あのときの再現をお願いしたいと思います』
こいよ、と首だけで返事をするマサメ。金属バットをもったボクは獅子舞いのゴムマスク、山村刑事は銀色の宇宙人マスクをかぶってマサメに近づいていく。ちなみにバットやゴムマスクは、いつでも動画で使用できるようにとハジメンが常に携帯していた小道具である。まずボクはバットを振るい、落ちていた枝を全力で粉砕してみせた。そして近くの樹木の幹へと思いきりバットをたたきつけた。コン! つき抜けるような金属音! ボクなんかの腕力では木の肌を軽く傷つけることしかできないが、それでも本物の金属バットであることは視聴者にも伝わったはずである。
『おおっと、これはヤバいぞ! 二対一だ!』
撮影をしながら、このアトラクションをあおるハジメン。ジリジリとマサメに迫るボクと山村刑事。元オリンピック柔道選手の山村刑事は素手でマサメと対峙している。差別をするつもりはないが、女性相手に武器を持つのはいやだと彼が断わったからである。マサメは片手をちょいちょいと折り、ボクにきなよと挑発してみせる。
「サトル、本気でなぐれよ。嘘くさいと視聴者に思われたらブチこわしだからな」
「だけど……サンタマスクを倒したときとは基礎体力が違うんだ。骨がくだけるかも……」
「だからサトルに頼むんだろ?」
「え?」
「あんたなら、あとで半殺しにしても許してくれるだろ?」
「なんじゃ、そりゃ?」
「本気でこい。私は痛くても受けとめるからさ。昨日の夜みたいにな」
照れたように笑うマサメ。
「……痛かったのか」
「痛いに決まってるだろ?」
「だよね」
「今回は私も本気で反撃するからな。覚悟しとけよ」
「わかった……覚悟、した」
「うん」
これが生配信直前のボクとマサメの会話。腹をくくった獅子舞いマスクのボクは土を蹴ってダッシュし、悲鳴をあげながらマサメの脳天に金属バットを振りおろす。むろんサンタマスクがナタで彼女を襲ったときの再現である。
ガキン! あのときと同じように、マサメは右腕でバットを受けとめた。サングラスとマスクで表情は見えないが、苦痛に顔をゆがめているに違いない。この役はつらすぎるよ! なんて思う間もなくボクはマサメのまわし蹴りをもろに受けてふっ飛んだ。大木に打ちつけられて脳震とうをおこしそうになるボク。
『おお! 金属バットがへこんでいる! さすがはイルミネーター、なんでこんなに超ハードなの! イルミネーターの骨はダイヤモンドなのか? その秘密は!』
興奮して叫ぶハジメン。ここで宇宙人マスクの山村刑事がマサメのふところを取り、大内刈りを決めて投げおとし──かけたのであるが、彼女は長い足を山村刑事の首にかけて両腕を大地について、逆に宇宙人マスクを足だけで投げとばした。しかしボクなんかとは違い、山村刑事は即座に体勢をたて直してふたたびマサメを倒しにかかる。彼もまた彼女から本気でこいと頼まれているのだ。が、真横に跳んで木を蹴ったマサメは三角形を描き、山村刑事の顔面にキックをくらわせた。たまらず、バタンと倒れた銀色のマスクの口から赤い血が流れでる。なんとなくシュールな絵面であった。あちゃーといったように、宇宙人マスクにかけよるマサメ。
『強い、絶対に強い! 獅子舞いマスクも宇宙人マスクもオレのスタッフなんだけど……イルミネーターに挑むには百年早かったみたいだ! ──ところでみなさん! イルミネーターの素顔を見たいですか?』
ハジメンは自分の耳に手をあてて視聴者の反応をうかがう。ノートパソコンのモニターは『見たい、見たい、見たい、見たい』の弾幕で埋めつくされている。視聴者数はこの時点で一万五千人をこえていた。
『では、よろしいですか? イルミネーター』
山村刑事を抱きおこしていたマサメは彼の介抱を美晴にあずけると、ハジメンのかまえるカメラの前にゆっくりと進みでた。ここでせっかちになってはいけない。視聴者の期待値が十分に上がったのち、顔だしすること。これがプロのユーパイパー、ハジメンの演出である。
『ではイルミネーター、正体を……あかしてください』
マサメはまず、白い使いすてマスクを取ってシュンとしたあごのラインと口もとをさらした。ついでベージュのニット帽をぬぐ。彼女の栗毛色の髪がバサリとおちた。最後の黒いサングラスを外すと、ユーパイプの画面はお祭りさわぎになった!
(つづく)
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