29 ハジメンとマサメン

『女? イルミネーター、女子かよ!』『目、デカ! 顔、ちっちゃ! グレイエイリアン?』『グレイは頭でっかちだよ』『けど、うしろ頭がとんでもないことに!』『CGだろ?』『生放送でCG? そんなことできるの?』『生配信って嘘だろ、ハジメン!』『アニメだ、これは二次元キヤラだ』『メーテルーっ! By鉄郎』『こんな三次元美女あり? 実にけしからん!』

 イルミネーターが女性に見えることに衝撃をうけたような、さまざまなコメントがユーパイプ画面上を流れていく。

『はいはい、注目! エイリアンでもなければ、CGでもないよ。アニメじゃない、現実だよ、生配信だよ! さあ、みんな! イルミネーターのメッセージを聞きましょうか?』

 ハジメンが目をやると、マサメは力強くうなずいた。

『ちょっとまった!』

 獅子舞いマスクをかぶったままのボクが、カメラの前に踊りでた。

『おいスタッフ、ですぎたまねをするな!』

 わざとらしく怒ってみせるハジメン。

『さっき知ったのですが、イルミネーターは日本語を話せません。ボクが同時通訳をします』

『ああ、そうなの? キミ、やってくれるの?』

『はい、ハジメン。で、彼女の話す言葉は以前、マスコミでも紹介されたミノウタス公国の言語です。ボクの通訳があやしいと思われる方は録音でもでもなんでもしてミノウタス語にくわしい人に、ボクが都合のいい嘘をついてないかを確認してもらってください。ボクはできるだけ誤訳をしないつもりで、この大役をつとめますので』

『あのねキミ、はダメ、絶対!』

『ですよね。すいません……』

 これもボクらの戦略である。米国や日本政府の圧力でアーカイブが残される可能性はきわめて低い。違法でもなんでもいいから、この動画が生き残ることが重要なのだ。家族を守るために。そしてボクらの孫子まごこの世代、百年後の未来のために。

『さっきはキミ、イルミネーターの一撃で轟沈していたけど、今度はがんばれるんだね?』

『はい! 精いっぱい精進しょうじんします、ハジメン』

 状況を説明しおえたボクは、マサメの第一声を心してまった。

 ──がんばれ、マサメ!

『……私の名前はマンサメリケス・ナイトウ。親しい友人はマサメと呼んでくれた。この時代じゃ「イルミネーター」なんて野暮やぼったい名前がつけられているようだが、まあ親しくなくてもいい、私のことはマサメと呼んでくれ。この動画を見てくれているあんた方とはさ、これから友だちになればいいんだから』

 ユーパイプ動画を視聴するネット民は大きくどよめいたようだ。

『マサメ』『マッサンでもいい?』『ハジメンとマサメン』『マサメさーん』『お友だちになりたいわ!』などというコメントが怒涛のように画面を埋めつくす。中には『アマゾン、トモダチ』なんて意味不明なコメもあったけれど。

「おお!」

 美晴が声をもらす。なんと視聴者数が二万人を突破したのだ!

『イルミネーター、いえマサメさん。まず聞かせてください。ナイトウ? あなたは日本人なのですか? いやそれ以前にそもそもあなたは人間なのですか?』

 ハジメンの問いに、マサメは顔をしかめてチッと舌打ちする。

『人間だよ! 日本人とミノウタス公国人とのクォーターだ。文句あるのか?』

『ありません、すいません!』

『そうやってさ、ちょーっとほかの人と違うからって特別視するのはよくないぞ、ハジメン』

『反省します! 差別ダメ、絶対!』

『その差別を推奨する、そんな連中に拉致されて、私は実験動物みたいなあつかいをされかけた』

『拉致? 実験動物? こうしてお話している限り、マサメさんは確かに変わってはいるけれど……いや、先ほどは本当にごめんなさい。あなたは人間、そして……美しい女性だ』

 ハジメンの発言はルッキズムに批判的な世間一般の風潮に反するかもしれない、よけいなアドリブをはさむんじゃない! そんな理由で、動画が強制終了させられたら目もあてられないだろが。それにボクは日本語訳にミノウタス語訳、ふたりの会話を成立させるために大わらわなんだから!

『ありがとう』

 嬉しそうにほおをゆるめるマサメ。おまえもそんな場合ではないだろが! 

 ところで──マジ? なんと視聴者数が五万人をこえた。

『マサメさん、あなたは埼玉県で高木の枝を渡って逃亡するさなか、川に落ちて死んだと報道されていました。これについてはどうお考えですか?』

『どうもさ、私を人間兵器だと勘違いして、秘密裏に研究しようとした悪の組織が流したデマらしいよ』

『なるほど。サンタマスクとの対決のあと消息を断ったイルミネーター、もといマサメさんの動向をつかめなかった日本のマスコミも、そのうわさに飛びついたわけなんですね。謎のイルミネーターの存在に、いちおうの決着をつけるために』

『それはどうかな。私は日本のマスメディアについては、よく知らないからさ』

『ところでマサメさん、あなたがメディアから消えて約一か月間、どうやって生きのびてきたんです? あなたが最後に目撃されたとき、一緒に逃げた若い男性の姿が確認されていますよね? ネットの書きこみでは彼こそがマサメさんをバイオロジー技術で人工的に造りあげた某大学の研究員だともいわれていますが? あなたはこの一カ月、彼の庇護のもと、水や食料をあたえられていたのですか? 彼はいったい何者なのです?』

『仲間だ……最愛の』

『最愛? なに! マサメさんは彼を愛しているのですか?』

 ハジメン! だからアドリブはやめてくれ! さらにふえた七万人の視聴者の前でマサメになにをいわせる気だ!

『…………』

 こたえないマサメ。ネット上では『いっちゃえ!』『マサメさん、かわいい』『恋するイルミネーター』などのコメントがあふれる。

『オレ、少しばかり嫉妬しますね。その彼に』

『はぁ?』

『オレもマサメさんにホレそうだから!』

「──はぁ!?」

 マサメ以上にギロリとハジメンをにらむ美晴。かなり怖いんですけど!

『マサメさん』

『なんだよ?』

『正直、オレはあなたを人間だとは思っていなかった。だってあなたは人知を超えた存在だから』

『…………』

『だけどあなたは兵器なんかじゃない、人間だ……今、オレは心からそう思います』

『ふん、あたりまえだ。最初からそういっている』

 なかには当然アンチ的なコメントもあるが、視聴者はおおむねマサメに対して好意的なようだ。まずまずいい感じ!

『でした。しかしあなたを拉致して実験動物あつかいしようとしたという悪の組織は、彼に対しては寛容だったのですか? 彼の安否が気になるところですが』

『うん。サトルは無事だよ』

『サトル? 彼の名前はサトルというのですね? それは本名ですか?』

『ああ』

『いいんですか? 本名をあかしちゃって』

『いいんだ。ネット上ではどうせバレてると聞いたし、サトルも了解している』

『そうですか、彼が無事でなによりです』

『ありがとう』

『では、切りかえていきましょう! ここからはみなさんお待ちかね、マサメさんに対しての一問一答、Q&Aコーナー!』

 ハジメンはホイッスルを吹いて、パフパフラッパを手もとで鳴らした。

                             (つづく)

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