8 拷問
「おめざめかな?」
外部のモニターで見ていたのだろう、マサメが意識を回復するなり内閣機密調査室の男、相楽がボクらの監禁されている室内へと入ってきた。どうして軟禁ではなくて監禁かというと、ボクもマサメも床に固定されているらしきイスにすわらされ、両手、両足を拘束されていたからだ。顔をあげたマサメは、状況を把握するとボクを見て、留置場と思しき周囲を一望、そして相楽にかみついた。
「……どういうことだ、サガラさん!」
「どうもこうも、あなたは柴門博士に対して暴力行為をはたらいた。いいいましたよね? 日本は法治国家だと。傷害事件を犯せば、拘束されるのは当然です」
「ほう? ならばサイモン博士が犯した私への人権侵害はどうなる? あいつは私をひとりではなく一匹といったんだぞ」
いいながらマサメは、ひじ掛けにおかれた両手首にかたく食いこんだ金属の拘束具を、筋肉をふくらませてガシガシと引きちぎろうとする。
「ああ、無理をしない方がいい。マサメさんの骨密度がいくら鋼鉄なみに高くても、皮膚が裂けて筋肉も筋も使いものにならなくなりますよ。一週間で製作した急ごしらえの拘束イスですが計算上、まあいくらマサメさんでもそれは外せません。DODの技術ですしね」
DOD? 確か、アメリカ国防総省の略称のはず。なんでアメリカの技術が青森の刑務所に? いやな予感が走るボク。
「くそが!」
相楽をにらむマサメの深緑色の目に真紅の闘志がやどったような気がした。無茶はするなよ!と思うボク。彼女が力まかせに剛腕を振るえば手首がもげてしまうかもしれない! そう思えるほど相楽の態度は余裕しゃくしゃくである。
「落ちつけ、マサメ!」
「わかった」
マサメはひとつ息をはいて、唇をねじまげた。
「さて柴門博士による人権侵害の件ですが、これは冤罪といえるでしょう。いいがかりです」
「いいがかり!?」
「ええ」
「なんでだよ!」
「あなたには現状、戸籍も国籍もない。ミノウタス公国にも問いあわせてみましたが、マンサメリケス・ナイトウという人物に該当者はいませんでした」
「あたりまえだ! 百年後からきたんだといってんだろ!」
「いやはや、世界各国の研究機関の注目を集めてしまったせいで政府もあなたの収容施設をどこにするべきか、相当に頭を悩ませたんですよ。今にして思えば刑務所にして正解だった。監禁されるべきでしょう。暴力を肯定する人外などは」
「人外? 人じゃないってことか?」
「はい。現時点では」
「なんでだよ!」
「あなたがヒト科、霊長類のメスであると信じるにたる証拠をつきとめるよう柴門博士にお願いしていたのですが……残念ながら、いまだに見つかっていません。あなたが彼の頬骨と前歯を砕いてしまったのだから仕方がありませんがね」
「だから、あいつは初めから私を自分のものさしでしか──」
「つまりマサメさん、あなたは人間であるという確証の得られていない希少な……そう私が子どものころに再放送で見ていた特撮テレビ番組にでていた生物の呼び名がふさわしいと思うのですが」
「それはどんな名なんだ?」
「はい。それは確か、人間モドキでした」
「どこまでコケにする気だ……」
相楽は、もうハッキリとマサメを人ではないと、だから人権がないんだと宣言してしまっていた。マサメ、こらえてくれ! これまでみたいに暴れようとしたら、本当に手首から先がなくなるぞ!
「マサメ!」
どなるボク。
「なんだよ!」
「今はこらえろ! ボクが知ってる! マサメはヒト科の霊長類で、それで女性だ!」
「だけど、サトル!」
「だから、マサメ! こらえろ」
「……わかったよ」
あはは、と引きつったように笑いながら(笑いなれていないらしい)相楽が手をたたいていた。
「すばらしい! おふたりの関係はまさに
ミノウタスの言葉でおらぶ相楽。
「なにがだよ?」
ボクがいうと、相楽は本当に楽しそうに腰を折って笑いながらいった。
「いえ、マサメさんになぐられた柴門博士は、単なる希少な実験動物、仮称『イルミネーター』であって人ではないと認識しているのにもかかわらず、訴訟をおこすと政府へうったえてきた」
「…………」
無茶苦茶である。人ではない者へ、どんな訴訟をおこすのだ?
「にもかかわらず三ノ輪さんとマサメさんは、互いに互いを霊長類ヒト科のオスとメスだと信じきり、円満具足、愛に満ち足りた会話をしている。これはおもしろい。客観的に見て双方の対比が、申し訳ないがおもしろすぎる」
相楽は、あいかわらず引きつったように笑いころげている。ボクはこれにけっこうムカついたんだよね。
「ボクはマサメがワームホールからでてくるところを見たんだ!」
「三ノ輪さんはワームホールとやらを再現できますか? 実証が不可能な事象ならば、ただの妄言、たわごとで片づけられても仕方ない。とくにあなたが在籍している大学の研究室などでは。情なんぞはさむ余地のない科学の分野ではね」
「理屈はなんども説明しただろ!」
マサメがどなった。
「ブラックホールと、誰も見たことがないホワイトホールやワームホールの融合ですか? しかもマサメさんは美容師であって科学者ではない。テレビやPCをあつかえても、造ることはできないただの一般人。だったですよね? 未来からきたというあなたの妄想を信じるとしたらですがね」
「妄想、だと……」
「過去へのタイムトラベルが、現在からたったの百年後に可能になるとは到底考えられないと、世界中のどの物理学者も口をそろえていっています。数式で示されないかぎり、政府の公式見解として認められるわけがない。つまりは妄想ですね」
「…………」
ボクもマサメも、くやしいが相楽に反論することができない。内閣調査室なんてよくわからない機関に所属するエリートを相手にして、落ちこぼれ学生で雑用係のボクなんかが勝てるわけがないのだ……けれど、だけど!
「ところでマサメさん。あなたがわれわれに協力してくれると約束すれば、ただちに拘束を解きますよ」
「本当か?」
「ええ。政府はたびたび領海侵入をくり返す中国や領土問題をかかえ、あまつさえ他国へ侵攻したロシアとではなく、日本に軍事基地をもつアメリカとの共同研究を決定しました。長期的な視点で見れば当然のことですが」
「どういう意味だ?」
「あなたのように
ボクは思わずかっとなってしまった。
「軍事になんかまるで関係ないのに、少しでもつながってしまう可能性を見つけては難くせつけて、国ぐるみでさんざん意義のある研究をつぶしてきたくせに!」
「三ノ輪さん、それは前にも聞きました」
「何度だっていうぞ!」
軍事科学に転用されるおそれがあるからといちいち研究にストップをかけられる国内に嫌気がさして父さんは海外へでたのだ。そして死んだのだ。
「おやおや。強気ですね? 諸外国に対して弱腰であるとか、力強い決断のできるリーダーがいないとか、マスコミやネットにおもねってばかりいてふがいないとか、わが国の政府をそんなふうに軽く考えているからとれる態度なんでしょうね?」
「そこまではいわないけど……」
しかし、だいたいそんなイメージである。
「三ノ輪さん、思い違いもはなはだしいですね。一個人が国家のやりようにたてつくなど、どうあがいても無理なのです」
「それは、そうなんだろうけど」
そうなんだろう。だからマサメは死んだことにされ、そしてボクらは監禁されているのだ。
「さて、不毛な会話はここまで。マサメさんを被験者として、アメリカ主導で生体軍事研究をすることは、すでに国家の決定事項です。ご協力、お願いします」
「なんだかよくわからないが、私はお断りだ!」
マサメは当然、人間兵器のようなあつかいをされることには我慢ならないのだろう。
「しかし協力していただけないとなると、三ノ輪さんが苦しむこととなりますが? こんなふうに」
相楽はデスク上においてあった細長いスティック状のリモコンを手にすると、そのスイッチを押した。
「う、うわぁああ!」
ボクは悲鳴をあげていた。この拘束イスは、電気イスでもあったのだ!
「なんだ? よせ、サガラ! やめろ!」
叫ぶマサメ!
「ただの電気イスではありませんよ。別のボタンを押しつづけることで手足の拘禁金具がどんどんしまっていきます。マサメさんのように強靭な肉体をもたない三ノ輪さんの腕や足は簡単に引きちぎれるでしょう」
「ああああああ!」
これまで生きてきた中で、これほどの苦痛を味わったことはなかった。と、あとになって思ったが、あのときはどんなことも考えられる余裕はなかった。
「わかった! サガラさん、協力する! 約束する! だからサトルを助けてくれ!」
マサメが必死にうったえてくれている、ようであるがボクの死にそうな痛みはおさまらない。
「本当かな? マサメさん」
相楽は笑みをうかべながら、もはや失神状態で小便をたれ流していたボクとマサメの間で視線をいったりきたりさせていた(らしい。マサメからあとで聞いた話では)。
「本当だ! なんでもいうことをきく! だからやめて!」
涙ながらにうったえるマサメを見て、相楽はリモコンのスイッチから指をはなした。ボクはかろうじて意識をたもっていた。最初からギリギリ人体が耐えられる限界の境界線あたりを責めていたのだろう。この卑怯者のサディストが! ボクは生まれてはじめて他人に対して殺意をおぼえた。
「確かミノウタス公国には一度誓った誓約をたがえた者は鞭打ち千発にあたいする、そんなことわざがありましたよね? マサメさん」
全身のしびれと痛みでボロボロと流れでる涙でゆがむ視界の先で、相楽の得意げな顔もゆがんで見えた。こいつ、マジ、殺したい!
「守るよ、約束は──」
いいかけたマサメの言葉がおわらぬうちに、どこからなのか爆発音? 炸裂音? とにかくものすごい大音響がとどろいた! そしてたくさんの人のどなり声、さらに断末魔のような悲鳴、銃声? しかもマシンガン? さまざまなうねりのような交錯が、ボクたちのとらわれた監房をとりまいていた。これにはさすがの相楽もポーカーフェイスではいられないようで、なんと、スーツの胸元から拳銃を抜いて(拳銃! ここ、日本だよね?)腰を落として鉄扉を薄く開き、周囲を確認するとボクらに視線を送る。
「しばらく待っていなさい」
そして電気錠がかかる電子音とともに、これまで見せたことのないような精悍な顔つきで室外へとでていった。相楽はかつて日本大使のMPだったといっていた。若いころの血でもさわいだのだろうか? どうでもいいけど。
「だんだんだ……」
なんなんだ、といいたかったのだが、ボクはろれつがまわっていない。
「大丈夫か? サトル」
マサメが涙目のままでボクを見た。ガクガクとふるえ、まだ電気ショックの後遺症が残っているらしいボクがうなずくと、マサメはくやしそうにコンクリートの床へ目をおとした。
「すまない、サトル」
「だんでバサメがあやまる?」
くそう。手が動けば自分のほおに活をいれたい。
「だって私がサトルの前にでてきたばっかりに、あんな拷問みたいなまねをされたんだ」
「ぢがうよ! そでは違う! バサメはなにも悪くない!」
だんだん口がまわりはじめた。
「でも、あんな──」
「マサメ、ボクは大丈夫。それよりも逃げだす方法がないか考えよう。なんか、ヤバいことに──わっ!」
天井の小さなあかり取りのガラス窓に、ブァっと真紅の液体が飛散すると同時に、ゴトンと見てはならないようなものがへばりついた。それは、ボクを拘束した自衛官のひとり、その血まみれた顔であった。
「サトル……」
不安そうなマサメの声。当然、殺された(らしい)自衛官の姿はマサメにも見えていた。なにかがおこっている! おそらく「青森極北刑務所」は、なにものかに襲撃されているのだ! 囚人はすべてよその監獄へ移送されたはずだから、狙われているのはマサメだ! それしかない!
「くそ!」
ボクはむだだとは知りつつもガンガンと手首の拘束具に抵抗をこころみる。なんとか、なんとかしないと!
電子ロックがはずれる音とともに鉄扉が開いて、黒のスーツやワイシャツを鮮血に染めた相楽が監房へ倒れこんできた。悲鳴をあげるボクとマサメ!
「サガラさん!」
「相楽さん! なにがおきてるんだ!」
叫ぶ、身動きのとれないボクとマサメ!
「イルミネーター研究に対し、わが国がアメリカと手を組んだことが気にくわなかった連中らしい。まさか直接攻撃をしかけてくるとは──」
ふたたびロックがかけられたドアへ銃をむけつつ相楽がいった。しかし血にまみれているその指先にはもはやトリガーを引く力さえも残されていないように見えた。
「なんでマサメがここにいるってバレた? イルミネーターは国家機密なんでしょ?」
ボクがいうと、相楽は震えるうしろ手でデスク上のリモコンをマサメの手へと懸命に握らせ、そして自身の流した血だまりの中へあおむけに倒れた。
「残念ながら……日本はスパイ天国だからな。そんなことはいい。そのリモコンで拘束が外れる。あんな連中にわたすくらいなら、逃げてくれマサメさん。あんたなら、逃げられる」
「サガラさん!」
「いいから、緑と青のボタンだ。間違うな、さっきの電気ショックのボタンと──」
ごぼっと口から血を吐く相楽。あおむけだったせいで、おびただしい吐血を顔でうけとめ、鼻や気管にも入ってしまったらしく激しくせきこんでいる。
「マサメ、ボタンを!」
ボクがどなる! 彼女は血まみれの相楽を心配して硬直していたようだが、うんうんと懸命にうなずいた。
「いいぞ、三ノ輪さん。その調子で、彼女を守れ……」
それきり相楽は動かなくなった。たった数分前に本気で殺してやりたいと思ったことが嘘のようにボクの心は震えた。目の前で人が殺された……こんなことがどうして……マジで信じられない!
「相楽さん! 守ります! ボクがマサメを守ります!」
ボクは相楽が、マサメを彼女といってくれたことが嬉しくて、本当は人間だと思っていてくれたことがたまらなく嬉しくて、相楽の
(つづく)
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