9 襲撃

「サトル! どのボタンかわからないよ!」

 半泣きのマサメが叫ぶ。彼女もボクも、手の甲が上をむいた状態で拘束されていた。むろん手首を回転させることはできない。だから相楽はリモコンスティックのボタンを、それにあわせて手のひらがわにむけたのだろう。だからといって、てきとうにボタンを押されては電気ショックどころか、手足の切断なんてことにもなりかねない。

「どうしよう! サトル」

「落ちつけ、マサメ!」

 そうこうしている間にも、どこの国なのかは知らないが敵(?)の攻撃音、銃声や爆発音が間断なく響きつづけている。ここが見つかるのは時間の問題であろう。見ればリモコンのひとつがデスク上に残されていた。断末魔の相楽からマサメが持たされたリモコンは、ボクの拘束イスのものか、それとも彼女のものなのか、まずはそれから確認しなければなるまい。

「サトル!」

 半狂乱のマサメ。

「マサメ、どれでもいい。一瞬、ボタンを押せ。力はこめるな、マサメの握力でリモコンを握りつぶしたらおわりだからな。ソフトに、ソフトにだ。美容師なんだろ? お客さんの髪をいじるようにソフトに、ソフトに」

 ボクも必死である。

「わかった」

「いや待て!」

「なんだよ!」

「電気ショックがマサメに走るかもしれない。それに驚いて、リモコンを落としたりしたら取りかえしがつかないぞ。ビリッとしびれるとか、手足がしめつけられるとか、覚悟してチョコンと、チョコンとボタンを押すんだ。いいな? マサメ」

「チョコンと……」

「そうだ。やさしく、チョコンと。できるな? マサメ」

「覚悟してチョコンだな?」

「おうチョコンだ」

 そのとき間の悪いことに、電子錠がかけられた鉄扉がガシャガシャと音をたててゆさぶられた。誰かがきたのだ! あきらかに動揺しているマサメ。

「気にするな、ここは刑務所だ。そう簡単には──」

 バゥン! 施錠されたシリンダーのあたりが小さく爆発した。日本の刑務所の扉はいとも簡単に破られてしまったようだ。

 ボクは小さく悲鳴をあげて天をあおいだ。小爆発の音にたまげたらしいマサメの手の中のリモコンスティックが粉々に粉砕されていたからだ。目をむいたマサメはリモコンの破片をかき集めるように指先を動かしていたが、よくいわれるように覆水ふくすい、盆にかえらずである。そして、マシンガンやハンドガンをかまえた数人の男女が監房内になだれこんできた。肌の色を見るとどうやら、アジア系やヒスパニック系、白人や黒人の連合軍のようであった。おそらくは、どこぞの国にやとわれた傭兵なのだろう。まあ、いいや。連中の狙いはマサメ。少なくともマサメはすぐには殺されない(実験動物あつかいはされるだろうが)。彼女のおまけのボクは、死ぬのか……ここで。いらないもんな、どう考えても。母さん……コロナでしばらく会えなかったのに、もう一生会えなくなっちゃった……。母さん、ごめんなさい。ボク、もう死ぬわ。間違いないよ……。

「サトルぅ!」

「マサメ、心配ない」

 ボクが死ぬだけだ。

「目標1、そして2を発見しました」兵士のひとりが通信機にむかい英語でいった。「──了解。捕捉します」

 ボクたちが拘束されて動けないと知った彼らは、なんと乱暴なことに銃で金具を撃ち抜こうとした。冗談じゃない!

「おい! そこのリモコンで外れるから!」

 ボクが英語で泣き叫ぶようにうったえると、どうやら指揮官らしき女にいきなり顔をなぐられた。ものすごいグーパンチで、脳をゆらされたボクは意識がとびそうになる。

「サトル!」

 ボクを心配しながら、食いつきそうな目で女兵士をにらみつけるマサメ。

「勝手にしゃべるんじゃない」

 英語で話す相手の言葉を理解できていないマサメはさらに声を荒げた。

「サトルに手だしするな! この人殺し野郎!」

 女は表情ひとつ変えずに手にしたハンドガンの台尻をボクの頭頂部へとたたき落とした。どうやら彼女はミノウタス語を理解できるようだ。

「おとなしくわれわれに従え。さもないと、この男が死ぬぞ」

 ミノウタスの言葉でマサメを恫喝しつつ、クラクラとしているボクの額へと銃をつきつける女。こいつらはもちろんイルミネーターと一戦まじえる気などないのだ。またしてもボクはマサメを服従させるための人質にされるようだ。情けない、ふがいない、くやしい!

「ボクなんかどうせいらないんだろ! さっさと撃てばいいだろ!」

 本当はこんなこというつもりじゃなかったんだよ。カッとして思わず口ばしってしまっただけなんだ。ボクは、本当は、まだ死にたくない! でも、ジョークだとはうけとめてもらえないだろう。女は無表情のままで引き金にかけた指へ力をこめる。……母さん! ボクは目をきつく閉じた。

「うがぁあ!」

 そのときマサメはうなり声とともに満身の力を込めて、床へ固定されていたイスを引っこ抜いてつま先だけで立ちあがった。手足の拘束具は外れないまでも、急ごしらえでコンクリートに埋められたイスなんか(コンクリートが完全に強度をはっきするには数週間はかかるからね)マサメには通用しないのだ!

 一瞬、言葉をうしなった敵(?)は銃をむけるものの、貴重な実験動物であるマサメを撃つことはできない。そしてマサメの強靭な筋力ならば、このていどの重量(実際には知らんけど)の拘束イスなんて持ちあげてつま先だけでも走れるはず。

「いけ! ボクはいい、逃げろ、マサメ!」

 ボクは叫んだ!

「ふざけんな! あんたをおいて逃げられるか!」

 マサメは両脚にめりこんだままのイスを背中にかつぐようにして銃をかまえる連合傭兵軍へにらみをきかすと、反動をつけてバレリーナのごとく回転した。金属のイスをまとったマサメは鉄コマのように回り、傭兵どもの数人をはじきとばした。両手足にくいこむ拘束金具は容赦なく彼女の肉を引き裂き、回転が加速するごとに血車のようにしぶきを飛ばしていたけれど。しかし鉄コマの高速旋回は攻撃とともに防御もかねていた。たまらず銃撃してきた兵士たちも狙いを定められず、拘束イスが銃弾を受けて火花を散らし、やがて……。

「ふん!」

 最後のひとりとなった女指揮官の頭上に、ジャンプしたマサメは拘束イスごとお尻を落とし、ぶざまにつぶされた彼女の上でどっかりとすわりなおして、息をはいた。

「なぁサトル。これは日本でも正当防衛で通るよな?」

 目をまわしたらしいマサメは頭をふりながらニヘラと笑う。

「ああ、通る。通るけど、まずはデスクのリモコンで拘束を解いて」

 まだマサメを狙う敵が全滅したとはかぎらないのだ。

「ああ、そうか」

 重そうなイスを引きずりながらデスクのリモコンを前にしたマサメは首をひねった。

「早くしろよ!」

「なに色のボタンだっけ?」

 くわぁー! 思わず悲鳴をあげてしまうボク。こいつ、やっぱりアホの子だ!

「仕方ないだろ! 早く教えろ、サトル」

「緑と青だ!」

「ええと……」

 とはいえ、腕の拘束が取れていないという状況は変わっていない。マサメがどうしたかというと、デスクにおかれたリモコンのボタンスイッチを、高くてツンとうわむいた鼻先で押したのだった。

「緑と、青、だな」

「おう!」

 ボクの方の腕と足の拘束具がパチンという金属音とともにはずれた。手首と足首に血がにじんでいた。電気ショックの拷問をうけたときに暴れたせいだろう。やけどの痕まであった。それよりも、もらしたせいで、濡れてしまったズボンやパンツがって──そんな場合ではない!

「サトル、まさか私をおいて逃げないよな?」

 心から不安そうなマサメの大きな瞳が震えている。ボクは彼女に、ひとりで逃げろといったんだけどな。

「マサメ」

「なんだよ?」

「リモコンを見るから、デスクの前からどいて」

「どういうことだ?」

 いいながら、体の位置をずらすマサメ。先ほどよりはおさまってきているようだが、相変わらず聞こえている銃声や悲鳴。あの女はボクらを発見したと誰かに報告していた。すぐに敵兵士が現れるに違いない。

「このイスは急ごしらえだって相楽がいっていたろ? だから光リモコンか無線リモコンで作動するんだと思う」

「それがなんだ?」

「ボクのイスのリモコンをいじれば、マサメの拘束だってはずせるよ。どうせ原理は同じなんだから」

「できるのか? そんなこと」

「まかせろよ。雑用係だけどボクはいちおう物理学研究室の学生なんだぜ!」

「おおう!」

 感動しているマサメには悪いが実はそんなに簡単ではない。本当はこんなことをしている時間はないのだ。だけど、ボクにマサメをおいて逃げることなんかできるわけがない。どうせここで死ぬのなら、マサメが実験動物にされてしまうのなら、せめて今ボクにできることをするだけだ。リモコンのカバーをはずして中を見る。やはり、そうむずかしい構造ではない。単純に拘束イスに仕込まれた受信器への送信機能があるだけのものだ。そして無線式。周波数を計算するのにどれだけかかる? せめてボクの部屋のパソコンがあれば……はぁっ!?

「マサメ、うしろ!」

 ボクは叫んだ! 小型爆弾で破壊された鉄扉から、銃をかまえ、ゴーグルをかけた兵士がひとり、侵入してきたのだ!

                      (つづく)

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