10 ミノウタスの男

 マサメはイスにとらわれたままの姿で侵入者をにらみつけた。すると男はマシンガンを捨てて、両手をあげた。

「あなた方を救出にきた。私に従ってください」

「救出だ?」

 ミノウタスの言葉で話す男をさらにねめつけるマサメ。

「私はあなたと同じ、ミノウタス人。そして──」

「マサメ、だまされるな!」

 リモコンから顔をあげて、マサメを叱咤するボク。相手はのほほんと日々を送っているボクら日本人なんかが想像もつかない血なまぐさい世界で生きる傭兵なのだ。どんな手を使ってくるか、見当もつかない。

「三ノ輪さん。では信じていただけるよう、マンサメリケスの拘束具を外しましょう。私にそのリモコンをかしなさい」

 ボクは黙って男に従った。少なくともこの状況下でマサメの拘束を短時間で解くことはボクには不可能。できるというのならやってもらおうじゃないか、そう思った。ゴーグルで顔はよくわからないが若そうな兵士は、リモコンを一べつすると胸元からケーブルのようなものを伸ばしてリモコンへあてると、しばしブレスレットみたいな腕時計をいじっていた。すると、パチンと音がしてマサメの拘束具が外れた。ヤッターと喜ぶマサメ。

「どうやったんだ?」

 ボクがいうと男は素早くマシンガンをひろいあげてボクとマサメに向けた。しまった! ボクはそこいらに散らばっているハンドガンを見ながらじだんだをふむ。

「なに簡単です。コンピューターに計算させてさまざまな周波数の電磁波をリモコンに出力させてみただけです」

「その腕時計がコンピューターなのか?」

 つい興味をかくせずに聞いてしまう。進化型のスマートウォッチなのだろうか? それにしても信じられないほど細くて小さい。まるでオシャレなレディースウォッチのようだ。

「ええ、そのうち日本でも販売されますよ。それはそうと三ノ輪さん、マンサメリケスも、これで私を信用できましたか?」

「銃を向けられて信用するもくそもないだろ?」皮が裂けて血がにじむ手首をさすりつつマサメがいった。「イスごとじゃ運べないから拘束を外しただけなんだろ? どこへ私らを連れていく気だ?」

 腰を落としてかまえるマサメ。

「マンサメリケス、いくらあなたのダッシュ力がすぐれていても、骨密度が高くとも、マシンガンの弾丸にはとてもおよびませんよ。ここはおとなしくいうことをききなさい。でイルミネーターと呼ばれるあなたとのいさかいはできれば避けたい。私はあなたほど強くない普通の人間だから、対抗するためには銃も使用する。あなたが攻撃的に動けばそうせざるを得ないでしょう。しかし、あなたを傷つけるのは本意ではありません」

 こいつ長々としゃべっているけど、要するにこういうことなんだろ? 舌打ちをしてボクがいう。

「生きたまま捕獲できれば報酬が高くなるからだ! マサメのこと、人間だなんて思ってないくせに!」

「三ノ輪さん、まるで猜疑心さいぎしんのかたまりですね。そんな人だとは知らなかった。悲しいな」

「うるさい! おまえにボクのなにがわかるんだ!」

 ボクだってできれば性善説を信じたい方なんだ。けれど拷問されたり、銃を突きつけられたりの非日常体験がつづけば仕方がないだろう?

「サトル、いったんいうことをきくしかないようだ。信じてみよう、こいつを」

「はぁ?」

「ありがとう、マンサメリケス」

 ゴーグルごしに笑みをうかべる男。

「信じるのか? こんなのを!」

「信じてみるさ……それにサトル、殺されるかもしれないってのに熱くなりすぎだ、しっかりしろ。この男、今すぐ私らをどうこうする気はなさそうだろ?」

「…………」

 二の句がつげないボク。確かにマサメのいう通りだ。ボクはこんな激昂するタイプの人間ではなかったはず。美晴にポイ捨てされたときだって、ボクは冷静にうけとめたじゃないか。……次元がまるで違う話だけれど。

 バァンと鉄扉が開いて、今度は十人近い兵士たちが室内に突入してきた。

「イルミネーターだな?」

 リーダーらしき男が、ボクらにマシンガンをむけている若い兵士へアラブ圏の言語でたずねた。まさしく百花繚乱ひゃっかりょうらん、世界中の言葉が飛びかっている。イルミネーターが国家的な事案だといった相楽は、間違っていなかったらしい。

「はい。イルミネーターへの同行の説得に手間取り、報告が遅れました。申し訳ありません」

 若い兵士がうやうやしく頭をさげる。やっぱり味方ではなかった! そんなもんだよ、人生なんてさ。アラブ語なんて知らないマサメは彼らの会話の内容は理解できていないながらも、新たに出現した兵士たちとの関係だけはさっしがついたに違いない。少しでも拘束具を外してくれた、この男を信じた自身に腹を立てているようであった。

「この日本人はいい。殺せ」

 リーダーらしき男がアゴで指示をだすといっせいにボクへ銃がむけられた。ボクは今度こそ観念するしかなかった。知らぬ間に涙があふれる。ところが、そんなボクをかばうようにマサメが両腕を広げた。

「マサメ! いいから、さがってろ!」

 死ぬことは、それこそ死ぬほど怖いけど、それでも女子をたてにしてまで生き残りたくはないんだ、ボクは!

「お待ちください」若い兵士がいった。「この三ノ輪悟を殺せば、彼に飼いならされたイルミネーターとの交戦は不可避。むだに血を流すこととなり、生体価値、および報奨金が下がります。それにこんなひ弱な日本人ならいつでも処分できます」

 アラブの言葉でよかった。ボクに飼いならされたなんていわれてマサメが黙っていられるわけがない。

「……ならばミノウタス語でイルミネーターに伝えよ。この日本人の命がおしければ、我々に従えと」

 またしても人身御供ひとみごくう。ボクはどこまでもマサメのお荷物でしかないのかよ! 

「はい」

 若い兵士が一歩進みでてミノウタスの言葉でいった。

「マンサメリケス、それに三ノ輪さん、今すぐ床へふせなさい」

「はあ?」

「死にたいのか? すぐだ!」

「はひぃ!」

 ボクとマサメはわけがわからないまま、互いに互いの肩を抱くようにして土間へとふせた。ふせるなり閃光が走り、若い兵士の全身から四方八方に弾丸が発射された! バタバタと血しぶきをあげて倒れる兵隊たち。どんな兵器なんだ! こいつこそサイボーグなんじゃないか?

「貴様……二重スパイか……どの国にやとわれた!」

 リーダー格の男が断末魔の叫びをあげつつ、若い兵士の軍靴の足首をつかんだ。

「はい。しいていうのならばミノウタス公国です。イルミネーターは我が国の国民。奪取するのは当然です」

 そのアラブ語を最後まで聞くことができたのか、兵士たちのリーダーはがくりと首を落として死んでいた。

「誰なんだ、おまえは? 今のはミノウタスの新兵器なのか?」

 マサメがミノウタス公国の言語を使う人間であるということはマスメディアで広く報道されてはいたが、ミノウタス政府はマンサメリケス・ナイトウという人物は存在しないと公式声明をだしていると相楽がいっていたはず。

「今、詳細はいえません。極秘の任務なので。それにまだ敵は残っています。急ぎここを脱出しないと。こんな騒ぎになった以上、日本政府はさらに自衛官を派遣してきます。駐屯米軍だって出動してきますよ。そうなったら手がつけられない」

「ミノウタスの兵器はすごいんだな?」

「まあ……」

「あんな殺傷兵器を採用する国にマサメはわたせない。国民の奪取なんて偉そうなこといっちゃって、やっぱりマサメを生物兵器として研究対象にする気なんだ!」

 またしてもマシンガンを突きつけてくる男。

「三ノ輪さん、議論ならあとにしましょう。いきますよ、マンサメリケス」

 マシンガンを向けられたマサメがほえた。

「さっきもいったよな? いちいち銃を向けないと話もできないなんて、私は嫌いだ!」

 超高速の素早さでマサメが男からマシンガンを奪いとった。そして、その銃身をひん曲げて見せる。

「…………」

 一瞬、言葉もでなくなる男、そしてボク。

「サトルと私を助けてくれたことには、いちおう感謝する」

「マサメ、まださっきみたいな武器をかくしているかもしれない! 油断するな!」

「なるほど」

 いうなりマサメは腕をふりまわすことなく、ボクサーなみの最短距離で男に右ストレートを見舞った。まともに食らったミノウタスの男は三メートルほどもふっとんで、コンクリートの壁に頭を殴打、意識をうしなった。マサメはじゃっかん手かげんしたのだろう。鼻骨が折れたていどですんだみたいだ。

「おお!」

 ラッキー! 彼が頭をぶつけたせいで、壁面収納されていたらしきボクの財布やスマホ、自室のキーホルダーが転がりでてきた。マサメのスーツやブーツは別の研究所へまわされているのだろうが、ボクの私物なんてどうでもいいものなのだろう。

「どうする、サトル」

「自衛隊や米軍がきたら、また監禁される。取りあえず逃げよう!」

 財布に現金はあまり入っていないが、カードが使えればさしあたりの潜伏費用はなんとかなるだろう。ボクは死んだ傭兵たちが落とした血ぬられたハンドガンに手をのばしかけた。ボクを見捨てられないといってくれたマサメを守るために。けれど無理だった。ボクはおそらく、どうしょうもない臆病者なんだろう。そしてボクとマサメはあおむけに倒れて血の海に沈む相楽に手をあわせた。相楽さん……あんたの遺言、ボク、はたせるのかな。

「いくぞ、サトル!」

 マサメはボクを軽々と抱きあげると、監房をでて驚異の俊足で走りはじめた。自衛官や傭兵の生き残りが何人かいたけれど、マサメはこれをものともせずに幅跳びのようなジャンプとダッシュをくり返し、すり抜けていった。彼女に抱かれたボクは荒波にさらされた小舟の乗客みたいに何度も吐きそうになったんだけどね。

                       (つづく)

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