11 脱走

 自衛官や刑務所の職員の妨害を突破し、広大な駐車スペースへと飛びだしたマサメとボクは、なんだか久々に見るような見事な青空に感動をおぼえたが、もちろん感慨にふけっているひまはない。犬を連れた刑務官や自衛官、さらには武器を携帯した傭兵たちの残党が交戦しながら、あるいは威嚇発砲をくり返しながら、続々とあとを追ってきている。

 ゴウゴウといううなりをあげて、ボクらの前にまわりこむ暗緑色に塗装された高機動車。そして三台のオフロードバイクが、ゆく手をさえぎろうとボクとマサメの体をかすめてジグザグ走行をする。政府の任命できているのだろうから、イルミネーターを取り逃したりしたら自衛隊のメンツは丸つぶれなのだろう。それはわからなくもないけど、ボクらはひゃあひゃあいいながらオートバイから逃げまわるしかない。

 自衛隊は国民に信頼され、国民とともにある組織じゃなかった? ボクも国民なんだけど! ところがなんと、銃声とともにこのバイクに乗った自衛官がふっ飛んだ。横すべりして火花が走る。マサメをねらった傭兵に撃たれたのだ! 

 そうだったのか! なんと残り二台のバイクと車両がボクらと傭兵の間に立ちふさがり、盾となってくれていたのだ。そして、銃をもつ傭兵たちに素手で立ちむかい、ねじふせている自衛官たちの姿に感動するボク。ありがとう、自衛隊! 

「いくよ!」

 マサメはふたたびボクを抱きあげると、宙空高くジャンプ! 刑務所内の電信柱の上に立った。そして電柱から電柱をわたり、ついには敷地外へと跳びはねた。

「最初からこうすればよかったのに」

 高所から高所へと飛びうつる恐怖におののきながらボクがいう。

「バカ、跳んだ瞬間にねらい撃ちされたらどうする?」

「あ、そうか」

 マサメは外国人傭兵たちが捕まるのをまっていたのだ。わずか十数日の滞在で、日本の警官や自衛官は、簡単に発砲できないということを学習していたのである。

「マズいな……」

 つぶやくマサメ。幅広の舗装道路に立ちならぶ電柱上を跳び石ジャンプのようにかけるマサメを指さし、あわててスマホで撮影しようとする通行人の姿があった。人影はまばらで、ほとんどが老人ばかりのようではあるが、ときおり通過していく配送の軽トラックや家族を乗せた普通自動車が急停車して、驚がくの表情で大空をいくマサメを見つめている。

「イルミネーター! がんばれー!」

 かん高くてよく通る、ちいさな男の子の声が聞こえた。応援はありがたいが、さながらヒーローショーのノリである。あの子はテレビのワイドショーでマサメとサンタマスクの対決を見て、イルミネーターのファンになっていたに違いない。

「マサメ、いったんおりよう。山道へ入るんだ」

「わかった!」

 マサメは方向を変え、近くに見えている緑の樹々におおわれた山中へと進んだ。ものすごい大音響のブレーキ音がいっせいに聞こえたので彼女に抱かれたボクが振りかえると、何十台という自衛隊の装甲車両とパトカーが道路をバリケードで封鎖、ギャラリーと化していた人たちを広範囲で取りかこんでいるのが見えた。そして頭上では晴天をおおいつくすように無数のヘリコプターがホバリングしていた。

 マスコミ対策のためマサメは死んだことになっていたのに、これではブチこわしであることはあるが、これでいいのかもしれないと思いはじめるボク。無差別通り魔サンタマスクをたたきのめしたイルミネーターの記憶が新しいうちに、一般大衆の支持を広く得て、ネット民や既存メディアをこちら側に引きこめれば、日本政府や米国のマサメへの生体研究や実験動物あつかいをやめさせられるかもしれない。正真正銘、未来からきたミノウタス公国の人間なのだと認めさせることができるかもしれない。いっそのこと街中へでるか? 

 太陽の光がおおいかくされた深い森林の樹々のもとを警戒しながら歩きつつ、ボクはまよった。周囲の景観からさっするに人の多い繁華街なんてものは、近所にはなさそうだ。さりとて今のマサメの状況では、長距離を跳びはねて、かけ抜けるのは困難だろう。

「大丈夫か? マサメ。ごめんな、重かったろ?」

「平気、平気。少し疲れただけだ。ガス欠かな? 朝からなにも食べてないし」

 体力バカだと思われたマサメが肩で息をしていた。それはそうだろう。ボクは太ってはいないが、普通の成人男子なみの体重はある。それをお姫様だっこしつつ、大ジャンプを連発したのだ。そうとう消耗したにちがいない。正義のヒーローだってエネルギーが不足したら胸のランプが赤く点滅するのだ。日本の自衛隊は優秀だと聞いている。山狩りでもはじまれば、あっという間に発見されてしまうだろう。そしてまたボクを人質、人身御供ひとみごくうに取ってマサメを服従させるのだろう。

「マサメ、今度つかまってもボクのことは気にするな。頼むからひとりで逃げてくれ」

「あ?」

 マサメの目が鋭くボクをにらんだ。

「ボクはマサメのお荷物になってばっかりだから……」

「サトル、何度もいわせるな! この時代にはあんたしか味方がいないんだ! お荷物なんて思ってない。あんただけが頼りなんだ!」

 彼女は大きなまなこを見開いたまま、枯れ枝を踏みつけた足もとへ視線を落とした。その瞳から今にも涙があふれだしそうな、そんな気がボクはしたんだ。

「──そうだった。マサメ、逃げるときは一緒だ」

 死んだ相楽とも約束した。ボクが、マサメを守ると。

「わかればいいんだよ」

 ドンとボクの胸をたたくマサメ。少しは手かげんしやがれ! 呼吸不全になるだろが! ……それにしても情報がほしい! 今の正確な位置はもちろん、刑務所でおきた外国人によるテロのような襲撃事件、そして一般の人に目撃されたイルミネーター。そのあたりがネットやニュース速報でどう報道されているのか、それを知りたい! このままではジリ貧だ。

「そうだ!」

 ボクはスマホをもっていたんだ! あわててポケットから取りだすが、問題はバッテリーが残っているかどうかである。電源オフの状態だったけれど、スマホは勝手に電力を消費するから……。やった! 起動した。だけど電池残量は五パーセント! ヤバい。いや、だけど十五分くらいなら使えるはずだ。まずは位置情報を確認して、それから、それからなんだ? そうだ、ニュース速報サイト。イルミネーターの話題が……ない! 皆無だ! そんなバカな! 大人数ではなかったが、あれだけの人に目撃されたのに! なに? 「青森極北刑務所」で集団囚人脱走事件? 周囲の住民に避難命令? 避難勧告じゃなくて命令?(避難勧告というのは廃止になっていて本当は避難指示というらしいが、当時のボクは知らなかった)

「どうした?」

 マサメがスマホをのぞきこんできたが、当然彼女は日本語が読めない。

「マサメを目撃したり動画を撮影していた人たち、いや、おそらく村ぐるみ封鎖されたっぽい」

「封鎖?」

「電話をかけてみる」

 ボクは母の携帯電話へかけてみたがつながらない。仕方なく美晴にも、大学の研究室の仲間にもかけてみたが『お客様のおかけになった番号には現在、おつなぎできません』と不愛想なアナウンスが流れるだけであった。メール、いや「コネクト」だ! 電池残量は三パーセント、時間がない! ちなみに「コネクト」は最近はやりはじめた純国産のコミュニケーションアプリである。こちらも受信していたメッセージを読むことはできるが、送信することはできなかった。外部との通信手段が完全に遮断されている。やりすぎだろ、日本政府! いや、イルミネーター案件はアメリカ主導だから、こんなことまでやるのか? ボクは取りあえず「コネクト」に届いていたメッセージを読んでみる。母からが一通、大学の友人から二通。研究室の教授からが三通。そしてなんと美晴からは二十八通も受信していた。母さんはネットで広がったイルミネーターとボクが、ともに逃走したといううわさと連絡が取れないことをひどく心配しているようであった。ごめん、母さん。生きていられたら、必ず会いにいくから。友人と教授からのメッセージはほぼ同じ内容であった。ネットのデマなんか信じてないから早く大学へでてこい、とのこと。ここまではありがたい話なのであるが、理由がひどい。ボクがいないと海外の論文を和訳したり、ウチの論文を英訳したりが大変だし、年明け早々むだな労力をかけさせるな、だそうだ。

「なんて書いてあるんだ?」と、マサメに聞かれたのでこたえたら彼女は笑った。「さすがは雑用係だ」

「うるさい」

「でもさ、サトルってすごいよな」

「なにが?」

「さっき、いろんな国の傭兵たちの会話を全部、理解していたじゃないか」

「父親のせいで子どものころから何カ国もたらいまわされたからね」

「でもすごいよ、サトルは!」

 ほめられてちょっと嬉しいボク。

「そうかな。それだけが特技で、あとはなにもないけどね」

 見ると電池残量一パーセント! ヤバ! ボクは最後に美晴からのメッセージにざっと目を通す。相楽たちにとらえられたとき、元カレのボクを裏切るようなことをした。もしも困った状況におかれているならいってくれ。自由人の今カレとなんでも協力するから。謝罪とともに、そんなメッセージがえんえんとつづいていた。知ってるよ、美晴は悪い女じゃない。しかし今カレねぇ……ボクは複雑な気分であった。マサメは冷ややかな目でスマホの画面にうつる美晴の画像を見ていた。

「サトルと私を売った女がなにをいってきてるんだ?」

「うん……」

 とうとうスマホのバッテリーが切れそうになり、パネルが点滅する。まあ当然だろう。よくがんばってくれたと思うよ。ところで先ほどから遠くに近くにヘリコプターと思しきブレードスラップ音が聞こえはじめている。風圧でゆれる樹々の葉で上空はよく見えないが、いよいよ自衛隊の探索がはじまったのかもしれない。どうする? 夜になるまでここで待つか?

「ところでサトル」

「うん?」

「この時代の携帯電話にはGPSって機能は入ってないのか?」

「もちろん──」

 絶句するボク。

「入ってたらマズいよな。私らのいるところがさ──」

「バレバレだ!」

 ボクはスマホをマサメにわたし、思いきり遠くへ投げるように頼んだ。

「もう遅いと思うけどな!」

 マサメはブンと腕を振るい、ボクのスマホを三、四百メートル先まで飛ばした。小鳥とかん違いしたのか、たまたま空を旋回していた大きめな野鳥がバクっとくわえなれば、もっと飛距離は伸びただろうが、このさいどうでもいい。

「いけ! そのまま遠くまで運んでくれ!」

 まあ、そうそう都合よくいくはずがない。すぐに食べられるものではないとさとったらしい野鳥はプイと落とした。が、運よく渓流へと水没してくれたのが遠目に見えた。よしよし、ボクのスマホ、どこまでも流れていってくれ。

 クシャン! マサメのくしゃみ。見れば両腕で自身の肩を抱くようにして寒さに震えていた。それはそうだろう。彼女は青みがかったペラペラな検診着、一枚しか着用していないのだ。それに先ほどまでにかいた汗が冷えてきたのだろう。ボクはあわててセーターを脱いで、彼女にわたそうとした。

「いいよ。サトルだって寒いだろ」

「ボクは平気だよ」

「いいってば!」

「ボクは女の子が自分より寒そうにしてるのを見るのがいやなんだ!」

 それに、やはり子どものころ極寒のロシアですごした経験のあるボクは、少しだけだが寒さには耐性があるのだ。

「みえっぱりなんだな。案外」

 マサメは頭をさげて、セーターを着てくれた。それはいいのだが、たかがセーターである。風も冷たい。この上、雪でもふられた日には……。

「日本の冬は寒いなあ」

 セーターを着てでさえ、ガチガチと上下の歯をならしているマサメ。無敵のイルミネーターも寒さには弱いようだ。

「青森だからね」

「重力嵐のせいで大寒波や熱波が交互に荒れくるう世界にいたってのに、こっちにきて私、弱ったのかな」

「防護スーツとメットのおかげなんだろ? 生身の人間がそんなものに耐えられるわけがないよ」

「それはそうだな」 

 このまま夜をむかえたら、ふたりとももつとは思えない。おとなしく投降するべきか? 相楽がいったことを思いだす。一個人が国家に抵抗するなんてやはり不可能なのだろう。そして、おいおい! 雪が舞いはじめた。

「……マサメ、山をおりよう」

 いずれにせよGPSをキャッチされていたら、すぐに捜索部隊がやってくる。

「また村へもどるのか?」

「封鎖された村へもどるのは危険だ。捜索隊とはちあわせする可能性も高いし」

「まさか、山を越えるのか?」

「いや、それは無理だよ。迂回しながらルートをさがそう。なんとか別の町へでるんだ」

「わかった。動いていたほうが、あったまるしな」

 山中をなるべく急いで、そして極力、足音をたてぬよう心がけながら進んでいく。道しるべはスマホで確かめた位置情報とマップで見たボクの記憶のみ。上空には相変わらずヘリコプターの飛びかう音が響いている。当然、自衛官による山狩りもはじまっているに違いない。ふだんからこんな山林や原野でのトレーニングをかかさない(映画とかマンガでしか知らないけど)自衛隊の皆さんに発見されるのは時間の問題のような気がする。だけど、とにかく町にでなければ! 服と水と食料を調達しなければ。

 こんなこと思うのは不思議だし、どうかと思うのだけど、ボクたちを守ってくれ。マサメを助けてくれ──相楽さん!

「あっ!」

 ボクたちはわりと大きめな樹のかげに身をおとした。何人かのパーティーが、枝をなぎはらいながら周囲を確認しつつ、山道を進行していた。自衛隊の制服や装備は着けていない。ネットニュースでは、刑務所からの集団脱走があったというていであるのだから、私服の警察官なのか。それとも地元の猟友会にでも応援を求めたのか? しかし誰の目も真剣そのもので、中には白人や黒人もいた。どう見ても違和感しか感じられない。ボクは、顔をあげて長い首をのばそうとするマサメの頭をおさえつけた。彼女は不満げな表情をしながらも従ってくれた。本気で逆らう気ならボクの腕力ではとてもおさえきれない。

 ──え? 遠目にだが全方位に意識を配る、ラフな登山ウェア姿の男の顔に見おぼえがあった。何カ国語も話せて書けるボクの記憶力をなめるなよ! 彼は刑務所内の駐車場で、自身を盾にしてボクらを傭兵たちから守ってくれたバイクの自衛官であった。つまり、単なる囚人脱走事件に自衛隊が出動するのは不自然なので、一般人のコスプレをしているってことね。おそらく白人や黒人は、駐屯地から派遣されてきた米兵なのだろう。自衛隊とアメリカに本気をだされたら、日本の小市民なんかひとたまりもない! 

 ボクは唇の前に指を一本たてて横目でマサメを見る。黙ってうなずくマサメ。四方八方、そして高木の枝の上(マサメの跳躍力を知っているからだ)を双眼鏡で確認しつつ、トランシーバーで連絡を取りあっているらしき捜索部隊の男たち。くるな! こっちにくるなよ! 

 ボクらは必死に息を殺し、祈るような思いで彼らが通りすぎていくのを待った。

                          (つづく)

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