5 イルミネーター

 マサメをベッドで寝かせ、コタツで横になっていたボクはふと思いたち、音量をしぼりつつ朝のニュースを見るべくテレビをつけた。まあまあ想像通り、どの局の放送もマサメ一色であった。昨夜のうちに素人カメラマンから大枚をはたいて動画を買いあさったのであろう、駅前広場でのサンタマスクとマサメの対決は各局ともハデなBGMつきで編集されてつながれ、その一部始終が流されていた。そしてマサメの呼び名は昨晩とは違い『月光仮面』ではなく(著作権の問題か?)、どのチャンネルでも「イルミネーター」で統一されていた。どうせバカな芸能人なりコメンテーターが、殺人機械(サイボーグ)が主役のSF映画のタイトルをもじって命名したに違いない。狩猟などで使用される重量級のナタを素手で受けとめた破格の頑丈さと、イルミネーションの前で活躍したことで名づけられたのだそうだ。そして、どの局の動画でもラストパートには「イルミネーター」の手を引いて逃げだすボクの姿がうつっていた。顔にはモザイクがかけられていたけれど、偏向報道もはなはだしい。まるでボクが「イルミネーター」の操縦者のようなあつかいになっているのだ。


『このジャンプ力、そしてここです! 被害にあわれた男性は肩口から腕が切断されかけていたというのに、「イルミネーター」は、出血こそあったものの、二の腕でガッチリと受けとめています。その上で反撃にでているんですから、とても常人とは思えませんね』


『あー、この空中回転からのキック技、空中殺法ですね。往年のプロレス中継を見ているようです。パンチも力強い! これはとんでもないヒーローが現れたものです』


『この青年ですね……二十歳前後と思われる青年科学者、ですかね? 彼がこの正義の味方「イルミネーター」を改造、製作したのだとすると、彼もヒーローなのか、いや倫理的な観点からするとどうなのでしょう? 私には、ちょっとね。受精以外の方法で人が人を造るといった所業が許されるのか、という話です』


 なにをいってやがる! 憤慨ふんがいするボク。すっかりマサメはサイボーグ戦士といった前提で放送がなされている。取材をきちんとしてから報道するべきじゃないか! それこそが放送倫理だろうが! 取材されても困るけど。


『この青年と「イルミネーター」の会話の一部が音声解読によって判明いたしました。どうやら南ヨーロッパのミノウタス公国の言語のようです。この青年と「イルミネーター」はヨーロッパの小国、ミノウタス公国出身なのかもしれません。あ、ここです! 青年がなにか叫んでいますね、「逃げろ、マサミ!」、もしくは「マサエ」でしょうか? これは何度も確認を取りましたがミノウタス公国の言語に間違いないようです。マサミ、マサエ、もしも「イルミネーター」が意図的に改造をうけた日本人女性だとしたら国際問題に発展しかねませんね』

『それは飛躍しすぎだと思いますよ。あの怪人をサイボーグと決めつけるのは早計です。だいたい、バレーボールの選手でもないかぎり、あれほど高身長の日本人女性がそうそういるとは思えません。あれは男性でしょう。マサミ、マサエ、名前だけで日本人女性というのも──』


 朝っぱらから(しかも午前五時のニュース番組だ)学者や識者とよばれる方々がテレビに出演していた。ようは視聴率が取れるのだろう。ギャラもいとわず支払われるのであろう。それほど彼女は注目を集めているのである。どうするマサメ? もうミノウタス公国人であることもバレたぞ。


『では、かつてはミノウタス王国といわれていた専制君主国家が、いかにしてミノウタス公国という民主国家に生まれかわったのかについて東郷大学の世良(せら)名誉教授に解説していただきます』


 全然、事件と関係のない方向へ話をもっていきやがる! イブに大量殺人をもくろんだ犯人の人物像なんかのひとつでも、学者は語るべきだろうが! 

「なんだ? どうした? サトル」

 目をこすりつつ、パジャマ姿のマサメがベッドから体をおこした。

「おはよう、マサメ」

「うん、おはよう」

「顔、洗ってこいよ。目もでかいが、目やにもでかいぞ」

 ボクがいうと、マサメは寝ぼけまなこを見開いて、ひゃあとうめきつつ、洗面所へと一足飛びにかけだした。

「なにがイルミネーターだ、くだらない!」

 ボクはテレビを切った。「イルミネーター」とはキラキラした女性用の化粧品であったり、単にイルミネーションを楽しむ人々をさす言葉であったり、軍事的な要素でいえば、セミアクティブ方式のレーダー波を照射する、艦対空ミサイル誘導装置であるということをボクは知っていた(いちおう理系だから)。化粧品用語については以前、美晴が冗談まじりに教えてくれたのだ。

 ボクは舌打ちした。まだ正義を愛する者、月よりの使者『月光仮面』の方がしっくりくるような気がした。未来からきたという点については、かのSF映画と合致していないこともないけれど、少なくともマサメは無差別通り魔から埼玉市民を守ってくれた(犠牲者はひとりでたが)正義の味方なのだ。殺人機械(サイボーグ)でも化粧品でも、軍事兵器でも決してないのである!

「目やに、取れたか?」

 パジャマから、ワンピースへと着がえたマサメが洗面所からもどってきた。やはり思った通り、美晴のサイズではミニスカート。生足、魅惑のマーメイドである。あれ? そんな歌詞の歌、なかったっけ?

「おう。大丈夫」

 ボクは大丈夫としかいえない無能者であると、思い知った。どうすればいいのだ。いくら女性らしい洋服を着せたとしても、マサメは他者の目を引かずにはいられないだろう。

「似あうな、ワンピース」

 ボクはつい、おためごかしをいってしまう。

「そうか? なんだか恥ずかしいな。スースーするし」

 それはそうだろう。女子高生でもあるまいし、ストッキングでもはかなければ日本の師走はのりきれないに違いない。しかしイルミネーターを外へ連れだすのは危険きわまりないことは確か、ボクは近所のコンビニでストッキングを調達できるだろうかと考えていた。

「なぁ、サトル」

「うん?」

「きのう、あしたは即席ラーメンよりましなものを食わせてくれるといったよな? どんなものが食べられるんだ? 楽しみだなぁ」

「…………」

 あのなぁ、今、それどころじゃないんだぞ! 欠食児童か、おまえは! 

「なんだよ? そうか。贅沢だよな。朝めしなんて。この時代でも三度三度めしが食えるなんて思う方が間違いか……」

「いや、その、食えるよ。食えるんだけど……」

 外にでるのは問題であるし、また駅前までいかないと、せいぜいコンビニくらいで早朝営業の牛丼屋なども近くにないのである。

 ピン、ポーン。ほぼ午前六時ジャストに、少しためらいがちなインターホンが鳴った。ボクは思わず目をむいて玄関先のドアを見た。誰? こんなに朝早くから、誰? 

「おい、なんか鳴ったぞ」

「鳴ったね」

 かすれた声でこたえるボク。

「またカタログの配達か? 私はうしろ向いて、帽子をかぶるのか?」

「ちょっと待って」

 ボクはそろりそろりと息を殺して玄関へ、そしてドアスコープをのぞいた。

 ──え? なんと、魚眼レンズの向こうに立っていたのは美晴であった。なんで彼女が? 早くも居所をかぎつけたマスコミなのかもと考えていたボクはホッとしながらも、しかし居留守を決めこむことにした。たとえ元カノだとはいえ、マサメを見られるのは実に気まずいし、冷たいいい方ではあるが浮気したわけでも、暴力をふるったわけでもないのに、ボクをふったのは彼女の方なのだ。クリスマスの朝なんて新しい彼氏とすごせばいいのだ。

 ピィン、ポーォーン。また思いまどうようなドアホーンの音。そりゃ、結果的には彼女の三年間を奪い、傷つけたのはボクの方だ。それは自明の理であると承知している。次こそは好かれたから好きになるのではなく、好きだから好かれるような男になりたいと肝にめいじている、つもりだ。心から好きになれる女性が現れればの話であるが。

 ピンッポン! 腹にすえかねたようにリズミカルに鳴らされる呼び鈴。どうする、ボク? 

「おい、サトル?」

 マサメはマサメで、うるさいドアホーンにごうを煮やしたようにボクをにらむ。ボクは口もとに人さし指を立てて黙ってろ!とにらみかえす。マサメは肩をすくめ、ヘイヘイとうなずいて奥へ引っこんだ。仕方がない。近所の手前もあるので、ボクは覚悟を決めた。

「美晴、どうしたんだ? こんなに朝早く」

「あ、いた」

 ドアの向こうで美晴がつぶやく。

「いるよ。それでなに?」

「……きのう、駅前広場に私もいたのよ」

「え?」

 それはあるだろう。あそこは、ここいらでは有名なイルミネーションスポット、イブの夜のデートには最適な場所なのだから。

「で、見たの。悟が例の、あの、『イルミネーター』と逃げていく姿を」

「な、な、なにかの間違いではないか? ひとり身のボクが、あんな場所にいるわけないだろ?」

「それならそれでいいけど……もうネットでは、悟の顔写真もさらされてるよ。大学名も全部」

「マジで!?」

「マジよ。だから心配になってきてみたのよ」

「…………」

「よけいなお世話だとは思ったけど」

 テレビにうつるボクはモザイクをかけられていたが、さすがにネットは容赦がない! これでボクは、しばらくは近所のコンビニへすらいけない人間となるのだろうか? なにしろあのイルミネーターをあやつる男なのだから。ボクはひざから下の力が抜けていくような気がした。ネット環境にいない、テレビしか見ていない、いわゆる情報弱者の老人しかいない村でしか生活が送れなくなるのだろうか?

「悟、中に入れて。私、いつだって相談にのってあげていたでしょ?」

 そうなのである。ボクはいつだって彼女の的確なアドバイスのおかげで留年をまぬがれてきたのだ。

「わかった……」

 観念したボクは美晴を部屋へあげるべく、ドアのサムターンをまわす──なり、数人のスーツを着た男たちがなだれこんできた! 考える間もあたえられず、ボクは音もない素早い動きで玄関のたたきへうしろ手に腕をひねられて押さえつけられていた。

「三ノ輪悟さんですね?」

 あとからゆうゆうと入ってきた巨漢の男が、警察のバッジを提示してきた。階級はわからないが、山村圭一やまむらけいいちという刑事のようだ。ふたりのラフなジャンバーやコートを着た男たち(あとで知ったことであるが、このふたりは交番勤務の警察官だった)の背後で、心配そうな目をしつつボクを見ている美晴の姿があった。どうやらボクは彼女にハメられたようだ。

「乱暴はしないって約束でしょ!」

 美晴が叫んだ。

「はい、そうでした。しかし本条さん、お静かに。そういう約束でしたよ」

 美晴はあっ、と口を押さえた。

「なんだって警察がこんなことするんだ?」

 うめきながらボクがいうと、巨漢の山村刑事がボクの前にしゃがみこんだ。

「三ノ輪さん。イルミネーターですか? あれを暴れさせないと誓ってくれれば、今すぐにでも解放します」

 山村刑事がいった。警察でのあだ名はヤマさんなのかもしれない、とボクはどうでもいいことを思った。

「美晴、なんのまねだ? そんなにボクが憎いのか?」

「そんなんじゃない……」

 ボクは押さえこまれた首を懸命にひねって美晴をにらみつけた。なにやらもごもごといっているようだが、どうでもよかった。時間をかせいで、この間にマサメが逃げてくれれば、それでいいと思っていたのだ。ところがである!

「サトル! なんだ? また悪人か?」

 生足もあらわなワンピース姿のマサメが指をボキボキと鳴らしながら廊下をこちらへと歩いてきた。しかしいちおう警戒はしてくれているようで、ニット帽にサングラス、マスクは着用していた。美晴がなにかいいたげに口もとに手をあてた。あたしのワンピース!だとでもいいたかったのだろう。

「くるな、マサメ!」

 ミノウタス語でどなるボク。マサメはぐいと右腕を伸ばし、包帯をかえたばかりの左手で手首のスイッチを押した。すると、玄関にぬぎすててあった彼女のごついブーツが引きよせられるように宙を飛んで、瞬時に彼女の右手におさまった。まるで超能力のようであったが、これは彼女の腕時計型機器に仕込まれた磁力線を利用した作用に違いない。

「これは驚いたな。イルミネーターは超能力まで使うのか?」

 目をまるくしている山村刑事を尻目に、一瞬にしてブーツへはだしの足を突っこむマサメ。電子音とともに自動で靴ひもにあたる部分がシュンと閉じた。

「サトル、部屋の中で靴をはくのは日本ではマナー違反だろうが緊急時だ、許せ」

 そういってマサメは腰を落とし、戦闘体勢をとった。押さえられているボクを助けてくれようとしているのだろうがパンツがまる見えであるって、そんな場合ではない!

「待てマサメ、相手は警察だ! まずは話を聞くんだ!」

「警察? ワイロやコネでどうとでも転ぶ連中じゃないか? 信用できない! それにサトルがやられてるじゃないか!」

「未来のおまえの国の警察はどうだか知らないけど、今の日本の警察は信用できるから!」

「……そうか。まあ、わかった」

 マサメの戦意が喪失すると見るや、じゃっかんおよび腰であった山村刑事がボクに聞いてきた。

「なにを話していたんだ? 日本語でたのむ」

「……今すぐボクを解放すれば、みな殺しはさけられます」

 ボクは日本語で山村刑事にこたえた。

「なにぃ?」

「動画を見たんでしょ? 彼女の身体能力はハンパじゃない。とにかくボクをはなしてください」

「…………」

「今、すぐだ!」

 山村刑事が判断をくだす前に、私服の警察官ふたりが恐れをなしたのか、ボクを解放してくれた。

「それで?」

 山村刑事がいった。

「それはこっちのセリフです。朝っぱらから美晴……一般人をまきこんで、なんの騒ぎですか?」

「それは私がこたえようか?」

 低い声とともに新たな人物が、ボクの部屋のせま苦しい玄関先へ靴音も立てずに侵入してきた。

                         (つづく)

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