トンデモ科学宣言 イルミネーター

田柱秀佳

プロローグ

 何万光年も離れた遠い宇宙のどこかで超新星爆発があって、重力の収縮によって中性子星が誕生したのだそうだ。知っているだろうか? 中性子星ってめちゃくちゃ重いんだそうだよ。なにしろ角砂糖ひとつの大きさで五億トンくらいあるのだというのだから驚きだ。密度が高くて質量が大きいってことは重力がとてつもないって話で、星としてもたなくなると(重力崩壊というらしい)自滅してブラックホールになるのだそうだ。

 ブラックホールならよく聞く名前だよね。なんでも飲みこんでしまい、光ですら脱出は不可能って天体だよ。そんなものが現れたら怖いっちゃ怖いけどさ、ああ、そう。ふうんと聞いていられる。だって遠い宇宙のかなたの出来事なんだから。

 大地震で日本列島が壊滅する! 歴史上、何万、何億回にわたる震災を経験してきたこの国の人間ならば、たぶんまだこちらの方が身近に感じられる災害の恐怖なんだと思う。数万光年も先の銀河からはじまる災害なんて、そうそう実感できるわけがないよね? しかもGRB(注1)だとか、ORC(注2)だとか、わけのわからない略称をならべられてもチンプンカンプンだしさ。

 おまけに懸命になってブラックホールの恐怖を訴えている当の本人ですら本当のところ、単語の意味なんてわかってないみたいだしね。それにさ、ワームホールやホワイトホールだなんてものまでが話に登場してきたけど、それが今現在の科学ではトンデモ理論の範疇はんちゅう内だってことくらいボクにもわかることだ。

 ボクがポカンとしたふぬけ顔になったとしても、これは仕方がないよね? ところがそうしたボクの態度に、は異常なほど大きな緑色の目をつりあげていったものだ。

「たかだか日本一国が壊滅したところで、人類は滅亡しないでしょ?」

 たかだか日本一国って……それだって大変なことだと思うけど。

「あんたバカだな。バカは死ななきゃなおらないのか?」

 それ、ひどくない? ヘイト発言としか思えない。ボクの抗議に対し、また彼女がいった。

「じゃあいいかえる。バカにつける薬はないのか? この場合のバカは、見てもいないのに、初めから可能性を否定する愚か者をさす言葉。ついでにいえば、あなた個人に対する私の見識。そこにはヘイトのヘの字も存在していないわ」

 いや、とボクは思う。それはボクに対するあからさまなヘイトであると。しかし、こぶしを振りあげてみせた彼女に対し、ボクはなにもいい返せない。彼女の腕っぷしの強さは、とても同い年の女子とは思えないほど壮絶なのだ。そしてぶたれようが蹴られようが、女性に手をあげるようなやつは男ではないとボクの辞書には書いてあるのだ。もっとも逆らったところで、ボクに勝ち目なんかないけどね。

「理系の学生なんだろ? もっと科学とか人類の未来とかに興味をもちなよな!」

 はそういうけれど、大学の研究室でのボクは雑用係にすぎないし、基本的にボクは科学があまり好きではないのだ。天文学や物理学、量子力学なんかの数式と記号ばかりのデータを目にすると、めまいがして思考停止におちいってしまうほどなんだ。SF映画なんかは好きなんだけどね。

 自称、約百年後の未来から時をこえてやってきた未来人の彼女は、地球全体におよぶ大宇宙からもたらされた自然災害「ブラックホール・カタストロフ」について語りながらイライラと長い足を何度も組みかえ、なかなか話のあらましを認識できないボクのぼんくら頭をポンポン引っぱたいた。そして彼女はその大災禍によって両親や恩師、友人の多くを亡くしたのだと歯をくいしばり、ときおり瞳をうるませていた。

「あの月はさぁ、私の時代じゃブラックホールの強い重力に飲みこまれて約三分の一が消えてなくなっているんだ」

 彼女は立ちあがるとボクの部屋の窓を開き、ほぼまん丸の月がうかぶ夜空を指さしていった。

「マジで!?」

「ああ……わかるかい? 地球がどんなにめちゃくちゃになっているか?」

「まあ……想像はつく」

 もし月からの引力が減少したら、地球は超高速で自転をはじめるだろう。強風が常に吹きあれ、とても生物が住める環境ではなくなり、地軸までがねじ曲がり……。いやいや、とても信じられないよ。だってそんなことになったら、彼女だって生きていられたはずがないんだしさ。ないない。彼女を信じると決めてはいたんだけど……。


                   ◆


 あのときのボクには、熱弁をふるう彼女の空想科学的な近未来の惨状をふんふんと右から左へと聞きながすことしかできなかった。いちおう理系の学生だったから理屈は想像つかないこともなかったんだけど、なにしろ理解をこえていたんだ。もしも、あの出会いから三十年たった今のこの時代にタイムマシンがあったなら、ボクはあのときのボクをぶっとばしにいくに違いない。そしてあのときのボクが、これから彼女とすごすであろう数週間がいかに大切で、かけがえのない時間であるのかをとうとうと説くだろう。

 ──なぁ、マサメ。百年後、いや七十年後のキミは元気でいるのだろうか? ボクはキミのいる未来を守ることができているのかな? それだけがボクの人生の目標だったんだけど、もうすぐ消されるらしいボクには、未来を知りようがないんだよ。

 なぁ、マサメ。死ぬ前にもう一度だけ会いたかったよ……マサメ……。

                                (つづく)


GRB(注1)ガンマ線バースト

ORC(注2)Odd Radio Circles(奇妙な電波サークル)

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