38 謎の失踪

 ジャッキー・ボルレーは実際、すばらしい女性であった。研究者としてすぐれているだけではなく、思いきりがよく決断力も一流であった。

 世界各国の下町、貧民街や山岳地帯、湾岸部などにに社員を送り、ワームホールを発見したら多額の報酬をあたえると喧伝けんでんさせたり、超小型で虫型の非合法ドローン(スラリンガンが使用していたものに近い!)を開発し、何億機も飛ばしてモニター監視をさせたり、あげくには世界各地に拠点をもつさまざまな傭兵部隊と契約を結んでワームホールを探索させるという荒業まで躊躇ちゅうちょなく実行した。

 そして彼女は、必ず事前承認をボクに求めることも忘れなかった。ボクは当然、莫大な予算のかかるオペレーションをすべて許可した。

 そのかいあって三年ほどの時間をついやしはしたものの、日本でひとつ、フィリピンでふたつ、ウズベキスタンでひとつ、なんと小さな島国アイスランドで三つ。ジャッキー・ボルレーは合計七個の未使用ワームホールを発見することに成功した。

 社長室で報告をうけたボクは金にものをいわせ、付近の土地を購入し、各国に研究施設を建設することにした。なにしろ相手が相手である。うかつに近づけば、あっという間に飲みこまれてどこか別の場所、別の時代へと跳ばされてしまう恐れのあるしろものなのだ。

「ジャッキー、誰ひとりワームホールに近づけさせるな。遠巻きに望遠レーザー顕微鏡で観察するんだ。観察しながら本質をつかみ、捕獲する方法を考えてくれ」

 ボクがいうとジャッキー・ボルレーは親指をたててこたえてくれた。

「了解しました。でも社長も例の件、考えておいてくださいね」

 頬を染めながら、デスクにかけたままのボクに背をむけるジャッキー・ボルレー。

 例の件とは、いわゆるひとつの、早い話が、彼女がボクに対して恋愛感情を抱いているということであった。昨年の日本式忘年会のとき、酔ったいきおいで(おそらく)告白されたのだ。ボクと彼女は年齢差が二十年近くある。研究バカで中二病のオッサンをからかう余興だったのだろうとスルーしていたのだが、どうやら彼女は本気のようであった。ワームホール研究チームのかなめである彼女を失いたくなかったボクは、この半年ほどあいまいな態度でにごしてきたのだが、思いあがりもはなはだしい。いいとしをして、美晴を傷つけてしまったときと同じようなことをしていたのだ。まさに中二病、成長していないクズ男。

 ボクは意を決して彼女を呼びとめた。 

「……ジャッキー、待ってくれ」

「はい、社長」

「キミの気持ちはありがたいのだが、受けいれることはできない」

「私をお嫌いですか」

「そうではない。キミと話すのはとても楽しい。しかしボクはもう何十年もひとりで過ごしてきたし、そんな環境になれすぎた。客観的に見て、今さら生活スタイルを変えることは不可能なんだ」

「地球の未来を変えようとしている方のお言葉とは思えませんが?」

「うまいことをいう。けれど無理なんだ、これはボク個人の──」

「マサメさんに今、私と同じことをいわれても、社長は断りますか?」

「マサメ? なんでマサメがでてくる?」

「今でも好きなんでしょ? 社長は忘れられないんでしょ?」

「……それは否定しない。だけど交際や、結婚ということならマサメでも断るよ」

「どうしてですか?」

「三年前、キミにも言及されただろ? おぼえてないか?」

「なんでしたっけ?」

「なんでマサメはボウに会いにこない? 未来のタイムトラベル技術を使えば可能なはずだ」

「そうでした。確かに……」

「防護服にヘルメット、バイザーを着用するのが面倒くさいのか!? ふざけんな、どれだけボクがまったと思ってるんだ!  ボクはマサメに対してもそういうよ! ほかの男と幸せになっているのなら、それでももいい! けど、冗談じゃない! せめて報告しろよ! ボクは、そういうよ……」

 

「社長は……一生ひとりでいるおつもりなんですか?」

「ああ。男女の関係ということならば。ああ、それに──」

 ボクはいいかけて口ごもった。をしたら彼女は心配し、ますますボクから目をはなせなってしまうかもしれない。

「なんです?」

「いや、なんでもない。とにかくそういうことだ。ボクはキミの気持ちにこたえることはできない」

「…………」

「それが理由でキミが当社をさるとしたら、とても残念ではあるけれど、退職金は──」

「バカにしないでください」

「ん?」

「私財を投げうってまで人類の未来に投資している社長を、私は尊敬しています。そんな事業にかかわれることを喜びと感じているんです」

「そうか」

「色恋ざたなんかで、こんな意義ある仕事を手ばなしたりすればジャッキー・ボルレーの名がすたります! 社長、覚悟しておいてください」

「なにをだろう?」

「ワームホールを採取して操るなんて、今のところ半分、夢物語。そうですよね?」

「ああ」

「予算申請には遠慮も、忖度そんたくもしませんから」

「怖いな」

「そのかわり、意地でも夢物語を現実にしてみせます。私のチームが!」

「期待しているよ」

「では社長、失礼します」

 社長室をでていくジャッキー・ボルレーの肩が、かすかに震えていた。あらためてボクなんかにはもったいない素晴らしい女性だと思った。実をいうと彼女から告白されたとき、心がゆらいだのだ。あんなことはマサメに恋したとき以来であった。

 けれどボクには時間がない。スラリンガン、息子が語ったことが歴史的事実であるのなら、ボクは近い将来、なんらかの人類救済に関するレポートをまとめあげたあとをとげるらしいからだ。

 おそらくブラックホール対策に資金援助を求めた「スラ・リンガン社」を拒否した日本政府をはじめとする各国首脳陣に対し、「目先の利益でしか物事をかんがみることができないおろか者ばかりだ!」そう批判めいた発言を過去にしたことで、いくつかの国では心ある市民、民間企業から反政府運動がたかまったことがあるという経緯があった。ボクはいずれ、どこぞの国家機関から消される運命にあるのだろう。

 ボクはこの先、長くは生きられない。若きジャッキー・ボルレーの思慕の思いになど、こたえられるわけがないのだ……。


 二年後、ジャッキー・ボルレーはブラックホール観測チームに所属するアフリカ系アメリカ人と結婚した。もちろん仕事はつづけてくれるという。そのほかにもボクのおこした会社の中で何組ものカップルや、未来をになう子供たちがが誕生した。そして各チームは着々と成果をあげはじめている。

 ボクはなんてしあわせ者なのだろう。そうは思わないか? みんな、今現在を謳歌おうかしながら、おまえのいる未来のために働いてくれているんだよ。

 ──なあ、マサメ。おまえもそう思うだろ?

                         (つづく)

  次回、最終回の予定です。

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