第五話 こんちには。死ね

「おばあちゃん。取り返してきたよ」


「ありがとう。このバッグは息子が誕生日プレゼントにくれた大切なものなの。だから、お礼として、これをあげる」


 おばあちゃんがそう言いながら、バッグの中から取り出したのは小金貨二枚だった。それを、おばあちゃんは俺とノアに、一枚ずつ渡した、


「こ、こんなに貰っていいんですか?」


 金貨二枚というのは散財さんざいしなければ、一年間は普通に暮らすことの出来る金だ。それを何のためらいもなく出すことが出来るなんて、相当裕福な人でもない限り無理だろう。


「私はこう見えても結構お金持ちでね。これくらいならどうということはないよ」


 おばあちゃんはそう言うと、穏やかに笑った。俺とノアは、そのご好意をありがたく受け取ることにした。


「それでは、ありがとう」


 おばあちゃんはそう言うと、ゆっくりと去っていった。


「人助けって気持ちの良いものだな」


 お礼に大金を貰ったことも嬉しいが、それ以上に、人助けによって生まれた笑顔を見たことが、一番気持ちの良いものだった。


「では、気分転換に魔物をぶっ潰しに行くか」


 マリアをフルボッコにしたくて、うずうずしている俺は、気分転換に古代の森で魔物をぶっ潰しに行くことにした。そして、そんな俺を隣で見ていたノアは「ふふっ」と笑うと、「カインって結構戦うの好きだよね」と言った。


(まあ、戦いが好きじゃなかったら、ここまでスキルも剣術も鍛えないしな……)


 そもそも、俺が生まれたハルドン伯爵家自体が、強さを重視する家だった。

 その影響のせいで、俺は知らず知らずのうちに強さを求めるようになったのかもしれない。


「まあ、今の俺からしてみれば、強くあることは得でしかないからな」


 俺はそう呟くと、古代の森に向かって歩き出した。




「……あ、いた」


 俺は古代の森で、岩のよろいに覆われた、二本の長くて白い牙を持つイノシシを、遠目に見つめた。あいつは危険度A+の魔物、ロックボアだ。生き物を見つけたら、取りあえず突進してくる危険な魔物だ。分かりやすく言えば、「こんにちは。死ね」タイプの魔物だろう。



「あいつ、俺の基本戦術をことごとく潰しに来る魔物なんだよなぁ……」


 岩の鎧のせいで剣雨や剣界は効きにくい。速い突進のせいで、薬石粉末化は当てにくい。


「まあ、倒せないとは言っていないがな」


 こういう対処の難しい魔物の討伐法も一応用意してある。ただ、この方法は自身の成長が望めないので、あまりやりたくない。


「では、〈創造〉〈操作〉」


 俺は〈創造〉で鎧を作って身につけると、〈操作〉で動かして上に五メートルほど飛んだ。そして、上空からロックボアに近づいた。


「ブフォ!? ブフォオオオ!!!」


 ロックボアは俺を見つけるなり、突進してきた。だが、上空にいる俺に、攻撃が届くわけがない。


卑怯ひきょうな方法だけど、悪く思うなよ。はあっ」


 俺は、真下でぴょんぴょん跳んでいるロックボアが、一段高い所まで跳んだタイミングで、さやから引き抜いた剣を片目にぶっ刺した。


「ブフォオオ!!」


 ロックボアは目を潰された痛みで、真下で暴れまわりながら、身悶えていた。


「今のじゃ無理か。では、〈創造〉土砂!」


 俺は〈創造〉で大量の砂や石を作った。その後、〈創造〉によって作られた土砂は重力によって下に落ち、その場で身悶えているロックベアを生き埋めにした。ロックボアは目を刺された痛みで力が出せず、自慢の脚力をもってしても、土砂の山から抜け出すことは出来なかった。


「てか、こっからどうしようか……」


 予定としては、さっき目に剣を突き刺した時に、そのまま脳をぶっ刺すつもりだった。だが、ロックボアが空中にいる時間が短すぎるせいで、目を潰すことしか出来なかった。それで、慌てて土砂で埋めたのだが、この状況でとどめを刺す方法が思いつかない。


「う~ん……このまま放置すればいずれ死ぬのだろうけど、待っているのはめんどくさいしな~」


 そう思いながら悩んでいると、地上で戦いを見ていたノアが土砂の山に近づいた。


「後は私に任せて」


 ノアはシザーズを両手に着けた状態で、力強く言うと、右手を振り上げ、左手を土砂に当てた。


「はあっ」


 ノアは掛け声と共に、右手を振り下ろして、土砂の一部を振り払った。すると、ロックボアの体が土砂の隙間から見えるようになった。そこに、左手を前に突き出して、ロックボアを殺した。


「やっぱすげぇな。ノア」


 俺は地面に下り、鎧を〈創造〉でちりにすると、そう呟いた。


「じゃあ、土砂をどかして素材を取るか」


 俺はノアの頭を撫でながらそう言うと、〈操作〉で土砂をどかした。

 その後、素材である二本の白い牙を剣で切り取ったのだが、俺はそこで膝から崩れ落ちた。


「や、やってしまった……」


 ロックボアの牙は、土砂のせいで所々に小さな傷が出来てしまった。これでもそこそこの値段で売れるのだが、あの時、土砂で埋めるのではなく、即座にノアに倒してもらっていれば、値段はおよそ二倍になっていただろう。


「まあ……行くか」


 俺は二本の牙をマジックバッグに入れると、死骸を焼き、土に埋めてから、歩き出した。

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